第12話 人形遊び
「主どの、本日はお疲れ様でした。宜しければ、共に晩酌でもいかがでしょうか?」
水の神殿から戻ってみんなで夜飯を食べ終わり、テーブルでくつろいでいた所、ニコルは突然そんな事を言ってきた。
「えっ? お酒あるの?」
俺がやや驚いた顔をすると、ニコルは微笑んで、
「はい、ワインがございます。苦手でしょうか?」
「いや、嫌いではないけどそんなに強くないよ、俺」
「私も嗜む程度ですので大丈夫です」
ニコルはそう言って、テーブル脇にある棚からワインを取り出した。
年季の入ったボトルから、高級感が伝わる。
まじかよ、ニコル。
俺、そんなにワインの味分かんねぇよ……。
もったいなくない?
「グラスを持ってきますね。主どの少々お待ちください」
ニコルはワインをテーブルに置き、優雅に部屋の外へと歩いて行った。
「あれ? お兄ちゃん、まだいたの?」
後ろからアトの声が聞こえた。
振り返ると、風呂上がりの濡れた髪のままアトがパジャマを着て、タオルを頭からかぶり立っていた。
その柔らかい桃色の髪の毛が艶めいている。
「おう、アト。ちょっとな、ニコルに誘われちゃってさ」
「誘われたって?」
アトは目を丸くして、俺に問いかける。
俺は少しからかった様子でアトに言う。
「まぁ、いわゆる晩酌ってやつ? 夏の夜の風情を感じながらワインを味わい、ニコルと共に洗練された会話を楽しもうとしてたんだよ。まぁアトにはまだ早いかな」
「あっそ……」
いや、いきなり突き放すじゃんこいつ。
てっきり怒るかなって思ったら、いきなり突き放してきたよ。
とは言いつつ、アトは近寄ってきた。
石鹸の良い匂いがする。
すると、ニコルもタイミングよくグラスとお皿を持って帰ってきた。
皿には適当に切られたチーズが盛られていた。
「おや、アト様。アト様も一緒にいかがですか?」
「お酒? 私あんまり味とか分からないよ」
分かるよ、アト。
俺も一緒。
アトの返答にニコルは微笑んで、
「大丈夫ですよ。そんな身構えずに、おふたりと一緒に飲む事に意味が生まれるのですから」
「うん」
ニコルの言葉にアトは少し嬉しそうにしていた。
分かる、なんか楽しいよなー。
アトが来る事を予想していたのか、ニコルははなっからグラスを3つ持ってきていた。
慣れた手つきで、チーズの乗った皿をテーブルの上に置き、続けてグラスを俺とアトの前に置いた。
「なんかオシャレだねー」
そう言ってアトは目を輝かせつつ、席に座る。
てかもうちょっとちゃんと髪拭けよ。
風邪ひくぞ。
そんな中、ニコルは慣れた手つきでワインの栓を抜き、目の前でグラスに注ぐ。
深紅の液体が綺麗だ。
続けて、アトと自分の分も注いで、ニコルは席に着いた。
俺は、なんだか仕切った方が良いのかと思い、
「じゃあ乾杯するか」
と自然と口にしていた。
俺の言葉に二人はグラスをかかげ、そしてみんなで言った。
「乾杯」
ワインを口に含む。
おぉ……。
渋い……。
けれども、案外飲みやすいな。
「いかがですか? 主どの」
ニコルが優雅な感じで聞いてきた。
俺はうなづきつつ答えた。
「うん、飲みやすいな。これは南の大陸のワインか?」
俺のはったりにニコルは驚いて、
「さすが主どの。ご名答です。南の大陸はルカの村で作られたワインです」
いやまさかの当たったし。
てか、ルカの村とかミリアの故郷じゃねぇか。
俺は努めて冷静に言う。
「まぁな、やっぱしこういうところで俺の育ちの良さが出ちゃうよな結局、口に入れた途端ブドウの方から自己紹介してきたからすぐ分かっちゃったよ」
横でアトが冷ややかな目を向けつつ、
「嘘くさ……、絶対適当に言ってるだけじゃん……」
アトのセリフにニコルがまぁまぁとなだめつつ、
「アト様の方はお味いかがですか?」
「うん、美味しいよー、お風呂上がりだから尚更かも」
「お口に合って良かったです。ささ、お皿にあるトナカイのチーズもどうぞ、これは北の大陸産ですよ」
「へー、凄いー! 美味しそう!」
俺はすかさず言った。
「おい、ニコル! アトにこういう珍味を出してもしょうがないぞ! アトはケチャップ味しか分からないんだから」
「出た、またそのしょうもないイジり……うっざ、てかそれスベってるよ?」
「まぁまぁおふたり共、仲良く致しましょう……あはは……」
「もっと飲みたかったな……」
自室に戻った俺は、勢いよく自分のベッドに倒れ込んだ。
結局、ボトルのワインをほとんどアトが一人で飲み切ってしまって、俺とニコルは1杯で終わりだった。
酒豪だよ、あいつ。
まじ、とんでもねぇよ。
ニコルも後半、若干引いてたしな……。
調子乗った大学生みたいにハイペースで飲んでってもまじで顔色ひとつ変わらないんだもん。
やっぱり、半分妖魔の血が入ってるのが関係してんのか?
