第7話 終焉の刃
ここから先が本当の神の戦。
ダル・ダーレ・ダレンはそう言ったが、ヤツの言動には不審な点が多い。まるで神同士の真剣勝負になるのを望んでいるかのようだ。
ヤツは一方的な蹂躙より生きるか死ぬかの戦いを好む戦闘狂なのか? それとも、生き残れるかもと希望をもった心をへし折った方がより深い絶望を味わえると計算しているのか? 何となく後者のような気がする。
さて、祟り神はこれからどう出る?
いや、敵の手を予測するより僕の打つ手を探す方が先か。主導権を握られっぱなしでは勝てる戦いも勝てない。
「何だ、この光は?」
傭兵隊長ブレンが物見台に登ってくる。
彼は僕が生み出した白い光に首をかしげ、そして町の外を見てギョッとした。
「タケル君によればあの怪物は異国の神の一柱だそうですから。このぐらいの事は出来るのでしょう。この世を地獄に変えるのがアレの目的です」
「フォリン様。そのように落ち着いていられる場合では……」
「とりあえず、溶岩がこの町に入ってくる事はありません。父はどうです?」
「錯乱していらっしゃる様だったので、薬を処方して眠らせました。失敗だったでしょうか?」
「適切な判断だと思います」
父に祟り神が憑依していなければ溶岩を遠くに追いやるための溝を掘らせるとか、やらせたい事は多々あるけどね。
この戦いの僕の勝利条件はどこかに隠れているダル・ダーレ・ダレンの本体を見つけ出して討伐する事、なのだろうか?
溶岩が流れる大地で敵を探し求めるとか、罰ゲームか。
「フォリン様、あちらを! 何かが動いています!」
「あれは、人間?」
「三本腕の人間は居ないと思います」
リリミヤの声に僕が反応し、ブレンのツッコミがはいった。
町の中は僕の白い光に満たされ、外は溶岩のオレンジ色の光に照らされている。真昼のよう、とまでは言えないが視認するには十分な明かりがある。
オレンジ色の光りを浴びながら列をなして移動する者たちがいる。
ヒョロリとした大体人間型をした者たちだ。比較対象が無いので大きさはよく分からない。普通の人間より少し大きいぐらいだろうか?
左手には大きな盾を持っている。
右腕は二本あった。そのうち一本は小さめの刀を持っている。そしてもう一つの右手が持つのは長柄の武器だ。突いても使えそうだが槍と呼ぶには先端が広がっている。矛の一種だろう。
全体のバランスを考えると盾の陰にもう一本腕が隠れていてもおかしくない。手足が合計六本、昆虫人間か?
昆虫人間たちは14人いた。
こちらへ向かって一列で移動中だ。
「ブレン、武装した集団がこの町に向かって来ます。呆けている時間はありませんよ」
「ハッ、了解しました」
傭兵隊長は靴を打ち鳴らしてカッキリとした敬礼をした。
「これよりクルセルク傭兵隊は町の防衛のための戦闘行動に入ります。ですが、その前にもう一度お聞かせください。あの地面から湧き出る炎がこの町を飲み込む事は本当にないのでしょうか?」
「そちらは僕が担当します。あの悪神本体の力はこの町には近寄らせません」
「お願いいたします。……リリミヤ、お前はこのままフォリン様の護衛を担当しろ。俺は前線に出る」
女戦士は一瞬、悔しそうにした。
でも、僕の護衛も大事だよね。彼女も反論はしなかった。
「ご武運を」
「行ってくる」
ん、何となく恋バナの匂いがする。
ブレンはどこかの後家さん狙いだった気がするが、思わぬ三角関係の出現か?
階段を駆けおりるブレンとその背中を乙女に見送るリリミヤに僕はニヤニヤした。
ダル・ダーレ・ダレンの息がかかった物はともかく、一般の人間の動きは神の『目』で見通せる。
ブレン配下の傭兵たちは右往左往、何をしたら良いのか分からず狼狽えている。第二隊隊長のカルナックも頑張ってはいるが、統制を回復できていない。
それ以外の住人たちは混乱以前の問題だ。パニックを心配したが、そこまでの気力もない模様。茫然自失、虚脱状態でほぼ行動不能だ。
この世の終わりに遭遇したと思えば無理もない反応かも。
領主館を出たブレンは身体強化を使って通りをあっという間に駆けぬけた。屋敷を出るときに受けとったのか、すでに神槍フォルニウスを携えている。
彼は神槍の石突きを地面に突き立て、棒高跳びの要領で町を守る壁の上にその身を跳ね上げた。
「聞けぇぇぇえ」
そして全身への身体強化を維持したまま大音量の声を響かせる。その声は僕の人としての耳にまで届いた。「よい指揮官とは声の大きい指揮官の事である」などという言葉があるが、それに倣うなら彼は最高の指揮官だ。
「現在、南東方向から武装した異形の集団が接近中だ! ただちに迎撃態勢に入る! 第一隊は南東の壁に集合! 第二隊はそれ以外の全方位を警戒だ。急げ!」
ブレンの大声量を持ってしても兵たちの反応は鈍い。
ノロノロとでも動き出しているだけマシだろうか?
