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侍、刀、そして魂。—時代劇風冒険活劇ファンタジー/Samurai, Sword and Souls—  作者: ノラねこマジン
第2章 刀を抜けない剣士、術が使えない術士、そしてワンパクなお姫様
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第18話 『幕間 其の壱』

 戦い済んで日が暮れて、三人は冒険者組合(ギルド)詰所に隣接する、宿泊もできる施設の一室にいた。

 組合ギルドの長が管理するこの屋敷は、彼の別邸として、また度々、都の本部からやってくる、視察団を接待する場として使われている。


 冒険者本人たちは、様々な理由で、様々な場所から集ってきた者たちだが、都の本部運営に携わる者たちの全ては、名家出身の公儀の役人だ。

 対して地方の組合ギルドの長は、地元の武家出身の者が冒険者となり、そこから長として取り立てられる者が殆どである。


 現場の長が、中央の運営側との折衝に心砕いていることは想像に難くない。この屋敷は、それらの苦労を象徴していた。

 ハンゾウは、そんな大切な場所を快く提供してくれた長に、深い感謝の意を心に刻みながら、ごろりと横になる。


「ふいー、お腹いっぱいだー」


 ミトは既に畳の上に転がり、お腹をさすっていた。


「ふたりとも、無作法が過ぎるぞ」


 (たしなめ)めるジュウベエも、胡座をかいて、お銚子を傾けている。

 寝転んだままのハンゾウは、座敷の中を見るともなしにぐるりと眺める。


 その中でも、とりわけ床の間に置かれた、妖石の詰まった三個の革袋は目をひいた。

 今日のあやかし討伐の成果だと言って、ミトがこの座敷に通されるなり置いたものだ。


 あの数の妖石が集まったってことは、同じ数だけの妖をジュウベエが斬ったってことだ。


 遠目にだが山の色合いを見て、そう強くはないが、数に物を言わせる妖どもだろう、と当たりはつけちゃいたが。

 先刻聞いた話じゃ、大量のヌエが出たって話だったが、残された妖石の大きさから見ても、全てが本物のヌエって訳でもなさそうだ。


 風向きの関係で瘴気が淀みやすく、妖が産まれやすい土地ってのはどこにでもあるもんだが、あんな風通しのいい所がそうなるとも思えねぇ。

 山の頂きには、でけぇ陣もあったと言うし、やっぱり今日の騒動も、裏では何者かが動いてるってことみてぇだな。


 この旅の先々に起こるであろう厄介ごとを思い、ハンゾウは、ふうっと大きな溜息をつく。


 なんにしろ今日のところは、ジュウベエのおかげで助かった。俺の目にも狂いはなかったな——。


「お前さん、こんだけの妖を斬ったんだ。さぞかし大変だったろう」


 ジュウベエは手にした杯から、ごろごろと寝転がるミトに視線を移す。


「いや、一袋分くらいは、彼女の働きだ。最後のとどめも、彼女が刺したと言っても良かろう」


 ごろごろとしていたハンゾウは、その言葉を聞くなり、がばっと起き上がるとミトを見つめた。


「えっ、そりゃ本当か、嬢ちゃん。実は、あの銃には、大した術を施しちゃいなかったんだが」


 寝転がっていたミトは、のそりと起き出し、四つん這いで部屋の隅に置いてある荷物に向かう。

 ごそごそと荷物をかき回すと、拳銃を取り出し、ハンゾウの元へと持ってきた。


「ありがとね、ハンゾウ。おかげで命拾いしたわ」


 その銃ときたら、とんでもないわね。しゅうっと空に上がって、ぱあんと花火みたいに広がって。

 最後のジュウベエもすごかったんだよ。ワタシに撃たせた矢を、陣っていうヤツの真ん中に、こうがーんと叩き込んで。


 嬉しそうに大きな身振り手振りでされる、ミトの妖退治のくだりを、ハンゾウは驚いた表情で聞いている。


 先ほどまでの、食事と共になされたお互いの報告では、ジュウベエの話は必要にして充分な事柄が、簡潔にまとめられていた。

 目の前のご馳走に夢中だったミトは、その時は事の成り行きを断片的に、ジュウベエの話に合いの手を入れるようにしか語らなかったのだ。


「あー、あとね、こんなモノも見つけたのよ。これも妖石かしら」


 ミトが懐から小さな革袋を取り出し、逆さに振ると、掌に透き通った丸い玉が転がり出てきた。


