第4話 少年武士と祟り神
正体不明の祟り神ダル・ダーレ・ダレンはその依り代を完全に破壊されて消滅した。その様に見えた。
だが、ライアは敵の本体は僕の父バッカス・ユーノクスの中に吸い込まれて行ったという。
最悪という言葉はもう使えない。事態は一体どこまで悪くなるのだろう?
僕は倒れた父を神の『目』で見た。
見えない。
人間としての外見は見えるがその内面は見通せない。岩でできた怪物だったダル・ダーレ・ダレンを見た時と同じだ。
神にとって依り代の破壊がダメージになる。とは言っても、父は壊せない。
一緒に暮らした事などほとんどない、親子の情などほぼ無い相手だ。心情的には殺せないわけじゃ無い。しかし今は兵士たちが彼を崇拝している。
もともとバッカスはここの領民たちに嫌われ恐れられていた。その恐れが先ほどの大活躍でベクトルを変えた。「恐ろしい領主」が「恐ろしい外敵から守ってくれる強い領主」になった。恐れられた部分が大きかっただけにそれが味方になった時の落差は大きい。その崇拝の大きさはおすそ分けで僕のところに漏れてくる分だけでも神槍をもう一本創ってもお釣りが来るぐらいだ。
これだけ人気のある領主を兵士たちの目の前で害する?
不可能だ。
自殺行為だ。
傭兵隊のトップは最前線にいるはずだが、居残り組のボスもそれなりに有能な様だ。
次々に指示がとび、兵たちがテキパキと動く。
飛び散った陶器人形の破片は誰も直接触れる事なくスコップですくって集められ、門の外へ捨てられた。簡単な囲いを作って誰も近づかない様にしている。
倒れた領主を迎えに行くために馬車が用意され、護衛の小隊が編成される。
ここでダル神が立ち上がり「フハハハハ、この身体を乗っ取ってやったぞ!」とか叫んでくれたら戦闘再開もできるけど、領主の身体に乗り移りながらそういう馬鹿な真似はまずやらないだろう。ヤツが戦闘狂の脳筋でない限りは。
僕は神の『目』で周辺も警戒する。
おかしな気配がもう一ヶ所、あれは岩の怪物が踏み潰した荷馬車のあたりだ。クセル・ニードフォートの残骸と同じ祟り神の呪いの気配。
あんな所にも呪い?
何故だろうかと思案する。
そしてゾッとした。
そもそもタケル少年はどうして荷馬車に乗っていた?
怪物から逃げる目的なら荷車なしの馬だけの方がずっと速い。最後の瞬間まで棄てなかった積荷の正体は何だ?
彼は幼女一人だけを抱えて脱出したが、乗っていたのが一人だけで無かったなら?
『目』でその先を調べるのが怖くなる。
口頭で確認を取ろうと少年をふりかえる。
何をやっているんだよ?
傭兵たちが少年を拘束しようとしていた。武装解除のつもりか弓まで取り上げようとしていて、少年はそれに抵抗している。少年が連れていた幼女が少し離れてオロオロしている。
「やめなさい!」
僕は割って入った。
僕から見ると傭兵たちの身体は見上げる巨体だ。だが、彼らは僕の身体に触れる事が出来ず、後ずさる。
「フォリン様」
「彼から事情聴取しなければならないのは認めます。それに先だって武装解除したくなるのも理解します。ですが、あの弓は彼が大事にしている物の様です。矢なしの弓だけが何の脅威になりますか? どうしてもと言うなら弦だけを外させて回収しなさい」
「は、しかし……」
「それから、身体を拘束することまでは許しません。彼は罪人ではないのですから」
僕は指示を出している男をこっそりと『目』で見る。
彼の名はカルナック。傭兵隊の第二隊の隊長でブレンの同僚。序列としてはちょっとだけ下。戦場を渡り歩いた歴戦の強者ではなく地元からの採用組だ。最前線に立つのではなく後方に居座る調整型のリーダーで戦闘能力もそれ相応。地元とのパイプの太さが彼の武器だ。
彼は、身分こそ高いが組織の指揮系統の外にいる僕に正面から堂々と抗議する。