「オイ、お前たちは兵士か? それとも屠殺される豚か? 兵士なら隊列を組んで敵に正面を見せて死ね。豚だったら好きなように逃げまどえ。豚を選ぶなら敵の前にこの俺が殺してやるがな!」
「……」
「ご領主様は体調が優れない。薬を飲んで就寝中だ。この白い光を使って町が炎に呑まれるのを防いでいるのはフォリン様だ。魔法貴族の資格持ちだと言ってもたった10歳の女の子が戦っているのだぞ! それを知ってもまだ四の五の言う奴が居るなら前に出ろ! 根性を叩き直してやる!」
良くやった、ブレン。
僕に届く信仰心が少しだけど増加した。
僕は思案する。
あの昆虫人間たちは隊列を組んでいる。彼らにも兵士としての技能があるのは間違いないだろう。そして個々の強さは普通の傭兵たちより確実に上だ。そうでなかったらビックリする。神槍を持ったブレンなら対抗できるだろうが、一般の平民の兵士では一方的に蹂躙されると思った方がいい。
ならばどうする?
敵の頭を叩く。
ダル・ダーレ・ダレンの本体の居場所は分からなくともバッカスがどこに居るかはわかる。そして薬で眠っている。
もちろん、僕自身は彼に手は出せない。だが、あの昆虫人間たちがここまで来たらその矛は僕の首をはねる事が出来るだろう。同様に僕の息がかかった人間がバッカスを殺すこともまた可能なはずだ。
僕は女戦士を見上げる。
真実を伝えて説得するか、騙すか、それとも魔法をかけて操るか。
魔法で操るのは人の道に悖る、だけど僕は神だから問題ないね。
「どうしました?」
「いえ、リリミヤは武器を持っていませんよね。屋敷の入り口で預けたのですか?」
「はい、いつもは詰め所に置いておきますが、今日は屋敷まで持って来ました」
「ではそれをとりに行きましょう」
玄関口かその近辺には置いてあるはずだ。
「え、いえ、フォリン様にご足労いただく訳には……」
「今の状況で護衛から離れる方がまずいでしょう」
不承不承、という感じだったっが僕とリリミヤは歩きだす。町を守る白い光はこの場に置いたままにする。
ついでにライアもここでお留守番だ。事態に変化があったら念話で教えてもらう事にする。
「ところであなたは僕の事をどの程度知っていますか?」
「は? いや、失礼しました。申し訳ありませんがお名前以外はほとんど」
「一般の領民ならそんなものですか」
「ええっと、隊長からなら聞いた事があります。ご領主様が恐れるほどの才に溢れた神童だと。実際にお会いして納得しました」
神童、ね。
僕はうっすらと微笑んだ。
「その評価はあなたたちが思う以上に真実に近いのですよ。僕はもっと幼い頃から他人と違う所がありました。平民の子供と違うだけではなく、同じであるはずの貴族の血をひく者とすら違う所がね。……苦労するのですよ。僕には分かる事がまわりの人たちにはそのとっかかりすら理解出来ないのですから」
「ちょっとだけ分かる様な気がします。鍛治仕事を教わっていても、ガツンとカッツンの違いとか、理解出来ない人には本当に理解出来ないですから」
?
職人の手仕事の微妙な感覚の違いの話か?
それはどちらかと言うと説明の仕方が悪いのではないだろうか?
「他人と共有できない独自の世界が見えている、と言う意味では同じような物かもしれませんね。自分の事を『神童』とか『他人から理解されない天才』とか呼ぶのは口はばったい気がしますが、事実なので仕方がありません」
むしろ、真実を控えめに表現している。
「そういう事なので約束してほしいのです。もしもの時には僕が指示を出したらその通りに従うと。たとえそれがどんなに訳が分からない指示であってもね」
「了解しました」
「ちょっと軽すぎない?」
僕は今、彼女を半ば以上騙そうとしているし、この「約束」をとっかかりに催眠魔法をかけようとする気満々だ。
僕にとっては都合が良い展開なのだけれど、年上の女の人が相手なのに彼女がそのうち悪い男に騙されるんじゃないかと心配になって来る。
「大丈夫です。約束は必ず守ります」
「いや、軽く答えたから本気にしていないんじゃないかとかではなくて、僕に騙されるとかは考えないの?」
「考えません。そのあたりは隊長に仕込まれていますから」
「そうなんですか?」
「ええっと、兵士の心得として上官の命令の意味が解らなかったらとりあえず従えと。命令の裏の意味まで理解したうえで従う方が望ましいけれど、理解できなかったらとりあえず言われたことにそのまま従え。ためらったり反論したりするのが一番悪い。命令の裏の意味まで理解できたと確信した上でまだ異議があるならその時だけは質問してよいと。そう、教えられました」
そうか、彼女は兵士なんだ。
「良かった」
「はい?」
「僕の事を上官だと思ってくれてて。保護対象の一般人扱いだと従ってくれないでしょう」
「私はあまり頭が良くないのでその方が助かります」
そうかな?
