第19話 代償
「愚かな……」
バルフレアは変わらぬ表情で、憐れみをこぼし、そして音も無く俺の首を切り落とした。
途端、周囲の景色が張り詰め、色褪せる。
もう何度目だろうか、この瞬間を味あわされるのも。
いい加減、この痛みと死の予感にも慣れてきてしまった。
心臓の音が遠ざかると、瑣末な雷の様な耳鳴りが俺の意識を支配する。
バルフレアが何か言ってる様に見えたがもう分からない。聞こえない。
聞こえるのはゴロゴロとした雷の様な耳鳴りのみだ。
段々と黒い帳が降りてくる。
最後に見えたのは、バルフレアが剣に付着した俺の鮮血を払い落とす素振りだった。
くそ……。
仕方ない……。
こうするしかないんだ……。
すまん……シオン……お前を最後……助ける為だ。
そしてーー
俺はこう念じた。
バルフレアよ、死返ししてやるーー
その瞬間。
やかましい雷の様な耳鳴りがぴたっとおさまる。
前回と同じの、不気味な程の静寂はなんだか今度は罪悪感に満ちていた。
生きかえるって事は、あるいは生きるって事は、罪のような物なのかもしれないと、異なる宗教の人々みたいな考えを巡らせていた矢先、目の前についさっき見た、バルフレアの顔が浮かんできた。
「うっ……! 少年よ……何を一体……」
バルフレアが苦痛に顔を歪め、自らの心臓を押さえる。
俺は落ちたはずの首が繋がっている事を確認しつつ、そっと立ち上がる。
バルフレアは、死の苦痛に立っていられず、剣を床に突き立て、地べたに膝を着く。
途端、その姿を見たワルターが言った。
「たっ……隊長! 大丈夫ですかっ!?」
ワルターは言葉を発するものの、スデイの攻撃を受け流すので精一杯の様子だ。
バルフレアは額に脂汗を浮かべつつ、俺を見上げる。
「何故だ……確実に首を飛ばしたはずだ……。虚像ではなかったはずだ……。俺の聖剣の手応えは確かだった……」
一度死んだ事により、俺の呪印の魔法はリセットされたようで、体が自由に操れるようだ。
俺は言った。
「あぁ……、確かに見事な太刀捌きだったよ……バルフレア、俺はお前に負けた。完敗だ。お前は最高の騎士だった……」
バルフレアと実際に会話をしたからか、言い様のない気持ちが俺の心の中を渦巻く。
俺はこんな胡散臭い力を使ってまでも、生き返る程の価値のある人間なのだろうか。
バルフレアはもう体勢を維持できないのか、音も無く、地面に倒れ込む。
俺が憐れむ中、すると視線の奥から国王が出てきた。
「バ……バルフレアよっ……」
国王が、倒れたバルフレアを抱える。
それを見たワルターが慌てて、
「王よっ! いけませんっ! 離れて下さい! こいつらの狙いは王の命なのです!」
ワルターは俺を警戒してか、俺と国王の間に割って入った。
それを見たスデイが嫌味な笑みを浮かべつつ言った。
「ヒッヒッヒ……黒刀の信者よ、流石じゃねえか、戦いに集中してたから細かい事は分からなかったけどよぉ……、じゃあ後は二人でじっくりとなぶるだけだな……ヒッヒッヒ……」
そして、またも訪れる、体の支配。
赤く光る右手の甲。
俺の身体は勝手に付近に落ちていた、古びた柄を拾い上げ、黒刀を立ち上げる。
国王は、スデイの殺気に動く事も出来ない。
バルフレアを抱え込むのみだ。
スデイは楽しそうな様子で、
「ヒヒ……どこまで守れるんだろうなぁ……王国の騎士さんよぉ……、騎士が王を守り切れなかったら、末代までの恥だぜぇ……?」
スデイの挑発に、ワルターはその藍色の短い髪を振るって言葉を返す。
「絶対に王を守る……この国を守る……バルフレア隊長に教わった事を今こそ全うする時だ……」
「ヒッヒッヒ……、じゃあやってみろよ……」
スデイは俺を操って、ワルターに向け黒刀を振るわせる。
ワルターは俺の攻撃を弾くものの、やはり背後のスデイが気になってか、視線が慌てて発散しているのが手にとる様に分かる。
