第26話 罪滅ぼし
急がなければならない。
ロザリーの結界も、あの凄まじい雷撃じゃそう何発も持ち堪えられないだろう。
俺は、見上げるほど大きくなってしまったエレメントの方へ向け、走り出す。
「父上! 私も一緒に行くのだ!」
フェニックスが飛行しながら、俺の後をついてくる。
しかし俺は、
「だめだフェニックス! この状況じゃ敵がどんな攻撃を仕掛けてくるか分からない。ここで待機しておいてくれ」
俺が真剣な顔をしていたからなのか、フェニックスは大人しくその場で立ち止まってくれた。
俺は夏の夜の草原を、止まらずに駆けていく。
月が高い。
夜とはいえ、少し走っただけで汗が吹き出すのが分かる。
しかし、不思議なことに暑さは感じない。
この乾いた夜風のせいだろうか。
雷の賢者……。
いや、正式には金の賢者か。
何故、王国を攻撃するのだろう。
分からない。
しかし絶対、近くに潜んでいる筈だ。
巨大なエレメントに近づいて行くにつれ、自然と髪の毛が浮きだった。
それだけ広い範囲に静電気が帯電しているのだ。
膨大なエネルギーだ。
俺は懐から古びた柄を取り出し、黒刀を立ち上がらせる。
こんなエネルギーを操るなんてやはり行の石しか無いだろう。
絶対に相手は金の石を持っている。
「いって!」
え?
走ってる最中、急に何かに衝突した。
「これは……結界か?」
雷のエレメントまであと数十メートルほどの距離のところに、まるでエレメントに近づかせまいとするように透明な結界が張り巡らされていた。
間違いない。
金の賢者だ。
エレメントは行の流れの塊であり、複雑な魔力の構成が必要とされる結界など扱えるはずもない。
疑念が確信に変わった。
どういう経緯か分からないが、彼は俺達の事をどうやら好ましく思っていないらしい。
だけど、こっちとしても王国は守らなければならない。
「悪いけど、この結界……破らせてもらうぜ」
俺は黒刀を振りかぶって、
「せーのっ!!」
面前の結界に一閃を入れた。
思っていた通り、黒刀は面前の結界を切り裂いてくれた。
俺はその亀裂から結界の中に潜入し再度エレメントへと駆けていく。
いやー、マジ切れ味いいなこの剣。
なんでもキレちゃうなこれ。
有形無形なんでも来いだせ。
俺は黒刀を構えて、巨大なエレメントを見据える。
超でかいな。
一太刀で倒せるか?
でも黒刀も割りと威力高いからな。
もしかすると、いけるかもしれない。
あるいはいけなくても、エレメントの標的を俺に移させれば良い。
走り過ぎているからか息が上がる。
東京にいた時、もう少し運動してれば良かったな。
夏の夜の草原に、青白く佇むエレメントはどこか幻想的に見える。
そして俺は黒刀を掲げーー
刹那だった。
視界の端から雷撃が飛んでくる。
「つっ!」
構えていた黒刀で、俺はその雷撃が当たる寸前の所で受け止める。
しかし衝撃まではいなせず、俺の身体は勢いよく背後へと飛ばされる。
くそ!