「しかし、フォリン様。こいつがあの怪物を連れて来たのは事実です。こいつが来なければ怪物が追って来る事もなかった。野放しには出来ません!」
「彼が来なければ、ですか?」
僕はあざとく首を傾げてみせる。
それだけで傭兵たちが動揺する。効果が大きすぎるからこういう真似はあまりやりたく無いのだけれど。
「彼はどこを通ってこの町に来ましたか?」
「どこ、とは?」
「道を通って来たでしょう。彼もあの怪物も。轍の残る道があればその先に町か村があるのは当然です。人の言葉を話すあの怪物がその程度の事も理解しないとは思えません。怪物がこの辺り地理に疎かったとしても遅かれ早かれ道なりに移動したでしょう。そして、僕の記憶が正しければクルセルク領の主要な道はすべてこのクルセルクの町に繋がっていたはず。違いますか?」
「……その通りです」
「なら、結論は出たでしょう。少なくとも、ここへ逃げて来た事について彼に罪は無い。控えなさい、カルナック」
「ハッ」
第二隊隊長が目を見張る。
僕が彼の名前を知っているとは思わなかったのだろう。部下の名前を覚えて直接呼ぶのは人心掌握の有効な手段だ。僕のはちょっとズルだけど。神の『目』が使えるのは結構な反則技だ。
僕がコストの心配をせずに使える神としての力は三つ。
一つは神の『目』。見たものの情報を詳細に読み解く事ができる。
一つは『異世界知識』。この世界の物ではない情報を閲覧できる。
そして最後の一つは『言語理解』。この世界で使われている主要な言葉はすべて理解できる。たぶん使用人口10万人ぐらいがボーダーじゃ無いかと思う。ごく狭い範囲でしか使われていないスラングや少数民族の言葉はわからないから。ま、僕の人間としての知能の限界なのか「言葉がわかる」=「考え方が理解できる」とは限らないのが問題だ。この能力があっても文化摩擦はゼロにできない。
僕はこれまでこの三つの力をなるべく隠す様にしていた。人外の能力を見せて無駄な諍いを起こすことはない。
だけど、もう潮時だと思う。祟り神ダル・ダーレ・ダレンに対抗するためには僕も神として立たなければならない。これから先は能力は隠す物ではない。見せつける物だ。
僕は『言語理解』を使って、話す言葉を東方の神皇国のものに切り替えた。人としての脳と神の魂が齟齬を起こしている様で気持ちが悪い。
《この言葉は理解しますか?》
タケル少年の表情がパッと輝き、カルナックのそれが驚愕に彩られる。
カルナックが東方の言葉を理解するかどうかは知らないが、僕が少年と意思疎通できたことは分かったようだ。
「フォリン様⁈」
「彼と話せる者が他に居れば別ですが、そうで無いなら彼への事情聴取は僕が担当します」
複数の言葉を話せる事など当たり前、という顔をしてシレッと言う。10歳の女の子にそれが可能かどうかは知らない。
カルナックは目を白黒させていたが、彼が指示を出さなければならない事は数多い。僕だけに関わっている訳にもいかないだろう。
「……分かりました。当面、その少年の事はおまかせ致します。オルスト、ハイナン、フォリン様の護衛を」
「ハッ」
「あっしらがですか?」
護衛の兵士が付けられた。真面目そうなのがオルスト、要領が良さそうなのがハイナンらしい。年の頃はよく分からない。僕から見たらどっちもおじさんだ。『目』を使うほどの相手でも無さそうだし。……彼らの名前を忘れたら使うかもしれないけど。
面倒ごとを兵士たちに押しつけてカルナックはサッサと離れていく。「どうしたら良い?」と顔を見合わせる兵たちに僕はニッコリ笑ってさらなる面倒を押しつける。
「よろしくお願いします、おじさんたち。ところで、この辺りにどこか落ちつける場所はありませんか?」
「落ちつける、ですか?」
「はい、彼らから話を聞かなければなりませんが、立ち話というのも」
