第17話 襲撃
「一緒に寝ましょうよー、死神ちゃん〜」
城に戻り、みんなで食事を食べ終えて、自室まで帰る道中、ロザリーが背後からそんな事を言ってきた。
食事中もべったりだったロザリーにうんざりしてた俺は言った。
「いやだよ、どうせロザリーは俺の身体が目的なんだろ?」
俺の異質な気を、吸い取ってゾクゾクしたいんだろ。
何がそんなに気持ちいいのかは分からんが。
ロザリーはいやらしい笑みを浮かべながら返す。
「違いますよ〜! 慣れない土地の中、一人で寝るのが寂しいのですよー」
「嘘つけ、どうせ俺の身体だろ。てか仮に本当だとしても100歳の人間が言うセリフじゃねぇよそれ」
「ぎゅってさせてくれるだけで良いんですよー?」
ロザリーがいたずらな視線を向ける。
可愛い……。
いやいや、俺は雑念を振り払い、
「だからダメだって、今日は散々させてやったろ? ちょっとは俺の心の消耗も考えてくれよ」
ロザリーがこんなに可愛い男の娘じゃなければ、もう少し精神的に楽なんだけどな……。
あと、さすがに一緒に寝ちゃったら万が一に、万が一が有るかも知れない。
男の娘だから、多分ないけど。
しかし、もしかしたら万が一があるかもしれない。
俺が突き放したからか、ロザリーはやや不満そうに、
「もうー! 強情ですねー死神ちゃん! 今日は諦めますけど明日は必ずロザリーと一緒に寝るんですからね!」
そう言ってロザリーは、捨て台詞を残し自分の部屋に入っていった。
はぁ疲れた……。
ってロザリー、俺の部屋の斜向かいじゃん。
近いなこれ。
大丈夫おれ……?
夜這いされないかしら……?
なんて、事を思いつつ俺も自室のドアをくぐる。
「おぉ……すげぇ……」
部屋に入ると、小窓の向こうに大きな満月が見えた。
かなり大きい。
東京の月とは比べ物にならない。
その綺麗な真円になんだか、心が安らいだ。
俺は小窓を開けて、夜風を取り入れる。
夏の湿気の温かさと芝生の匂いが鼻をかすめる。
見慣れはじめてきてたこの世界の風景だが、こうして見るとまだまだ美しい物が沢山あるようだった。
俺は、誰よりもこの世界を知っているけれど、一方で誰よりもこの世界の事を知らないのだ。
そう、例えば、
こんな大きな、満ーー
【満月の夜に忠誠を誓うのだ信者よ】
へ?
右手からあの嫌な感覚が訪れる。
「ちっ……」
紋章が赤く輝いている。
間違いない……またあれだ。
また何処かへ呼び出されるのだろう。
ふざけやがって。
夜に仕事をさせるんなら、次の日は明け休にしてくれよな。
どうせそんな考えないんだろうけどよ……。
なんで、毎回毎回夜なんだよちくしょう。
前回と同じく、紋章から加速度的に赤い魔力が放出されて俺の身体を包んでいく。
体が縛られて動かないのに、俺の体は優しく浮かび上がる。
右手からジリジリと焼けるような痛みが伝わる。
そしてーー
耳をつんざく高周波と共に、視界が真っ白に染まった。
「先日ぶりだね、黒刀の信者」
「ヒッヒッヒッ、マルコ、こいつが例の面白い男って奴か?」
聞き馴染みのある声だった。
体の縛りは解けないが、段々と視界が晴れていく。
夏の満点の星空と共に、見るとそこにはマルコシアスがいた。
そしてその横にもう一人。
「ヒッヒッヒッ、確かに独特なオーラだ。こりゃぁこいつ、先祖を大事にしてねぇなぁ」
まじかよ……。
こいつも居るのか。
上級司祭、狂乱のスデイ。
頭の右側半分だけ伸ばした髪の毛と、顔の左側のみにある、紋章の刺青。
ぴっちりとしたワイシャツに丈の長いグレーのベスト、そして同じくグレーのスラックス。
何より象徴的なのが、その右手に付けた真っ青な、かぎづめだった。
原作通り、ちゃんと嫌なオーラが出ている奴だ。
しかし、原作にこの上級司祭二人がタッグを組むイベントなんてあっただろうか。
まるで記憶に無い。
あるいは、ミネルヴァが死ななかった事により若干の分岐点でも生まれたのだろうか。
「黒刀の信者、ここが何処だか分かるかい?」
身体を自由に操れない俺を気遣ってか、マルコシアスが俺の身体を操って起こしてくれた。
「…………」
驚いた。
目下には王国の宮殿が見えた。
つまりここは王国の領地内か。
この視界の高さから察するに俺たちは今、教会の屋根かなんかに居るに違いない。
確かにこの二人なら侵入は容易いだろう。
しかし、目的はなんだろう。
王国で下手な事は出来ない。
王国にはシオンがいるのだ。
シオンだけでは無い。
おそらくもう邂逅を果たしているだろうからアリスとも出くわす危険性がある。
教会の連中にいくら殺されようが詰まないけど、主要キャラに殺されるのはアウトなんだよ……!
