第18話 傍観
「三人で一斉に王宮の広場へと飛び込むよ」
マルコシアスの言葉に操られている俺の体は勝手に身構える。
スデイは嫌な笑みを浮かべ、マルコシアスはあいも変わらず無表情のままだ。
そして、俺達は広場へと飛び込む。
夏の夜を裂き、純白の満月がこの悲しい戦いを照らす。
広場へと降り立つと、近衛兵達が早速、俺達の存在に気付くものの、マルコシアスがすぐさま、
「弱い人形には、興味はないんだ」
と、そう言って瞬く間に近衛兵達に魔力の糸を仕込み、自由を奪った。
なるほど。
敵地で敵を盾にすれば敵は容易には剣を触れない。
さすがだな、マルコシアス。
マルコシアスは、赤い魔力の糸を操りながら、
「じゃあ、あとは頼んだよ。スデイ、それに黒刀の信者、僕はなるたけここで敵を食い止める」
「ヒッヒッヒ……任せておけ、マルコ」
スデイは、その鉤爪を一本づつ動かしながら言った。
そして、俺の体も勝手に動き、この手は腰に携えた古びた柄を掴む。
立ち上がる、黒刀。
夏の夜よりもその刀身は真っ黒に輝く。
「ヒッヒッ、そいつがマルコのあの糸さえ切っちまうっていう、黒刀かぁ……不気味な奴だなお前……まぁ嫌いじゃねぇが……」
スデイは走りながらそう言い、面前には王宮の入り口の扉が見える。すると、
「ヒヒ、じゃあ……暴れるかぁ、なぁ黒刀の信者さんよぉ……」
途端、スデイの鉤爪が青く光輝き、
「ヒヒ……狂術、バーサーカー……」
スデイの周囲から、可視化出来るほどの魔力のオーラが立ち込める。
そして俺にも、
「うっ……」
息が苦しい……。
身体が熱い……。
手の甲の呪印がいつもより一層、赤白く輝く。
何だこれは……スデイの能力か……?
スデイは言った。
「ヒッヒッヒ、行けぇ! 黒刀の信者ぁ! 入り口の藩兵共々、扉を断ち切れぇ!」
瞬間。
俺の身体がまるで俺の身体じゃないような、速度で動いて、そう思っていた所、
プシュー……。
扉の前に、立っていた二人の近衛兵の首もろとも、重厚な入り口の扉がバラバラに切り刻まれていた。
おびただしい量の兵士の鮮血が顔に腕に、かかってくる。
おい……なんだよこれ……。
俺は、善良な一般人を殺した。
殺してしまった。
しかし、否応なくこの身体は止まらない。
スデイが先に王宮内部へと入り、近衛兵を次々と八つ裂きにしていく。
兵士達の阿鼻叫喚とスデイの高笑いが建屋に響く。
俺の身体も自分の認識が追いつかない程に早く動いて、いつの間にか王宮の中へと入り、スデイに劣らぬ程の兵士の首をはねていた。
自分がどう動いているのか、意識が追いつかないのに、首をはねる瞬間の柔らかな感触だけが何度も意識として味合わされる。
人を殺す感触。
吐きそうだった。
当たり前だ。
俺はまともな人間なのだから。
首をはねたら相手は死ぬ。
夢だと思いたいけれど、このあり得ないほどの温かい返り血が夢ではないと一蹴する。
俺は悪役だった。
忘れていた訳ではなかったが、いつの間にか自分がヒーローか何かになった様な勘違いをしていたのかも知れない。
俺はただの殺戮者に成り果てた。
そして、殺害した兵士達の痛みが呼応したのか、身体中の筋肉が関節が悲鳴を上げているのが分かる。
スデイが施したこの身体能力向上の代償だろう。
当たり前だ。
俺は俺の認識する程度の力しか出せないはずなのに、それを遥かに凌駕したスピードで動いているのだから。
いつの間にか、王宮の内部の広間の兵はあらかた、死んでしまった。
大きな広間の二階に扉がある。
スデイは笑いながら、階段を駆け上がり、
その扉の奥へと向かう。
俺の身体も勝手にスデイの後を追う。
2階は長い廊下となっており、スデイは一気に廊下を駆け抜ける。
すると、前方にいた近衛兵が、異変に気付いたのが、剣を構える。
二人、いや三人いる。
スデイはその兵士の一人に鉤爪で攻撃を仕掛けるが、防がれ鍔迫り合いになった。
「ヒッヒッヒ、どいつもこいつも弱いな……話にならん」
呆れた様子でスデイはそう呟く。
すると、近衛兵はスデイの攻撃から身を引き、
「詠唱は終わったか!?」
と、他の兵に告げる。
後衛の兵が言った。
「あぁ、引けっ! こいつに吸い込まれろ!」
後衛の兵が黒い球状の魔法を放った。
これは、ブラックホールの魔法だ。
近衛兵の中にも異行の魔法使いがいたのか。
黒い球を中心に吸い込まれる様な引力が周囲に発生する。
吸い込まれたら、終わりだ。
スデイはすぐに反応して、後退する。
「ヒッヒッヒ、異行の魔法使いか、悪くない魔法だ……だが相手が悪かったな……」
と、スデイは呟き俺の方を振り返る。
続けて、その鉤爪を上向かせくいっと指を曲げる。
即座に俺の身体動いて、その黒いコアの部分へと向かう。
畜生……。
マルコシアスの時と違って全く体の自由が効かねぇ……。
スデイの方が操る能力に長けているのか……?