「でしたら、一度屋敷にお戻りになられては?」
「今は父から目を離す気になれません」
「心中、お察し申し上げます」
絶対に誤解していると思う。
「すぐそこに私たちの詰所がありますが、フォリン様をご案内できる様な場所ではありません」
「椅子とテーブルだけ運び出せばいいんじゃねぇ? 雨が降る様子もないし」
ハイナンが要領が良さそうだと思ったのは間違いではなかった。手際よく会談場所がつくられていく。
干した果物とお酒を数滴垂らした水まで用意される。
この辺りの水はあまり良くない。生水をそのままは飲まず、アルコールを垂らすのは一般的な事だ。
「最高級品のお茶とお茶菓子とはいきませんが、ここらにある物ではこれが限界でさぁ」
「ありがとう」
ドライフルーツはお菓子では無く保存食からの流用らしい。
僕はガッシリした椅子に腰掛け、対面にタケル少年を座らせる。幼女にはこっちへ来るかと僕の隣を勧めたのだが、タケル君の側に逃げられてしまった。
タケル君は東方風の顔立ち、幼女はこちらの貴族風。血縁がある様には見えないが、信頼関係はあるらしい。
東方の少年はドライフルーツをゆっくりと味わっていた。相当に飢えて消耗していた様子。後でもっとしっかりと食べさせた方がいいだろう。飢えきった体で急に食事をすると良くないと言うから、今はこの程度で十分だろうが。
《さて、シキ・タケルというお名前でしたね。東方の神皇国の出身者とお見受けしますが?》
《はい。自分は確かに神皇国の者であります。時に、フォリン様。ここがどこなのかお教えいただけないでしょうか? 今のお言葉でここが神皇国の外で西方に位置する事は分かりました。が、村人たちに聞いても自分が知らない地名を繰り返すばかりで困ってしまいました》
普通の村人たちなら自分の住んでいる村の名前が出てくれば良い方だろう。どうかすると「ここはなんと言う名前の村ですか?」「村だ」という問答が起きても不思議ではない。
《ここがどこか分からない? ここはレンド王国の中のクルセルク領ですが、それではあなたはどうやってここへ来たのですか?》
《それも分かりません。自分は山に入って霧にまかれた辺りまでは確かに神皇国の北東のはずれに居たはずなのですが……》
《不可解な話ですね》
僕が首を傾げていると白猫がテーブルの上に飛び乗ってきた。ニャーと鳴きながら念話を飛ばして来る。
【それはたぶんあの『無』の領域が関係しているニャ。『無』が喰いつくすものは物質だけではないニャ。この場合は神皇国とクルセルクの間の距離が喰われてしまったのだと思うニャ】
ライアは幼女のもとへ歩いていき、気持ち良さそうにモフられている。
そしてタケル君は驚いた顔をしている。ひょっとして彼にも念話を飛ばしたのか?
少年は僕とライアを見比べている。
《この猫、いやお猫さまはフォリン様の眷属でございますか? ならばフォリン様はミカドの血筋……》
彼は椅子を蹴倒すように僕に向かって平伏した。
ミカドとは神皇国の皇帝の事だったかな? 確か現人神と称していたはず。それは本当のことだった?
《顔を上げてください。そこまでの礼を尽くされる謂れはありません。僕とそちらのミカドの間には直接の血縁はありません。僕は神への道を歩きはじめたばかりの若輩者です。すでに巨大な国を支え、信仰を集めているお方と同列に並べられる様な存在ではありません》
《たとえそうであってもフォリン様はいずれ神へと至る一柱。まして、あのダル・ダーレ・ダレンを退けたほどのお方に礼を尽くさずにいられましょうか?》
《! あの祟り神の事をよく知っているのですか? あれは東方の神の一柱なのですか?》
《わざわざ質問などなさらなくとも神の一柱であられるのなら私から読み取ればよろしいのでは?》
神の『目』で?