今の一撃はエレメントじゃない。
金の賢者の魔法だ。
不意打ちなんてやりやがってこの野郎。
柔らかい土と草花がクッションになったのか、少し腕を捻ったくらいで飛ばされたダメージはそうでもない。
しかし、また結界の外へと追い出されてしまった様だった。
加えて、この状態に拍車を掛けるかの様にエレメントから三発目のロンギヌスの槍が放出される。
ロザリーの結界も何とか持ち堪えてくれたが、結界はバキバキにひび割れている。
ロザリーが何かを言ってるが、風に流されて何言ってるか分からない。
…………。
なるほど。
絶対にエレメントには触れさせないって訳ね。
俺はずれたお面を元に戻す。
金の賢者。
そっちがその気なら、俺も必殺技を出すしかないよな。
必殺技っていうか、俺のはどっちかと言えば反則技のそれに近いけど……。
俺はエレメントの位置を確認する。
エレメントはその体を光らせて再度魔力を溜めている様だった。
まずい。
時間がない。
俺はやや遠くにいるミネルヴァに向け、
「ミネルヴァ!」
と一言だけ声を上げ、走り出す。
目指す場所は王国とエレメントの直線上のラインだ。
しんどい。
息が上がる。
ミネルヴァ……頼む、俺の考えを読んでくれ。
この距離じゃ説明してる時間も無いし、走りながらじゃ息が持たない。
仕事終わりビールばかり飲んでた自分を今更ながら恨みたいぜ。
王国の方を見ると薄らと少ないながらも、憲兵達がたいまつ片手に馬に乗り、向かって来ている。
さすがに、こんな高出力の魔法が市中に放たれていれば、嫌でも気がつくか。
俺は、黒刀を腰にしまう。
憲兵達に見つからないように。
てかもう使う必要もないしな。
チャンスは一回だ。
走り過ぎて喉の奥から血の匂いがする。
頼むぜ。
ミネルヴァ。
全身の毛が逆立つ。
エレメントの魔力が飽和した様だ。
遠く、夜空の果てには天の川がきらびやかに輝いている。
首筋から汗が滴り落ちるのが分かる。
聞こえるのは馬鹿でかい自分の息遣いのみ。
もう間もなく、エレメントと王国との直線上だ。
俺はミネルヴァの方を見る。
するとミネルヴァは右手を頭上にかざす。
その瞬間。
俺の前方に、魔法陣が立ち上がり瞬く間に氷の階段が創造された。
さすがミネルヴァ!
これぞあうんの呼吸って奴だぜ!
淡く周囲に冷気が漂うその階段を、俺は勢いよく駆け上がっていく。
最中、つんざくような轟音が鼓膜を震わす。
俺はその轟音についつい笑みを堪えられず、駆け上がった勢いそのまま、氷の階段の最上段から夜の帳の中へと飛び出した。
そして付けていたお面を外し、背後へと放り投げる。
空中でエレメントの方へと目を向けると、今しがた放たれたロンギヌスの槍が、そっと俺の視線と交わった。
「へへ……」
ドンピシャだ。
そして、その光景を最後に視界が暗転した。
痛みすら感じなかった。
しかし、あの耳鳴りが聞こえた事によって俺は状況を理解し、こう念じた。
雷のエレメントよ、死返ししてやるーー
その瞬間。
やかましい雷の様な耳鳴りがぴたっとおさまる。
不気味な程の静寂は、なんだか今度はうんざりとした心地に満ちていた。
この厄介な力のせいで、王国を壊した俺なのに、今度は一転、この厄介な力のおかげでエレメントを倒す事ができるのだから。
あぁ……結局俺はずっとこの力に振り回されていくのだろうな。
なんて事を考えていた矢先、目の前に満点の星空が浮かんできた。
むせかえる草花の香り。
夏の湿気。
俺は自分の体を触り、自分が生き返っている事を確認し立ち上がる。
さっき、飛ばされた時にひねった腕の痛みも見当たらない。
あんなに荒れていた息遣いもすっかり元通りだ。
辺りを見渡す。
すぐそばに先程手放したお面があり、再度それを装着する。
ロザリーの結界は破られていない。
という事は。
俺は振り返り、エレメントの様子を伺った。
見ると、その輝きが弱まって所々に穴があいており、崩壊する途中の様だった。
そして、段々と形も維持できなくなり、それはガラスが割れるかの様に瑣末な音を立てて崩壊した。
…………。
死返し強ぇ……。
予想はしてたけどさ……。
マジ強えなこれ。
