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第六十話 「目には目を、ネコミミにはネコミミを」

「はぁっ!? 何でよ!

 人が居なくなってるのよ!」


 人の少なくなった冒険者ギルド内に、マリアの声が響き渡る。

 正式な審査を通さず、受付で否認されたら文句も言いたくなるだろう。


「理由は両名が血縁関係にある事です。

 他にもいくつかありますが、これが今回の依頼を取り下げる一番の理由です」

「何よそれ。意味が分からないわ」

「我々冒険者ギルドをはじめ、国の機関は血縁者同士の諍いには介入出来ないのですよ」

「ふむ……家庭内の問題は家族が解決すべき、という事か」

「そちらの軍人様の仰るとおりです」


 なるほど。日本の警察と同じだな。

 警察も家庭内のトラブル……親子喧嘩、夫婦喧嘩、兄弟喧嘩などには基本的に取り合ってくれない。

 建前上の理由は躾や教育の問題にまで踏み込む事になるからだと言われている。

 それに件数が多すぎて、いちいち相手にしていたら警察の機能が麻痺してしまう。

 だが、これも一長一短であり、家庭内暴力は昔からある社会問題のひとつだ。


「そんな悠長な事言ってられないの。

 あのド変態には血縁とか関係ないのよ!」

「そう仰られても決まりですので……」

「っ! ……もういいわよっ!」

「マリアちゃん!」


 煮え切らない職員の態度に激怒した様子で、マリアはギルドを出て行く。

 その後をリックが追う。

 俺も二人の後を追おうとしたのだが━━。


「おや、イズミさんじゃありませんか」

「えっ……と、どちら様でしょうか?」


 突然、背後から歳上の女性に声を掛けられた。

 極めて美人という訳でもないが、優しそうな雰囲気をしている。

 体型もバランスが良く、異性にモテそうだと感じた。

 ……って俺は何を冷静に分析しているんだ。

 マリアを追わなきゃ、いけないと言うのに。


「嫌ですなぁ。私ですよ。シンディです」


 サラッと流して立ち去ろう、と思ったのだが、彼女が意外な名を口にしたので、その場に踏みとどまる。


「……ネコミミがついてないぞ。

 語尾も普通だし、分からなかった」

「失礼なっ! あれは仕事中だけですよっ!」

「そか。じゃ、俺急いでるから」

「まぁまぁ、お待ちなさい。

 色々と噂は聞いてますよ。ニュフフ」


 シンディは立ち去ろうとする俺の腕を掴み、気持ちの悪い笑い方をする。

 ネコミミと変な語尾がなければマトモな人かと思っていたけれど、考えを改めなければならない。

 彼女は少し残念な人だと。


「ここで会ったのも何かの縁ですし、これからお姉さんとデートでもしませんか?」

「だから用があるって言ってるだろ」


 振りほどこうとしたが、予想外に強い力で身体を引き寄せられた。

 俺の身体を完全に掌握した彼女は、耳元で囁きかける。


「ここでは話せない情報もあるって事ですよ」

「それって……」


 ゆるい雰囲気のせいで忘れがちだが、彼女も冒険者ギルドの職員だ。

 俺たちには得られない情報を掴んでいても、おかしくはない。

 マリアはリックに任せて、少し付き合うのも有りかな。

 勿論、彼女の立場が危うくならない程度に。


「私、美味しいお店知ってるんですよ。

 あっ、センパイ。お先に失礼しまーす」

「お待ち下さい。イズミ様」


 シンディは受付の職員に向かって大きく手を振る。

 ギルドを出ようとした所で今度はその職員に引き止められた。

 ここまで立て続けに呼び止められると、何かの陰謀かと疑いたくもなる。

 けれど、それなら俺だけじゃなく、マリアも一緒に引き止めるか。


「何ですか?」

「手配書は承認出来かねますが、尋ね人の依頼書でしたら出せます。

 いかが致しましょうか?」

「えっと……考えておきます」


 なるほどね。

 迷子を探すのが目的なら問題ない訳か。

 ただ、ニコが姿を消したのは今日の事だ。

 マリアは誘拐と決め付けているが、思い過ごしの可能性もある。

 夕食の時間になれば、ひょっこり戻って来るかも知れない。

 依頼を出すのは、少し待ってからの方が良いだろう。


「畏まりました。

 シンディさん、粗相のないように」

「あらやだ。センパイ、ヤキモチですかニャ?」

「……違います」

「それじゃ、お疲れっしたー!」

「おい、近いって」

「ニュフフフ。照れない、照れない」

「ふぇ……ますたー、待ってー」


 半ば拉致されるかのように、がっちりと腕に抱きつかれたまま外に出た。

 そのまま徒歩で十分ほどの道のりを付き添い、商店街にある少しオシャレな雰囲気のレストランで足を止める。

 以前、マリアと一緒にデッキ構築の話をしながら食事をした、魚料理中心の店だ。

 ちなみに、ここまでの道中、仕事の愚痴を延々と聞かされたのだが、それは割愛するとしよう。


「私はコレとアレとソレ! イズミさんは何にします?」

「俺は飲み物だけでいいよ。テキトーに頼んでくれ」


 シンディはメニューの上で、忙しそうに手を動かして料理を注文する。

 色々と注文しているが、全部一人で食べるつもりだろうか?