考えるだけでかなりリスキーだそ……。
マルコシアスが少し楽しそうな様子で、
「見えたかい? 黒刀の信者。あそこが今から襲撃するこの国の王宮だ」
まじかよ……。
シオンは憲兵だ。
騒ぎを起こせば絶対に駆けつけてくる。
まずい。
こいつらは何をしでかすつもりなんだ……。
と、そんな俺の疑問を晴らすようにマルコシアスはこう言った。
「僕らは今宵、この王宮を襲撃する。敵陣の中心であまり騒ぎを立てたく無いから、襲撃するのは最低限のメンバーだ」
マルコシアスの説明にスデイが反応して、俺の顔を見る。
「ヒッヒッヒッ……俺にマルコ……そしてマルコのお気に入りの三人って訳か」
マジかよ……。
マルコシアスは、いつも通り淡々とした様子で、
「そうだ。それとスデイ、くれぐれも自分の力を出しすぎるなよ、君はそういう所があるから、あくまでも目的が最優先だ」
スデイは口角を少し吊り上げて、
「ヒヒ……分かってるよ、今回はアゼル様の勅命だからな、さすがの俺でも真面目に取り組むさ」
スデイ……。
薄気味悪い奴だな、原作通りに……。
目下、王国の街並みは夏の夜に相応しく、活気に満ちていた。
屋台や飲食店は人に溢れて、まさに都市的な文化の香りがする。
華やかなこの光景が、かえって俺の不安をかりたてる。
マルコシアスの言う目的とは、何なのだろう……。
そして、何故俺までもがこの場に居るのか。
俺の不安をよそにマルコシアスへ更に話を続ける。
「じゃあ、役割についてだけど、僕が王宮の入り口で近衛兵を錯乱させるから、スデイと黒刀の信者は王宮の内部に侵入して欲しい」
「ヒッヒッヒッ……俺が外で近衛兵共を相手にした方が良いんじゃ無いか」
「いや、君の能力は目立ち過ぎる。憲兵共が集結する前に事を済ませたいんだ。良いかい? 今回の任務はスピード感こそが全てだ、時間を掛けたら掛けただけ僕らが不利になる。それを踏まえて行動してくれ」
「ヒック……分かったよ。ったくマルコは堅物だな。狂わない戦いに何の意味があんだってんだ、ちぇ……」
スデイはやや不満そうな様子だった。
そんな、スデイの態度にマルコシアスは諭す様に、
「こうする事でアゼル様は喜ばれるんだ。言っとくがスデイ、僕らは大役を任されたんだぞ。他の何でもない、国王の殺害……これ以上の任務なんて、そうそう回っては来ないだろう。その期待に応えられる様にしっかりと忠義を示せ」
なっ……。
嘘だろ……?
国王の殺害……?
こんなイベント原作にはなかったぞ……?
若干シナリオに変化が起きているのか?
マルコシアスの言葉にスデイはやや退屈そうにその鉤爪のついた方の手を挙げた。
「ヒヒヒ……まぁ任務はちゃんとやりますよ、それに今宵はマルコご期待の新人君もいる事だし、こちらの方でも楽しませてもらうよ」
マルコシアスはうなづき、
「あぁ、じゃあそろそろ準備はいいかい? 三人で一斉に王宮の広場へと飛び込むよ」
俺の動転した気持ちをよそに、縛られた身体が勝手に身構える。
現国王……孤児になってしまったシオンの才能を買った、育ての親の様な人物。
ゲームでも、最後までシオンの身を案じていた、聖人だ。
そんな人物を今宵、俺達が殺害するのか?
そんな事はさせない……。
絶対に止めなければならない……。
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