第9話 水の神殿
「主どの、実際に見せて頂いてもよろしいですか?」
明くる日の朝。
朝食後に、ニコルへ拾った古びた柄の話をした所、俺はそう返された。
「うん、分かった」
俺はテーブルの上に置いてある、その古びた柄を手に取る。
「っ!」
右手に走る、電気のような刺激。
湧き上がる、黒い刀身。
鈍く、禍々しく、それは漆黒に輝く。
「な、ニコル」
俺はニコルの反応を伺う。
ニコルは顎に指を当てて、思索に耽っている。
隣にいたアトは、目を丸くして驚き、そして言った。
「何これ……魔力でもないし……」
「え……? 魔力じゃないのこれ? てっきり魔法かなって思ってたんだけど……」
思案が終わったのか、ニコルが言う。
「主どの、おそらくこれの正体は私が感じたあの異質な気の流れそのものでしょう」
異質な気の流れ、アリスの言う死の気配と同じだろうか。
俺は剣を軽く振るいつつ、
「サイファーを殺した、気の流れってやつか……」
「そうです主どの。しかしこんな可視化出来るほどに高密度になるなんて……」
「なー、なんかすげぇ禍々しいしな……俺こんなオーラ出てんのかよ……」
「ちなみに、何か力を使っているような感覚はありますか?」
「それが全くないんだよ。逆にこれを止める時の方が意識しないといけないくらいでさ」
俺は、湧き上がる刀身が止まるように念じた。
すると刀身はさっと消失する。
「だとするとやはり、アト様の言う通り魔法ではなく、何かを依代にしている類いのものでもないようですね」
アトはからかう様な目つきで俺を見上げて、
「お兄ちゃんって、本当変な力ばっかりだね」
図星なこと言うなよこいつ。
「主どの、その柄ですが、少し見させて頂けますか?」
ニコルが真剣な表情で聞いてきた。
「ああ、はいよ」
そう言って、俺はニコルに古びた柄を渡す。
ニコルはそれを受け取り、隅々まで観察する。
「なるほど、これは死陽石……ですね」
「死陽石……?」
俺はアトと共に可愛く首を傾げた。
ニコルは語る。
「はい、太古より風化に強い為、儀式の宝具等によく利用されてきました。この柄も死陽石で作られており、もしかしたらそれにより何か特別な効果があるのかもしれません」
俺は、ニコルの博識さに感心しつつ、
「じゃあ、俺の妙な力がこの死陽石によって引き出されてるみたいな感じなのか」
「そう推察できますね。しかしそれ以上は私にもさっぱりです。何せ主どのから溢れる異質な気、それ自体がなんなのか不明ですので」
ニコルは、ニッコリと笑い両手を広げる。
アメリカ人みたいなリアクションするよなこいつ。
俺はニコルから柄を返してもらい、言った。
「まぁなんにせよ、かさばらないし装備しておくよ。それよりもさ二人とも、俺行きたい所があるんだ」
二人が俺の方を見つめる中、俺は続ける。
「北の大瀑布、エスタへ行かないか?」
ニコルはやや驚いている。
アトはもちろん知らないようで、
「どこそれ? 北の方とかそもそも、行った事ないし」
「いやいやアト、同じ大陸にあるんだからさ、せめてそれくらいは一般常識として知っておこうぜ」
「うわ……ウザ。ニコル、なんかお兄ちゃんウザいんだけど」
うざいは良いけど、なんか、はやめろよ。なんかは。
ニコルはアトを上手にいなして言う。