情けねぇ……。
俺は俺のする事を見てるしか出来ないのか……。
コアに近づくと激しい引力で身体が潰れそうだった。
しかし、そんな激しい引力に逆らうかの様に、この身体は黒刀を大きく掲げ、コアに向け一閃を振り下ろした。
「なっ!? 魔法が解除された……? 有り得ない……奴も異行の魔法使いか!?」
くそ……やはり切れてしまったか……。
都合よく、俺の黒刀の力を使いやがってスデイの野郎……。
引力のコアが消失すると、スデイは上機嫌で、
「ヒッヒッヒ! なるほどなぁ、通りでマルコもアゼル様もこいつを贔屓するわけだ。こりゃあ良いぜぇ……!」
などと呟き、その瞬間、目にも見えぬ速度で兵士の間合いに入り、まとめて近衛兵の首を飛ばした。
まるで、人の命など何とも思ってないように、スデイは先に進んでいく。
俺の身体もスデイの行いを肯定するかの如く、毅然として一向に言う事を聞いてくれない。
赤く光る呪印が俺を嘲笑う。
己の無力感を見せつけるかの様に。
俺はこの状況を見ている事しか出来ない。
「ヒッヒッヒ……、いよいよ玉座の間だぜぇ……黒刀の信者さんよぉ……」
スデイがそう言い、前方の豪華に装飾された扉を勢いよく開けた。
玉座の間には、椅子に座る国王と、国王を守るかの様に、両脇に二人の騎士がいた。
やはり居たか……。
俺は彼らを知っていた。
近衛兵隊長バルフレア、王に保護してもらったシオンに親身になって剣技や魔法を教えた人物だ。
そしてもう一人、
近衛兵副隊長のワルターだ。
バルフレアはその屈強な肉体と肩まで伸びた男の割には長い髪の毛を揺らして、
「礼儀を知らぬ者の来訪か……、王よ……退避して下さい。ここは我等が」
そのセリフにスデイが、
「ヒッヒッヒ……、そいつぁさせねぇよ」
と、そう呟くとスデイの影が伸びて、王とバルフレア達、それに俺をも囲む様に黒い壁が築かれる。
そんな影で出来た壁を見て、ワルターがなにやら退屈な様子で、
「自ら逃げ場をなくすとは愚かな来訪者だな、これじゃ殺すしか選択肢が残らないではないか」
なんてことを言い、その挑発にスデイはまんまと乗っかって、
「ヒッヒッ、ヒッヒッヒ……その言葉、後悔するぜぇ……決めた、俺はお前を殺す、黒刀の信者、お前はそっちをやれ」
その言葉の後、スデイはすぐさまワルターに攻撃を開始した。
俺の呪印も、先程と同様に赤白く輝いて、心臓の高鳴りといい肉体強化状態に入っている様だった。
バルフレアと視線が合わさる。
俺の黒刀を見て、バルフレアは言う。
「実態のない、剣か……。面白い力を持っているな、油断はしない。全力で行かせてもらう」
俺の身体も瞬時にバルフレアに飛び掛かり、瞬間太刀筋が交錯する。
まずい……。
この様子だと、間違いなくバルフレアはオレを殺そうとするだろう……。
そうなってしまっては、俺は死返しをするしかなくなってしまう……。
となれば、選択肢として残っているのは殺さない程度に俺が勝つしかない……。
しかし、勝てるのか……いくら肉体強化状態だからって、このバルフレアに。
それに俺はこの体を制御できるのか……?
シオンよりも手練れかも知れないのに。
俺の思案が見抜かれたのかバルフレアは、
「少年よ、良い速さではあるが、太刀筋に迷いがある。刃を向けてしまった以上、覚悟を決める事だったな。だからこうなるのだ」
刹那、バルフレアの剣が俺の肩口に触れ、そう思ったのも束の間、右腕がなくなっていた。
併せて、持っていた古びた柄も飛ばされる。
「うっ……」
俺は痛みにうずくまる。
今まで見てきたおびただしい量の血が今度は自分の身体から溢れている。
まずい……。
圧倒的な実力差……。
止まってはいけない。
動くんだ俺の身体!
するとすぐにまたもう一閃、バルフレアの一撃が見えた為、俺の身体は間一髪それを回避する。
「ほぉ……、痛みを抱えたまま平静を保つか……」
そりゃそうだろ……。
ここで俺が死んだらお前を殺めてしまう事になっちまうんだから……。
お前を殺しちまったら、シオンが悲しんでしまうだろうがっ……。
くそ……。
この身体さえ、呪印に支配されてなければ、やりようはあるのに……。
この身体さえ自由になれば……。
しかし、そんな願いも虚しく、俺の身体は勝手に丸腰のまま、バルフレアに突撃する。
嘘だろ……。
スデイは戦いに夢中だ……。
もしかしたら俺を適当に制御しているのかも知れない……。
まずいっ……!!
「愚かな……」
バルフレアは変わらぬ表情で哀れみをこぼす。
そして音も無く、俺の首を切り落とした。
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