人間離れした肝臓の持ち主だよあれ。
あれなら、ウェーイ系の大学生を全員一人で倒せる勢いだな……。
でも、逆にあんだけ飲んでも酔っぱらえないものある意味では気の毒か。
「あー! 疲れた……」
寝るか、とりあえず。
明日はどうすっかなー。
他の賢者とーー。
【集え】
え?
脳の奥に直接語りかける声。
「っ……!!」
身体の自由が効かない。
右手が赤く輝く。
まじかよ……、
このタイミングかよ……!
右手が焼けそうなほど熱い。
懸命に視線を向けると、その輝きが大きくなっている。
え……なんか、いつもと雰囲気違くね?
その赤い光は加速度的に周囲に広がり俺の身体を包み込む。
その光にベッド脇に置いてあった古びた柄が反応し、勝手に引き寄せられる。
同じく部屋に干してあったローブも引き寄せられる。
おいおいおいおい。
なんだよ、これ……。
右手がじりじりと痛い……。
赤い光は俺の身体を勝手に宙に浮かし、
そしてーー
耳をつんざく高周波と共に、視界が真っ白に染まった。
【信者達よ。今こそアゼル様の藩屏となる時だ。僕と共に戦いたまえ】
真っ白だった視界がゆっくりと開けてゆく。
右手の赤い光は留まらない。
体の縛りも解けてはいない。
足元には、どこかで見た古代文字。
「わらわに夜襲を仕掛けるなんて、小僧……全くもって良い度胸だな」
視界が晴れると、そこにはミネルヴァの姿があった。
腕を組み、不敵な笑みを浮かべている。
間違いない、ここは水の神殿だ……。
いつのまにか俺は教会のローブを羽織っていた。
そして、懸命に視線を周囲に向けると同じ格好の末端信者達が他にもたくさんミネルヴァを取り囲む様にしている。
俺は否応にも状況を理解した。
まじかよ……。
くそったれ。
今日がその日だったのかよ……。
信者達はどいつもこいつも、俺と同じで右手が赤く輝いている。
なさけねぇ……。
全員都合よく呼び出されたって事か
俺はこの大勢の中の一人でこいつらと全く変わらない。
まさにザコキャラだ。
「僕はアゼル様の命令に従ったのみだよ、ねぇ女……君は僕の人形遊びに付き合ってくれるかい?」
この声はーー
背後から足音がゆっくりと聞こえ、やがてそれが視界に入った。
こいつだったのか……俺を呼び寄せたのは……。
上級司祭、マルコシアス。
通称、傀儡師。
小柄で幼い顔をした痩身白髪の少年だが、顔にはサイファーと同じく六芒星に竜の解放教会の紋章が刻まれている。
末端信者とは異なり、黒いローブを身に付け、肩には可愛いテディベアのぬいぐるみを乗せている。
原作でもトップクラスに残忍な性格の男だ。
こいつが、ミネルヴァを殺していたのか……。
ゲームではミネルヴァがここで死んだのみで明確には描かれていなかったからな……。
ミネルヴァ、頼むから逃げてくれ……。
お前じゃマルコシアスに勝てない……。
強力な縛りの中、俺は懸命に心の中でそう念じるが、ミネルヴァに届く様子もない。
「人形じゃと? ああ、貴様の周りにいるでくの棒共か? 付き合ってやらん事もないが、誤って殺してしまっても文句は受け付けぬぞ?」
ミネルヴァの挑発を相手にせず、マルコシアスは肩に乗せたぬいぐるみの方を向いて、
「ねぇ、ママ? 僕もうお部屋でソリティアは飽きたよ。この女なら、僕のお人形遊びに最後まで付き合ってくれるかな?」
ミネルヴァ……頼む……! 石を置いて逃げてくれ……。
俺の願いも虚しく、ミネルヴァは手のひらを頭上にかざし、
「ぶつぶつと気味の悪い奴じゃ、さっさと消えてしまえ」
そして、ミネルヴァは言う。
「ラグナロク」
頭上が白く輝く。
するとマルコシアスは幼気な微笑みを浮かべ、
「守れ」
その瞬間、俺の体が瞬時にマルコシアスの頭上へと引っ張られる。
昼間見たものと変わらない強力な光の波動が迫る。
まずい……!
食らったら……即死だ……。
ミネルヴァに殺されるのだけはまずい。
動け、畜生!
刹那だった。
「君、面白いね」
弾んだ声音でマルコシアスがそう呟く。
「っ……」
懐にあった古びた柄を使い、俺は間一髪、黒刀で光の波動を防いだ。
次第に収束する光の波動。
危ねぇ……。
マジで危ねぇ。
危うくミネルヴァに殺されるところだった……。
「ほぅ……お主……やはり敵であったようじゃのお」
それは冷たい声色だった。
ミネルヴァは俺を見つめていた。
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