彼が神についてある程度の情報を持っている事はほぼ確定したな。
《他の神についての事柄は『目』でも読み切れるとは限りません。口頭での回答もあわせて行って下さい》
《かしこまりました》
《ですので、落ち着くためにも席に戻って下さい》
《……分かりました》
話をまとめると、タケル少年は東方の武家の出身らしい。
武家とはこちらの魔法貴族にあたる術者を護衛する役回りだ。術者と血縁関係にある事も多く、身体強化など戦闘に関係する物に限るが術もそれなりに使える。傭兵隊長ブレンのような者を、自然発生では無く血筋から育成している感じだ。
一人前になりかけの武士として、彼は使いっぱしり程度の立場である調査隊に加えられた。
その調査隊は東方でも問題になっている『無』の領域の拡大に関する物だったという。
《ではあの祟り神と『無』の間には関係が?》
《必ずしもそうではありません。あのお方はもともと神皇国のさらに東、海を渡った先にある土地の禍ツ神であったと聞いています。三代前のミカドが調伏したのだとか》
《ミカドが勝ったのに滅ぼさなかった?》
《はい。あの『無』はこの世をお創りになられた大神がお隠れになられた結果、その地に住まう神がいらっしゃらない部分から世界が壊れているのだと教えられました。間違いありませんか?》
《僕が聞いている話もほぼ一緒です》
《ならば『無』に来て欲しくない場所に神を封じておけば、世界の崩壊を食い止められるのでは無いかと……》
《あの祟り神を世界が壊れるのを防ぐ重しにしたって⁈》
びっくりした。
さすが先輩、と言うべきだろうか? 捕らえた神にそんな利用法があるとは思わなかった。
《はい。ですが上手くいかなかった様です。『無』はやって来た。封印が強すぎたのか、逆に封印を破るためにかの神が『無』を利用したのかと、隊の術士たちは話しあっていました》
《その調査隊のメンバーはこちらへは来ていない?》
《少なくとも自分は会っていません。霧の中ではぐれてそれっきりです》
どこか他の場所に飛ばされたのか、『無』に喰われたのか。無事に撤退に成功した可能性もある。
《それであなただけがあの祟り神と一緒にこちらへ来た、と》
《個別に、です。最初から一緒だった訳ではありません。山にいると思ったらいつの間にか地面が平らになっていて、クルセルク領、ですか。こちらの村にさまよい出ました》
『目』で見たが、言葉も通じない異邦人である彼が村人たちに受け入れられるのは大変だったようだ。村人と僕の父の間に信頼関係があればこちらに連絡が来ただろうが、積極的に領主館と連絡を取ろうとする者は居なかった。
そして、彼を保護した村に岩で出来た怪物がやって来た。
他の神が関わっているせいか、その後の経緯はひどく見えにくい。が、少年が文字通り矢が尽き刀が折れるまで戦ったのは読み取れた。
このまま全滅か、と思われたが戦いの潮目が変わったのは今日。敗北寸前だった村に貴人が訪れた。
貴人って、この領地にそう呼べるのは領主の一族しか居ない。『目』で顔が見えた。
「兄上⁉︎」
朝から領地の視察に出かけていた兄のハイム・ユーノクスだった。兄も護衛ぐらいは連れていたし、本人もマントを得られるほどでは無いが魔法を使える。それなりに価値のある増援だった。
《貴き方は村に馴染みの女性がいたそうです。正式な認知はされていませんが、この子は彼の娘だとか》
まさかの姪っ子だった。
ナニをやっているんだよ、兄上。と、記憶の中の兄を白い目で見る。
でも、良くやった。マントなしの魔法使い未満の身で本物の神に立ち向かうなんて、そうそう出来る事じゃ無い。
《全滅寸前だった村は貴き方のご助力で脱出が可能になりました。自分は女子供を連れて逃げる事をまかされましたが途中で追いつかれ、あとはご存知の通りです》
《兄は、ハイム・ユーノクスはその後どうなりましたか?》
《兄君? ……残念ですが、自分らが逃げる時間を稼ぐためにかの神に戦いを挑んだ後のことは確認できていません》
奇跡的な幸運があれば生きているかも知れない。兄について言えるのはそれだけだ。
僕は白猫を愛でている幼女の傍にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「?」
「僕はフォリン・ユーノクス。あなたは?」
「ゆー?」
幼女はユーノクスという姓にのみ反応した。
僕はうなづく。
「そうだよ、ユーノクス。ハイム・ユーノクスは僕の兄だ」
「お父さん、お兄さん。……んんと、おじさん?」
!
間違っている。でも、部分的に合っている。
どうしてだろう? 今日、一番のダメージを受けた気がする。「おばさん」呼びをされていたら立ち直れなかったかも。
幼女の頬をつねって引っ張りたいと思いつつ、再三質問する。
「お、じょ、う、ちゃ、ん。お、な、ま、え、は?」
一音ごとに区切ってはっきり発音したのは彼女に聞き取りやすくするためで、他意はない。無いったら、無い!
