第14話 正直者
「お主……」
俺の叫びにミネルヴァはそう呟いた。
俺は更に言葉を被せようと息を吸い込むが、
「ぐっ……」
再び、身体が右手の紋章により縛られていく。
マルコシアスはやや不機嫌そうな様子で俺の顔を見つめる。
頼む、ミネルヴァ逃げるんだ……。
逃げてくれ……今しかチャンスはない。
するとミネルヴァは薄ら笑いを浮かべつつ、
「わらわの負けじゃな……」
ミネルヴァは更に続ける。
「お主が底抜けの馬鹿で正直者でお人好しじゃと分かった……仕方ない……」
ミネルヴァは地面に手をついて、
「お主の言う事を聞いてやる……」
途端、ミネルヴァを中心として地面に魔法陣が展開された。
マルコシアスは、小さく舌打ちをして、
「待てよ、女……水の石はどうなってもいいのかい?」
「あんな物……好きにすればよい……」
「ほんと……女ってのはつまらない存在だよ……」
マルコシアスのセリフにミネルヴァは答えず、そして、
「水の行よ……その流れとともに……」
ミネルヴァの声に魔法陣が強く光輝く。
その光にミネルヴァは包まれ、均され、そして消える。
…………。
無事逃げれたっぽいな。
危ねぇ…….。
何とか、水の賢者を救えた。
奥にいた、護衛獣のティアマトも召喚が解除されたのか、消えて無くなっている。
「ふん……信者達よ、水の石を探せ」
マルコシアスが嘆息と共にそう呟くと、他の末端信者達は神殿の中を捜索し始める。
俺の体もつられて動き出すかと思いきや、
「君さぁ……」
マルコシアスがゆっくりと俺の元へと近づいて、
「ぐっ……!」
途端、俺の身体が宙に浮き、首を絞められるかの様な感覚に襲われる。
「君さぁ……勝手な行動は慎んだ方が良いよ……、僕らはアゼル様の庇護の下、行動しているんだ……」
く……苦しい……息が出来ない……。
「君のその異行の魔法も面白いんだけどさ……あんまり勝手な事してると、僕が殺しちゃうよ……?」
マルコシアスが冷徹な顔つきで俺を見つめる。
…………。
これはチャンスかも知れない……。
マルコシアスに死返しできるかも知れない。
マルコシアスは俺に分からせるかの様に更に言う。
「ほら、こんな風に……いっそもう殺しちゃおうか……?」
マルコシアスの魔法で喉がすぼまる。
息が出来ない。
周りの音が遠くなる。
死ねるかも知れない。
あの雷の様な耳鳴りが耳奥で響く。
マルコシアスは無表情で俺の顔を見つめている。
ハハ……見てろよ。
俺にそんな脅しは効かないんだよ。
もっとやれ……。
マルコシアスは俺の苦しむ顔を覗いている。
「…………」
すると、マルコシアスはその無表情な顔つきでふいに、
「君……死んだことある……?」
突然、マルコシアスは魔法を解いて、俺の身体が地面に落とされる。
「いてっ!」
紋章の縛りも解けていた為、自然と声が漏れた。
尻もちをつく俺を見下ろしつつ、マルコシアスは言う。
「妙な戦慄の持ち主だね、君……。なんだかいやな予感がした……。本当だったら今回の件で殺処分したい所だけど……」
マルコシアスは俺に顔を近づけて、
「まだ何か、大事な事を隠してるよね君……僕にもアゼル様にも……」
俺は言葉を返した方が良いと思ったが、なんて返せば良いか分からなかった。
マルコシアスは少し呆れた様子で、
「まぁ良いよ……いくら足掻いても、君の身体は僕らが簡単に操れるのだから……」
操る、その言葉につい、反応してしまう。
マルコシアスは苦笑する。
「アゼル様に報告しておくよ……。末端信者の中に面白い奴がいるって……」
アゼル・ソロモン枢機卿……。
このゲームの諸悪の根源……。
新世界の神を降臨させ、現世の解放を企む男。
マルコシアスは肩に乗せたテディベアに話しかける。
「ねぇママ、やっぱりアゼル様は凄いよ……。今宵こんな面白い奴と出会わせてくれたんだ。僕の仲間としてさ……」
仲間……。
仲間……。
俺は右手の紋章を見つめる。
解放教会員の証。
途方もない無力感と共に、やり場のない怒りが込み上げてくる。
いや、落ち着け。
ミネルヴァは助けた。
確実に筋書きを変えたんだ。
こいつらの思い通りにはさせないし、なってもいない。
この雑魚キャラの立場でなかったら今頃ミネルヴァは死んでいたんだ。
アリスも言ってただろ、俺にしかやれない事があるって。
大丈夫。
俺は俺だ。
俺がこの世界のラストを変えるんだ。
必死に動揺する心を落ち着かせるように努めていると、自然な流れでマルコシアスはしゃがみ込み、俺の額に手を当てる。
「君は面白いけど、今宵はもうお眠り。今からまたその異行の力で邪魔をされても面倒だ」
「え?」
急に眠気が……。
その瞬間、俺の意識は途絶えた。
「う……うーん……」
酷く頭が重い。
ここはどこだ……。
鳥のさえずりが聞こえる。
視界が開けてくる。
見知った天井。
痛くない背中。
穏やかな夏の日射し。
俺はゆっくりと体を起こす。
あぁ……。
ニコルの城の俺の部屋だ。
なんか、よく分からんけど俺はここまで戻って来れたらしい。
あれから何日経ったのかわからないが、外は穏やかな夏の光で満ちている。
ニコルの入れたコーヒーが飲みたいな。
寝起きにはやはりコーヒーだ。
俺は掛け布団を払い除け、ベッドから降りようとした所、
「お主……」
ドアがいきなり開いて、しかもそこにはミネルヴァがいた。
「え? ミネルヴァ……?」
「良かったのじゃー!」
へ?
