第13話 本心
ミネルヴァは宙に浮く俺を見つめている。
声を出そうとしても縛りが強くて、抗えない。
「なんとか言ったらどうだ、お主」
ミネルヴァが冷めた声で言う。
しかし俺は口を動かせず、言葉を返せない。
思い返せば、先程ミネルヴァの魔法が当たる直前、一瞬縛りが弱まった。
だから、黒刀で魔法を防げた。
つまり、この呪縛の魔法も完璧ではないはずだ。
呪縛が完璧だったのならば俺は今頃マルコシアスの盾になって死んでいたのだから。
或いは、俺がこの呪縛に抗えているだけなのかもしれないが……。
しかし、こうなってしまった以上、この呪縛に抗ってミネルヴァを救うしかない。
ミネルヴァを死なせる訳にはいかない。
絶対に守るんだ。
しかし、返事のない俺にミネルヴァは呆れた様子で、
「無視か……、呆れて物も言えぬ。だとすればじゃ……」
ミネルヴァは地面に手をかざし、
「蒼き龍よ、汝、その契約に従い我の矛となれ」
すると地面の中から、
「ギャオオオ」
昼間倒したはずの護衛獣ティアマトが姿を表した。
マジかよ……。
「ねぇ……、ママ……退屈しのぎになる? この女は僕を楽しませてくれるのかな……?」
マルコシアスの声が聞こえる。
ティアマトの青い瞳がマルコシアスを捕捉する。
「ギャオオオ!」
ティアマトは、その爪でマルコシアスに襲い掛かる。
マルコシアスは再度呟く。
「守れ……」
他の大勢の末端信者が、ティアマトの爪に立ち向かう。
さすがに末端信者では、歯が立たないのか、みるみるうちに陣形が崩れては行くものの、その数の多さが武器となり案外、拮抗しているようだ。
すると、突然俺の視線が背後に向かされる。
「君は僕と一緒においで。共に戦おう」
マルコシアスがやや楽しそうな様子でそう言い放つと、俺の体は一気に、空中を跨いでミネルヴァの元へと飛ばされる。
くそ!
俺の意思に歯向かい勝手にこの右腕が黒刀を振るいその太刀筋はミネルヴァに向かった。
避けてくれミネルヴァ……。
「はっ……、わらわに剣など向けおって、忌々しい男め」
ミネルヴァは俺の黒刀を回避する。
しかし、俺の動きは止むことなく、ミネルヴァを捉えようとする。
何なんだよ、この体は!
何で俺がミネルヴァを殺さなくちゃならねぇんだよ。
「そんな、遅い動きではわらわは捉えられぬぞ、お主」
容易い様子でミネルヴァは俺の攻撃をもろともしない。
俺の心の声が聞こえてないのか?
するとすかさず、カウンターとして、
「水の行よ……わらわに大いなる加護を……」
ミネルヴァが、魔法を俺に向けて放とうとする。
嘘だろ……?
「僕がいる事、忘れてないよね、女」
瞬間、マルコシアスがいつからそこにいたのかわからないが、背後からミネルヴァに迫る。
「あぁ……そう来ると思っておった所じゃ……」
と、ミネルヴァうっすらと不敵な笑みを浮かべる。
そして、ミネルヴァの放った魔法がマルコシアスの体を八つ裂きにした。
その黒いローブもビリビリに破れる。
「ふん……小僧の分際でわらわに刃向かいおって……」
ミネルヴァは自身の髪の毛を払いつつ、言う。
続けざまにミネルヴァは俺を見つめて、
「さて、次はお主の番じゃな。容赦はせん。生きる事もなく、死ぬ事も無い永遠の拷問を味合わせてやる」
違う、ミネルヴァ……。
マルコシアスはそんな簡単にやられる奴じゃない……。
まだ戦いは終わってないんだよ……!
俺は懸命に心の声を伝える。
しかし、ミネルヴァに俺の声は届かない。
もう聞くつもりがないと判断したのだろうか。
くそ……。
この縛りの魔法さえなかったら……。
ミネルヴァがカツカツと、俺の方に近づいてくる。
そして、右手を振り上げる。
刹那だった。
「だから……僕がいる事……忘れてないよね、女」
少し離れた位置で八つ裂きになった、マルコシアスの身体が瞬時に元に戻っており、
そして、
「ママ……この女が、ママと踊りたいって……」
マルコシアスは自身の左手をくいっと引き寄せるような素振りをした。
「ぬっ……!」
途端にミネルヴァの身体が引っ張られ、マルコシアスの方へと向かう。
マルコシアスの肩に乗っていた、テディベアのぬいぐるみの目が輝きだす。
「水の行よっ! わらわを纏い給え……!」
「ママと握手を……」
テディベアの瞳から青い強烈な魔力の波動が放出される。
まずい、ミネルヴァっ…….!