「北の大瀑布、エスタ。この大陸の水源地帯ですね。ちなみにどのような御用件か聞いても宜しいですか、主どの」
「あぁ、ちょっとな。会っておきたい人物がいるんだ」
「あの辺りに到底誰かが住んでいるとは思えませんが……主どのが言うのでしたら、承知致しました」
ニコルは怪訝な顔を浮かべていたが、承諾したようだ。
目的は決まっている。
守らなければならない。
水の賢者、ミネルヴァ。
ゲームだと解放教会の上級司祭に序盤で殺されてしまって、水の石を奪われてしまうんだよな。
殺された後は、魂だけの存在となって主人公達をフォローしていくんだけど。
だから、まずはミネルヴァを守る。
最悪、水の石は連中に渡しても良いが命は守らなければ。
賢者達はみんな、この世界を愛していた。
そんな彼らが誰一人として殺される事なんてあってはならない。
誰一人として、死なせない。
なんて事を伝えるにしても、まずは会わなければ始まらないよな。
「わー凄いねーお兄ちゃん! 大きい滝だー!」
フェニックスの上に乗りながら、アトが楽しげに言った。
アトの髪が風に揺られる。
「いや……アト、お前よく身を乗り出せるな……怖くないのか……」
信じられない……。高所恐怖症の人間からしたら信じられない……。
こないだは、夜だったし暗くて高さがあまり分からなかったけど、こうやってみるとかなり高いぞこれ。
あと、風が強い……。
ニコルははしゃぐアトを優しく見つめて、
「もう着きますよ。アト様、高度を下げますので、あまり身を乗り出さずにお願いしますね」
「はーい」
フェニックスはゆっくりと高度を下げていく。
時折、下腹部がふわっと浮くような感覚が訪れて、俺は悲鳴を上げそうになるが、必死に堪える。
そりゃキツいだろ。
こないだまで、ただのサラリーマンやってたのに、いきなりこんな高いところに追いやられたら。
なんて事を考えてると、瀑布の面前でフェニックスが地上に降り立つ。
ふー……。
一安心。
俺はフェニックスの背中から降りて嘆息をつく。
すっかり気疲れしてしまった。
そんな事を思っていると、何故かフェニックスは楽しそうに自らの顔を俺の体に擦り付けてきた。
「おぉ……なんだ……これ……怖い……」
金色の羽がキラキラと反射して眩しい。
フェニックスの顔もそこそこの大きさがあるから正直怖い。
「これは珍しい……。フェニックスは滅多に人間に懐かないはずなのに……」
後ろから、ニコルの声が聞こえた。
俺は、ニコルに助けを求めた。
「ちょっとニコル、なんとかしてくれよこいつっ」
「おそらく、主どのの異質な気の流れを気に入ったようですね、そういった類のアンテナは人間よりも、彼等の方がずっと敏感ですからね」
まぁ、確かに……同じ不死身な者同士だからな。
なんとなく好かれる理由はわかる気がする。
けれども、
「痛い痛い痛い! ニコル、考察は良いからなんとかしてくれ!」
「承知致しました」
そう言ってニコルはいつものにこやかな表情で指を弾いた。
すると、フェニックスの体が光り、いとも簡単に消えてしまった。
「大丈夫ですか? 主どの。召喚を解除致しましたのでもう大丈夫です」
「あぁ、大丈夫ありがとうニコル」
「いえ」
あれ……? ニコル? もしかして、俺が絡まれてるの面白がってた?