幼女がちょっとのけぞっているのは僕の美貌に押されたのだろう。うん。
「トーレ」
「トーレちゃんか」
トーレ・ユーノクスになれるかどうかはまだ分からない。
良くできました、と頭を撫でようとしたら、タケル君の後ろに回り込まれてしまった。ライアが呆れたようにニャーと鳴いた。
二人の身の振り方を決めなくてはならない。特にトーレちゃんは兄の忘れ形見になりかねないのだから。
そして、先ほど気がついた荷馬車の残骸の呪いの気配も、その理由が確定した。見当だけならとっくについていたけれど。
タケル君が連れて逃げていた女子供は一人だけではなかった。僕は覚悟を決めてそちらを神の『目』で見た。
ついでに、話している間にバッカスの所に馬車が到着しているのが見えた。
馬車に担架が乗せられようとしている。父の意識が戻ったかどうかは分からない。が、少なくとも立ち上がる力はない様だ。
弱ったフリでしかない可能性が高いけれど。
荷馬車の残骸に『目』をこらす。
凄惨な血まみれの地獄、にはなっていなかった。子供たちが乗った馬車が岩で出来た怪物に踏みつぶされたのだ、本来なら鮮血が飛び散る地獄絵図になっているはずなのだが。
代わりにそこに転がっていたのは壊れた人形だった。
折れた腕と砕かれた胴体、離れて転がっている頭。すべて陶器だ。
地獄絵図ではない。が、僕の『目』にはそれは本物の地獄に見えた。
殺された子供たちの魂が壊れた人形の中に囚われている。そこから逃げ出せずにあがいている。そしてその苦しみはダル・ダーレ・ダレンに捧げられ、あの祟り神の力になっている。
酷すぎる。
僕は子供たちの魂と祟り神の間のつながりを断ち切ろうとする。
少し揺さぶりをかけてやるとその繋がりはあっけなく外れた。子供たちはダル・ダーレ・ダレンの信者ではない。強制的につながれただけだ。簡単に外せたのはその為だろう。
呪いのくびきから逃れた子供たちは自分の人形の周りで迷っている。
【君たち、僕のところへ来るかい? 君たちを案内する天国は今の僕には用意できない。転生を司る神にも伝はない。それでも良いなら、しばらく僕の内で眠るといい】
地縛霊になりかけていた魂たちはまっすぐに僕のところへやって来た。僕の胸に吸い込まれていく。
僕が自分の手駒を確保した、とも言う。
ま、自分たちを殺した神との戦いに使われるなら彼らも文句を言わないだろう。
呪われた魂はもう一つあるはずだと気づく。
陶器人形にされたのはクセル・ニードフォートも同じだ。
ごめん、クセルさん。あなたは助けられなかった。
僕が子供たちを引き寄せた時に祟り神もそれを感じたのだろう。クセルの魂は僕が手を出すより早くあちら側に回収されていった。
さて、これからどうしよう?
父を乗せた馬車がこちらへ戻って来る。
父の中にいるダル・ダーレ・ダレンと戦うのは無理だ。少なくとも先制攻撃はできない。戦況は不利。そうで無くとも、僕は戦士ではない。戦うための心構えなど持っていない。
一時撤退を選択したい。
完全な逃走はしなくても屋敷から離れて町の中に潜伏すれば? それならば多少の主導権は握れるかも知れない。
だが、考え込んだ僕の前にカルナックがやって来た。
傭兵第二隊隊長は僕に慇懃に一礼する。
「フォリン様、お喜びください。バッカス様が意識を回復しました」
「そ、そうですか。……それは何よりです」
喜ぶどころかこちらは酢でも飲み込んだ気分なんだけど。
「バッカス様から伝言がございます。今後の事について話し合いを持ちたい、と」
「僕と、ですか?」
「フォリン様は今となってはバッカス様以外では唯一のマントの所持者です。同じ力を持つ者同士、余人を交えずに話したい。夕食後に寝室を訪れる様にと仰せです」
同じ力を持つ者同士、ね。
かの神は直接対決をご所望ですか?