 これは——。その玉を手にしたハンゾウは唸った。


 それは紛れもなく、ハンゾウがウツホラキリと共に、術を発動させた時と同じよう、きれいに浄化されている妖石だった。


 俺の施した術は、破裂寸前まで銃に力を流し込んじゃいるが、至って単純なものだ。

 もし、俺の術の効果だけだったら、こうはいかねぇ。妖石には、俺の力の痕跡が残るってもんだ。

 おそらくは、嬢ちゃん自身には自覚はないようだが、嬢ちゃんの『力』を、銃に込めて撃ったんだろう。


 ジュウベエも、自分のやってることは剣技だと思ってるようだが、昨日見た斬撃。あれも『力』を刀に乗せて放っているようだ。

 こいつは期せずして、俺たち三人の合わせ技になっちまったってところか。


「おおっ、それも妖石だ。嬢ちゃんが頑張ったんで、きれいに浄化されたみたいだな」


 妖石っていうのは、妖の腹の中から出てくることが多いんで、そんな風に呼ばれているだけだ。

 こんな風に、きれいに浄化された妖石には益も害もない。『力』を貯めるための器と言い換えてもいい。

 よこしまな存在が手にすれば、そこに邪悪な力が宿り、心正しき者が持てば、やがて闇を祓うほどの宝珠となるだろう。


「だから、嬢ちゃんが大切に身につけときゃ、そのうち力が宿って何かの役に立つかもしれねぇな」


 ハンゾウは妖石の説明をしながら、ミトの手に、その美しく光る透明な、既に宝珠とでも呼べそうな玉を返した。

 嬉しげに掌に戻ってきた玉を眺めているミトを横目に、手にしていた杯を、ぐいっと飲み干したジュウベエは複雑そうな表情で言った。


「初めて持った拳銃を巧く使いこなしたのだ。弓の鍛錬をしていたとも聞く。彼女は、飛び道具に天賦の才があるのだろう」


 ジュウベエのやつも、嬢ちゃんの『力』の発現には思うところがありそうだが——。


 ハンゾウもまた、ミトに対しては複雑な思いを抱く。

 俺たちの仕事には、絶対に巻き込みたくはないんだが。

 自分から飛び込んで来るんだよな、嬢ちゃんの場合は。

 せめて、自分の身を守れるくらいの武器を与えたものか。


「ところで嬢ちゃんは、何で山に行ったんだ。てっきり海の方へ来るんじゃないかと思ってたんだが」


 逡巡する心を一旦治め、ハンゾウは昼間大ウツボと対峙しながらも、気掛りだった思いを口にする。


「やー、海には行きたかったんだけど……」


 いつになく、歯切れの悪い応えを返すミト。


「ふむ。わたしは、来るとするなら、勝手知ったる山だと踏んでいたぞ」


 ジュウベエは、ことほかきっぱりと断言した。


「海って、その……タコとかいうのがいるんでしょ?」


 こう黒くて大きくて、ぬるぬるしてて、何でも吸い寄せる長い脚を、たくさんくねらせて。

 ミトは、両腕をうねうねと、たこの脚のようにくねらせる仕草をする。


「なんだ、嬢ちゃんは蛸が怖いのか」


 ミトの表情と仕草に、思わず笑い出すハンゾウ。


「君にも食べられないものがあったのか」


 ジュウベエは、冷静な顔で頷いている。


「なによー」


 膨れっ面のミトに、ジュウベエは空になったおひつを指し示す。


「先刻まで、君は蛸飯を何杯も平らげていたではないか」


 ミトの頭の中に、桜色の飯に混ぜ込まれた、肌は赤く身は白い、噛めば噛む程に旨味が溢れる不思議な食べ物が浮かんだ。


「ええーっ、あれがタコなの」


 大きな瞳を更に大きく見開いて驚いているミトに、ふたりは先ほどから彼女が次々に平らげていった料理を挙げる。


「ふむ、これは戻した干し蛸と野菜を煮たものだな」


「こりゃ、干した蛸を細長く切って、火で炙ったものだ」


「うむ、あれは、ぶつ切りにして酢みそで和えたものであろう」


「ありゃ、大きめに切って甘辛く炊いたものだ」


 今は妖騒ぎで獲れぬらしいが、生の蛸を刺身で食すと美味いものだ——。


 獲りたてを塩で揉んでから、丸ごと茹でるってのもいいよなぁ——。


 ジュウベエとハンゾウの話を、瞳を輝かせて聞いていたミトは、唾を飲み込むと、ふたりにこう告げた。


「明日は、タコを獲りにいきますっ」

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