まぁいいか……。
そんな、アトみたいなノリやらないよな、ニコルは。
「何してるのー? 二人とも」
アトが不思議そうな様子で俺とニコルに呼びかけて来た。
俺は、早足でアトのそばに駆け寄る。
「あぁ悪いな、ちょっとフェニックスにだる絡みされてた」
「鳥さんに? へー、人間の事あんまし興味なさそうだったのに珍しいね」
鳥さんって……。
鳥ってレベルの大きさじゃねぇよあれ。
俺はアトに言った。
「アトって、召喚獣の心が読めるんだな」
「読めるって訳ではないよ。私も半分は魔族の血が入ってるから、何となく分かるみたいな感じ」
「へー、やっぱり凄いなアトは、料理も出来るし可愛いし、お兄ちゃんは鼻が高いぞ」
「……きも」
息を吐くが如く気軽に使う言葉ではないよそれ。
なんて、いつものやり取りをしていた所、やや後ろにいたニコルも揃ったようだ。
よしっ! 俺は大きく伸びをして、
「じゃあ行くか! 滝の裏側に!」
「えっ!? マジ? お兄ちゃん?」
「滝の裏側ですか……」
俺は面前に広がる瀑布の端の方へと向かう。
「王国の憲兵だって知らないんだけどさ、この大瀑布エスタは、あるものを隠す為に存在しているんだぜ」
「あるもの?」
アトが首を傾げる。
俺はアトの言葉に頷く。
瀑布の端に着いた俺達は、岩を飛び移りながら、滝の裏側を進んで行く。
すげぇな、ゲームじゃ十字キーの左を押してるだけだったけど、超迫力あるな。
滝の裏側は粒子となった水飛沫に満ちている。
滝の轟音が鼓膜をつんざく。
手を伸ばせば、水の壁に一瞬で腕ごと持っていかれてしまいそうだった。
ある程度岩を飛び移り道なき道を進んでいくと、途端に、人為的に作られたような、石畳の道が現れ俺はそこに飛び移る。
「ふぅー、疲れたな、やっとまともな道だ」
自然と息が上がる。
「なんでそんなに疲れてるの? お兄ちゃん」
「主どの、足元濡れております。ご注意下さい」
って、全然こいつら疲れてねぇし……。
レベルいくつなんだよ、こいつら。
俺たちは石畳で造られた道を進む。
なにもない、滝の轟音のみが支配する空間を進んでいく。
水のカーテンが一枚あるだけでこんなにも外界から隔絶されたような気持ちになるものなのか。
「着いたな」
おそらく、瀑布の中腹辺りまで差し掛かった所だろう、岩肌を沿って進んでいた俺たちの前に岩肌の内部へと入る入り口が現れた。
この場合は、滝の内部とでも言った方が正しいか。
入り口は古代文字が刻まれた、綺麗な四角形の岩が重なって造られている。
「へー、凄いー!」
アトは子どものように、良いリアクションをしてくれた。
良いぞ、アト。そういうリアクションは大事だ。
反面、ニコルは顎に指を添えて、
「なるほど……遺跡ですか……」
冷静だな。
まぁ、ニコルは優秀だからな。
あんまり映えるリアクションは求めちゃいけないよな。
俺は各々の反応の違いを楽しみつつ言った。
「そう、水の神殿。大瀑布エスタはこれを隠していたんだ」
俺の言葉にアトは呑気に、
「面白そうー!」
ニコルは俺の言葉に思案を続けつつ、呟く。
「水の神殿……ですか、何故こんなにも大掛かりに……」
俺はニコルに返した。
「まぁ、そんな重苦しく考えなくたって、行けば全て分かるよ」
ニコルは、返答しなかった。
俺は、少し深呼吸をして、
「二人とも聞いてくれ」
二人は俺を見る。
「この先、もしかしたら魔物が出るかも知れないから、心の準備だけしておいてくれ」
「はーい」
「承知致しました、主どの」
「よしっ! じゃあ行くか!」
俺達は、水の神殿の中へと進む。
神殿の中は、入り口にあった古代文字が刻まれた岩が隙間なく積まれ造られていた。
一本道を進んで行くと、すぐさま広い部屋へと出た。
天井が高い。
壁も天井も古代文字が無数に刻まれている。
「誰もいないねー」
アトが呑気にそんな事を呟いている。
おいおい、もっと緊張感を持てよ……。
俺はアトにツッコミを入れようかと思ったその矢先、
「主どの!」
俺はニコルに強く腕を引かれ体が後退する。
瞬間。
頭上から何かが落下してきた。
【誰じゃ、わらわの聖域に足を踏み入れる無礼者は】
鼓膜に直接響く声。
面前には、青い翼に青い毛並み、青い眼に黒い角を持った、4足歩行の竜がいた。
ティアマトか……。
案の定、こうなるよな……。
戦いが目的じゃないんだけど、そうも言ってられないか、やっぱり……。
俺は言った。
「各自、戦闘態勢! ただしこのドラゴンは殺すな!」
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