いきなりミネルヴァに抱きつかれ、俺はベッドに押し倒される。
その豊満な二つの果実の感触がダイレクトに伝わる。
待って……。
やっばっこれ……。
鼻血不可避……。
「心配したのじゃぞー! 丸二日も眠りおってー!」
ミネルヴァが執拗に体を擦り付けて抱き寄せてくる。
いかん。
最高に幸せだけど、マジで色々元気になっちゃうから、やめてほしい。
「ミ……ミネルヴァ……待って」
「どこか痛いのか? 喉が渇いたのか? なんじゃ、わらわの体の事を考えておるな、わらわの体が欲しいのか?」
そう言って、ミネルヴァは俺に馬乗りになったまま自らの服に手を掛けようとする。
「ちょちょちょ……! ストップ! ミネルヴァストップ!」
「わらわが欲しいのじゃろ? お主は命の恩人じゃ、この身体、好きに使うが良い」
「いやいや……アトがいるから……」
ってなんか、俺も焦って訳わかんねぇ事言っちゃったよ。
アトがいなきゃオッケーみたいな感じじゃんこれじゃ……。
「あの小娘の事など気にするな。もう異性についての分別などついておる年頃じゃろう」
そう言って、ミネルヴァは再度俺の胸に顔を埋める。
「ちょっと待ってミネルヴァ! 当たってるから! やばいって!」
「当たってるのではない、当てておるのじゃ。お主が心根でそう望んでおるからその通りにしておるのじゃぞ!」
すげぇ重厚感。
半端じゃねぇ破壊力。
こんな所、アトに見られたらマジでーー
「お兄ちゃんの調子どうー、ミネルヴァー?」
「へ?」
…………。
アトが部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん……」
「ア……アト……違う、これは……」
「へ……変態っ……!」
アトが勢いよく、部屋を飛び出して行った。
いや、変態なのは否定しないけどさ……。
確実に勘違いされたな……。
「小娘も出ていったようだし、どうするのじゃお主」
ミネルヴァの顔が、その瑞々しい唇が近づいてくる。
ほんと、可愛いな……こいつ……。
俺は自然とうわずった声になる。
「い……いや、大丈夫……。お気持ちだけで十分だから……」
「なんじゃ、つまらんのぉ……理性を働かせおって、心根では全く違う事を考えておるのは分かっておるぞ、わらわは」
…………。
あの、すいません。
心を読む能力をそういう風に使うのやめてもらって良いですか……?
そりゃ、こんな大きい物と遭遇したら、男だったらみんなこうなるわ。
ミネルヴァは少し不満そうな様子で、俺の身体から離れる。
あぁ……果実が……離れていく……。
「まぁ、まだ目覚めたばかりじゃろうからな、仕方ない。また欲しくなったのならいつでも言うがよい。お主はわらわの命の恩人じゃからの」
そう言って、ミネルヴァはにっこりと微笑み、その豊満な胸をを張って谷間を見せつける。
その青いツインテールの艶髪が朝日に映えて綺麗だった。
俺は言った。
「ミネルヴァ、生きてて良かった」
「あぁ、お主のおかげじゃ、疑って悪かったの、その心を。お主が本気でわらわを守ろうとしていた気持ち、しっかりと受け止めたぞ」
「感謝される事でもないよ、俺はただミネルヴァを死なせたくなかっただけだ」
なんて、俺の台詞にミネルヴァは嬉しそうにして、
「もう〜! 良い奴じゃのぉお主!」
と、言いその胸で俺の顔を抱き寄せる。
俺の視界がその膨らみにふさがれる。
すいません。
天国ですか? ここは?
ったく……とんだ、難攻不落の要塞に当たっちまったもんだぜ。
悪くはない心地だがな……。
なんて、興奮と恥ずかしさをニヒルに気取って隠しつつ、俺は外から聞こえる小鳥のさえずりに耳を澄ませていた。
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