話しているとそんなに頭が悪い気はしない。どちらかというと考えすぎて反応が鈍いタイプじゃないだろうか?
どちらにせよ「あまり考えずにすぐに動き出した方が良い結果が出るタイプ」なのかも知れないが。
領主館が大きいと言っても、別にお城のように大きいわけではない。近隣の貴族を招いてダンスパーティなんて事も不可能な程度の大きさだ。
僕たちは話している間に玄関口へ到着する。
ここには不寝番が最低一人はいるはずだが、今は姿が見えない。火事場見物に行っているのか、バッカスの所へ行ったのか? どちらにしても職務怠慢だ。
幸い、リリミヤのハンマーはすぐに見つかった。屋内で使うには長すぎ重すぎる武器だが、威力の方は保証付だ。昼間にあの怪物と戦った為か頭を中心に傷だらけだが致命的な損傷はない。
「問題はなさそうですね。あとは僕の武器です」
「フォリン様の? 確かサーベルを使っておられましたよね」
「そうですが、その前に短剣を回収しておきたいのです。父の部屋に置いてきてしまいましたから」
「今からあの部屋に戻るのはどうかと思いますが」
やっぱり反対されるか。
でも、僕としてはなんとかバッカスに近づきたい。……殺すために。
ちょっとだけ、殺したくないという思いもある。
バッカスに対する好感度は低くない。いや、絶対値としては低い。しかし相対的には過去最高値を記録していると言っていい。
僕を犯そうとしたのはどちらかと言えばダル・ダーレ・ダレンだろうし、昼にあの祟り神に対して人の身で挑んだ彼は、この僕がアレを父と呼んでも良いと思うぐらいにカッコよかった。
可能ならダル・ダーレ・ダレンだけを倒して彼は解放してやりたい。
でも、それは僕にも不可能だ。
そして、バッカスを殺さずにいたら、このクルセルク領は破滅する。
仕方がない。
高貴なる者の義務。
領地を守るために彼には死んでもらう他ない。
思えば、この時僕は平常心を失っていたかもしれない。
父殺しの実行に動揺していたのか、それとも悲劇の主人公になる自分に酔っていたのか? どちらにせよ、注意力が散漫になっていたようだ。
その事がこの先の展開に大きな影響を及ぼすことになる。
しかし、この時の僕はそんな事は思いもしなかった。
「あの短剣は特別なのです。早めに取り戻しておきたい」
これは本当。対面前に神力を込めておいたのだ。使い捨てにするのは惜しい。
「あそこへ戻るにせよ他のどこかへ行くにせよ、フォリン様にはその前にやる事があるかと」
「何です?」
「お召替えを」
そうだった。
僕のドレスは上半身を破かれたままだった。その上にリリミヤの大きすぎる上着を着ている状態だ。
確かにこのままでは不都合がある。
「そうですね。もう少し動きやすい服に着替える必要がありました」
「昼間のような服装は私もダメ出ししたいのですが」
「今は非常時です。実用性重視ですよ」
「フォリン様は私と違って見目麗しいのですからそれなりの格好をするべきです!」
「メンドくさい。……とりあえず行きますよ。僕の部屋はこっちです」
リリミヤは領主館に入った事はほとんど無いはずだ。少なくとも領主一族のプライベートスペースに入った事はない。
自然に僕が先導する形になる。
どうせ神の『目』で壁の向こうの様子もだいたい分かる。
僕は歩きながらクローゼットからどの服を取り出すかと物色していた。
「え?」
それが、角を曲がった所で鉢合わせした。
何にって? 僕の『目』にうつらない者。ダル・ダーレ・ダレンの影響が色濃い者だ。
クセル・ニードフォートの形をした陶器人形がそこに立っていた。サーベルを構えて立っていた。
ヤバイ!
僕のバカバカ!
祟り神の手駒にこいつが居るのは分かっていたはずだろう!
クセルの人形がサーベルを突き出す。
僕は後ろへ跳ぶ。
ぶつかった。
何も気付かずに歩いてきたリリミヤに衝突する。
彼女が持っている情報の範囲では敵は屋敷の中には侵入していない。「油断し過ぎだ!」などと彼女を責める資格は僕にはない。
ゾッとする感覚が僕の中に入ってきた。
両足が、下半身が丸ごと動かせなくなる。……僕に突き刺さったサーベルに脊髄を断ち切られた。
サーベルが引き抜かれ、今度は横薙ぎに襲ってくる。
僕にはそれを避けるすべはない。
リリミヤが反応してくれれば! それだけを念じるが無理だった。
いかに彼女が勇猛な女戦士でも、所詮はただの民兵。士官学校を出たわけでも特殊訓練を受けたわけでもない。
彼女がアタフタしている間に全ては終わった。
鋭い刃が僕の首を切りとばした。
僕の視野がグルグルと回転し、首のない自分の身体を見せつけられた。
僕の身体は生命活動を停止した。
僕は死んだ。
本当だよ。