あんなデカい敵も倒しちゃうんだもんな。
畏怖の念を感じるわ素直に。
エレメントが崩壊すると、ロザリーの結界も消失し、みんなが俺の元へと集まってくる。
フェニックスが瞬く間に飛んで来て、空中から途端に抱きしめられた。
「凄いのだ父上! 父上があっという間にたおしちゃったのだ!」
顔にフェニックスの柔らかい物が当たる。
何度も何度も擦られる。
色んな意味で生き返っている事を実感する。
なんて、浸ってるとまたアトに気持ち悪がられるから俺はフェニックスをやんわり押し退けて、
「まぁ相性が良かったな、こういうパターンなら俺の力は役に立つのよ」
「凄いのだー! さすが私の父上なのだ!」
フェニックスはその赤毛のポニーテールを振るわせながら嬉しそうにする。
「良くやったのです死神ちゃん! 聞いてた通り凄い能力ですね!」
ロザリーも合流するやいなや話に入ってきた。
俺は何だか小っ恥ずかしくなってきて、
「いやいや、この能力に関してはもう俺の実力うんぬんの次元じゃ無いからさぁ、それよりも全然ロザリーの方が大活躍だったよ」
「違いますよ〜! 死神ちゃんがエレメントを倒してくれたお陰ですよ〜、おそらくギルフちゃんもびっくりだと思います!」
ギルフ……そうだ! 金の賢者はどうしたのだろうか。
すると俺の疑問に答えるかの様にすかさず背後からミネルヴァが言った。
「生憎じゃが、逃げられたのぉ……ったくギルフの奴、逃げ足だけはあいも変わらずの様じゃな」
ミネルヴァ、追いかけてくれてたのか。
ミネルヴァの言葉にロザリーが言った。
「ギルフちゃん……何でロザリーの事をいじめるんですかねー、そんな人じゃないと思ってたんですけど……」
ロザリーが不思議そうな顔を浮かべる中、ミネルヴァは言う。
「あんな奴はもう知らん! いまいましい! このわらわに魔法など向けおって! 今度会ったら絶対にただじゃおかぬ」
うわ……ミネルヴァらしいキレ方。
しきりに手の甲で自らの髪の毛を払って苛立ちを隠せない様子だ。
自分をないがしろにされるのが何よりも許せないんだろうな……。
さすが高飛車の王道。
そんな場がまとまらない中、ニコルがいつも通りのよく通る声で言った。
「皆さま、色々と思う所があるとは存じますが、ここは一度城へ退却致しましょう、もうすぐそこに憲兵達が到着します。面倒事に巻き込まれる前に退却を」
ニコルの提案に皆がうなづく。
俺は言う。
「フェニックス、頼めるか」
「勿論なのだ父上!」
そう言うとフェニックスは少女の姿から瞬く間に鳥の姿へと戻った。
みんながフェニックスの背中へと乗り込む。
俺は改めて、お面で自分の顔が隠れている事を確認した。
そして来たる憲兵達を見つめる。
たいまつを灯しながら近づいてくるあの集団の中にシオンはいるのだろうか。
分からない。
…………。
シオン……。
俺はこうして一つ一つ、罪滅ぼしをしながら生きていく道を選んだ。
許されようだなんて思わない。
俺は取り返しのつかない事をしたのだから。
ただ、それでもーー
俺は止まらずに足掻いていく。
所詮、悪役だろうと何だろうと。
この世界のために。
シオンのために。
アリスのために。
「お兄ちゃん、早く」
アトの呼び掛けに俺はうなづき、フェニックスの背中へと乗り込んだ。
そしてフェニックスは俺たちを乗せ羽ばたき、月夜の中へと溶けていった。
★☆★☆
目が覚めた。
俺は薄く目を開く。
窓の外は夜明け前に程近い。
…………。
しまった……。
どうやら飯も食わず寝てしまったようだ。
みんなで城に帰ってきた後、風呂上がりに自室でゴロゴロしていたら、いつの間にか落ちてしまったに違いない。
とりあえずトイレに行きたい。
俺は立ち上がる。
「……っ」
あれ?
体が……動かない。
「起きてしまいましたか」
え……?
この凛とした声は……。
そして声の主が視界に入る。
夜明け前の淡い光が降り注ぐ中、
この物語のメインヒロインたるアリス・エオニスが、無防備なこの俺を見下ろしていた。
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次回もお楽しみに!