寸前。
ミネルヴァは水の行の魔法を自らに纏い、
直撃を防いだ。
その衝突が突風となって周囲に波及する。
凄い威力だ……。
「上手く受け流したみたいだね……」
砂埃が明けると、マルコシアスの声が聞こえた。
その朴訥とした表情のまま、マルコシアスは続ける。
「これで終わりじゃないよね……」
マルコシアスは再度左手をくいっと引く素振りを見せた。
「ぬっ……!」
間髪入れずに、吹き飛ばされていたミネルヴァが再度、急速に引き寄せられる。
「はっ……わらわが二度も、同じ手を食らうと思うなよ」
ミネルヴァの手が白く輝いて、自分の背後に手を伸ばした。
見ると確かに、うっすらと魔力の赤い線が見えた。
なるほど、あれでマルコシアスはミネルヴァを操っているんだ。
ミネルヴァはその赤い糸をめがけて、
「悪くない魔法じゃが、わらわには通じなかったの」
その白く輝く手のひらでミネルヴァは赤い糸を断ち切る。
しかしーー
「なんじゃ……この糸は……」
ミネルヴァの困惑した様子に、マルコシアスは退屈そうな顔つきで言った。
「僕の糸は、僕とアゼル様以外には切れないよ……あともう良いよお前……やっぱり退屈だよ」
ミネルヴァがマルコシアスに引き寄せられていく。
またもマルコシアスの肩に乗っているテディベアの瞳が輝きだす。
「水の行よっ! わらわを纏い給え!」
「ママ……、この女、退屈だからお仕置きしてあげて……」
先程と同様に、ミネルヴァはマルコシアスのそばに寄せられ、そして。
テディベアの瞳から先程よりもさらに強力な青い
魔力の波動が放出される。
瞬間、視界が光で覆われた。
くそっ!
この体さえ動けば!
見てるしか出来ないのか俺は。
轟音が反響する。
神殿が衝撃でがたがたと揺れる。
とんでもない威力だ。
ミネルヴァ……大丈夫なのか……。
「まだ……立つの……? 面倒くさいな本当に……だから女は嫌いなんだよ……」
砂埃の中、マルコシアスの声が聞こえる。
視界が晴れるとミネルヴァはまだ生きていた。
しかし、だいぶ息が上がっており、身体にも小さい傷が付いている。
見るからにもう、MP0だ。
おそらく、ミネルヴァに次を防ぐ手立てはない。
ティアマトの方も、末端信者の大群に苦戦しているのか、一向にこちらのフォローに来る様子もないようだ。
畜生……!
俺が何とかしなくちゃならないのに!
俺は見てるだけなのか?
絶対に死なせないと俺はミネルヴァに告げたんだ。
「次でもう、終わりだね。遊びにもならなくてガッカリだよ……」
マルコシアスが左手をくいっと引き寄せる。
ミネルヴァの身体が再び、引き寄せられる。
「ギャオオオ!」
途端、背後からティアマトの鳴き声が聞こえた。
刹那、体の縛りが弱まるのを感じた。
背後で何が起きたのか分からないが今だ。
俺は急いで走り出す。
「お主……なにを……」
ミネルヴァが怪訝な顔を浮かべる。
俺はマルコシアスと、ミネルヴァの間に割って入った。
悪いがこちとら、瞬発力だけは自信あんだよ。
反復横跳び、学年2位を舐めんなよ。
俺は黒刀を掲げ、その張り詰める魔力の赤い糸に狙いを定める。
そして勢いよく黒刀を振り下ろした。
手応えはなかった。
しかしーー
「なっ……僕の糸が……切れた……?」
マルコシアスが泡を食った顔を浮かべる。
ミネルヴァの身体が自由になる。
俺も今なら、声が出せる。
俺は大声で言った。
「ミネルヴァ! 逃げろ! また糸に繋がれたらおしまいだ! 水の石は諦めろ! 今は生きるんだ!」
ミネルヴァは俺の叫びに動揺しているが、俺は止まらず、更に言う。
「言っただろ! 俺はお前を絶対に死なせないって! だから頼む! 逃げてくれ!」
これが偽りようのない本心だ。
本心なんだ。
ミネルヴァ、頼む俺の心を読んでくれ!
俺はお前を死なせたくないんだ!
「お主……」
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