また、案の定スデイの方も、俺で作った隙に便乗し国王に鉤爪を振るう。
しかし、
「させんっ!」
ワルターが俺の攻撃を受け流し、瞬時に王の護衛に入った。
だが、それにより今度は俺が国王に向けて黒刀を振り下ろすも、
「やらせない!」
ワルターが、懸命に俺の攻撃を防ぐ。
俺の視線の先に、スデイの笑みが見え、
「ヒッヒッヒ……俺に背中を見せたらいけねえなぁ……騎士さんよぉ!」
刹那だった。
生々しい音と共に、ワルターの腹から五本の鉤爪が飛び出ていた。
「かはっ……」
ワルターは咳き込む。
俺の攻撃を防ぐ力が瞬く間に弱くなっていく。
スデイは、乱暴にその突き刺した鉤爪を引き抜き、言う。
「ヒッヒッヒ……ざまあねぇなぁ……、おい騎士さんよぉ……今どんな気分だ? 俺に教えてくれよぉ!」
スデイの呼び掛けにワルターは答えない。
ワルターは虚ろな目で俺の攻撃を防ぐのみだ。
スデイは言う。
「ヒッヒッヒ、答えないならさっさと死ねぇ!」
そう言って、スデイは鉤爪でワルターの首をはねた。
切られる、その寸前までワルターは俺の剣を押し返そうとしていた。
そう、国王を守ろうとしていたのだ。
ワルターの首が無骨な音とともに地面に落ちる。
残された体は崩れ落ち、噴き上がる鮮血。
「…………」
俺は今、何をやっているのだろうか……。
ワルターの首を見て、国王は全てを諦めたのか、
虚空を眺めているのみで、動かない。
スデイは心底楽しそうな様子で、
「ヒッヒッヒ! 黒刀の信者……国王の殺害は頑張った御礼だ、お前にくれてやるよ」
スデイが指をくいっと曲げると、俺の身体が動く。
黒刀は変わらぬ様子で、湧き上がる。
国王の懐にいるバルフレアはもう亡骸となっているようだった。
「…………」
俺は敵だ。
悪役だった。
これは紛れもない事実だ。
俺はもう、アトやニコルと一緒にいて良い人間じゃない。
この呪印がある以上、俺は俺を維持できない。
維持できない以上、俺はこの世界を不幸にする。
シオンや、アリスを傷付ける。
誰よりも幸せにさせたい奴らを俺はこうやって傷付けてしまう。
ハハ……なにが世界を救う、だよ……。
誰よりも俺がこの世界を壊してるじゃねぇか。
安易だった。
馬鹿な俺が、さっきバルフレアにやられた時に死返しをしなければ、こんな事態にはならなかった。
こんな事態にさせてまで俺はこの世界の結末を変えたいのだろうか。
こんな事態にさせてまで俺はシオンに生き延びて欲しいのだろうか。
シオンはこんな俺をどう思うのだろうか。
もしかして、全てが俺の傲慢な我が儘なのだろうか。
いつのまにか俺は、俺が何者かになれると思っていた。
俺の能力はこの世界を不幸にする。
そうだ、ミネルヴァに言おう。
俺を封印してくれと。
俺は黒刀を掲げる。
スデイは楽しそうな顔を浮かべる。
国王は、虚空を眺めて動かない。
体の自由が効かない。
そばには二人の勇敢な騎士の亡骸が転がっている。
右手の呪印が赤く輝く。
そして、俺の体は勝手に黒刀を振り下ろす。
国王の首めがけて。
その瞬間。
周囲を囲んでいた、スデイの影で作った壁が、
消失する。
しかし、俺の身体は止まらない。
人の首を落とす、あの柔らかな感触と共に俺は国王を殺した。
国王の首がごろんと俺の足下に転がる。
「ヒッヒッヒ……憲兵どもか……、面倒くせぇのがきたな」
スデイは嘆息とともにそう呟く。
国王の残された身体から血飛沫が舞い上がり、黒刀がジリジリと焼き付く様な音を上げる中、俺は背後へと振り返った。
「貴様は……」
「貴方は……」
振り返るとそこには、この物語の主人公たる、シオン・カーヴァインと、メインヒロインたる、アリス・エオニスの二人が並んでいた。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます!
ブクマや評価や感想など貰えたら嬉しいです!
次回もお楽しみに!