 俺は寮の夕食があるので、食事は控えたいのだが……。


「ミスティはプリン!」

「悪いな。この店にプリンはないんだ」

「プリンなら店長が張り切って作ってましたから、明日にでも来て下さいな」

「ホント!?」

「明日食べさせてやるから、今日はジュースで我慢な」

「うん!」

「いやぁ、この季節は焼き魚に限りますニャ。

 イズミさん、ごちそうさまです」

「まるで俺の奢りみたいな言い方じゃねーか」

「またまたぁ。聞いてますよ。

 お金持ちになったんでしょう?」

「……まぁいいか。メシくらい奢ってやる。

 その代わり、情報はよこせよ」

「分かってますよー。

 で、深刻そうな顔をしてましたが、何があったんです?」


 こいつ、メシを奢らせたいだけなんじゃ……と言う疑惑が口から出そうになった。

 個人的な感情を押さえ込んで、シンディに事件の概要を話す。

 ニコが居なくなった事に始まり、マリアがハンスを疑っている事、そしてハンスが寮を出て行くきっかけになった事件まで。

 関連のありそうな情報を包み隠さずに伝えた。


「またまた、ご冗談を。

 血の繋がった妹に欲情するなんて、そんな気持ちの悪い人、居る訳ないじゃないですか」

「イヤイヤ、それが本当なんだって」


 しかし、彼女の反応はこの通りである。

 まぁ、普通は信じないよな。

 俺だって最初は仲の良い兄弟だと思ってたくらいだし。


「イズミさん! これすっごく美味しいですよ!

 一口どうですか? はい、あーん」

「あーん……って、するか!」


 俺の眼前へと差し出されたフォークの誘惑をなんとか回避した。

 名前は知らないが、白身魚の切り身がカラフルなソースで彩られている。

 ちなみに料理は俺が話している間に運ばれてきた。

 美味しそうではあるが、アリスの作った夕食が待っているので我慢する。

 こんな所を誰かに見られて誤解されても困るしな。


「照れてるんですね。カワイイ」

「はぁ……お前から情報を得ようとした俺がバカだった」

「いや、彼が疑われる理由は何となく分かりますよ。

 彼は経過や感情面を無視して、結果のみを求めるタイプですからね。

 自分の過ちは認めず、他人のミスを利用して、相対的に自分を良く見せようとする。

 一言で言うと、クズですニャ」

「ハッキリ言うなぁ」

「絶対に友達にはなりたくないタイプです。

 しかしですね、冒険者と言う職業に限れば、彼のような性格は悪くないんですよ。

 ギルドは依頼さえ達成すれば、経過を気にしませんからね。

 実際に味方を踏み台にして、実績を積んだ冒険者は何人も居ます」

「あんなのが何人も居るのかよっ!?」


 人格に問題が有っても、依頼をこなせば評価されるのか。

 実力主義と言えばそれまでだが、あまり知りたくない話を聞いた気がする。


「もっとも、彼には実力が圧倒的に足りてませんけどね。

 ニャハハハハハハ」

「なぁ、ひょっとして酔ってる?」

「えっ? そんニャ事ありませんよ」


 そう言って彼女は、強い果実臭のする赤い色の飲み物を口にした。

 心なしか頬も紅く染まっている。

 それにネコミミをつけていないのに、台詞に変な語尾が付くようになった。


「ミスティ。あんな大人にはなるなよ」

「うん!」

「ん? ニャにか言いましたかニャ?」

「何でもない。

 それより、肝心の居場所についての情報はないのか?」

「それがお二人共、ここ半月ほどギルドで仕事を請けてないんですよねー」

「ニコは分かるけど、ハンスもなのか?

 仕事を請けずにどうやって生活を?」

「お金を稼ぐバヒョはギルドだけじゃありませんよ。

 最近は王都に渡って傭兵にニャるのが流行ってますニャ。

 あっちは固定給ですし、冒険者より安定しますからニャー」

「王都か……」


 そう言えば、随分前に軍が傭兵を募集していると言う話を聞いたな。

 北の国と戦争でも再開するんじゃないかと、ラルフが言っていた。

 誘拐と決まった訳ではないが、ハンスが何か知っている可能性はある。

 明日にはリックが王都に戻るので、同乗させてもらうか。


「イズミニャン!」

「何だ?」


 少しずつ呂律が怪しくなってきているけど大丈夫か?

 とりあえず、チョコボーが好きな地縛霊みたいな呼び方はやめて欲しい。


「おかわりしても良いですかニャ?」

「……やめといた方が良いんじゃないかな?」

「あぁーん。イズミニャンのいぢわるぅ

 ネコミミ貸してあげるから、お願いしますニャー」

「要らねーよ!」


 ウザい……。

 普段から微妙にウザキャラなんだけど、酔っ払うと非常にウザい。

 これ以上アルコールを摂取させるのは危険だ。


「ねぇ、ますたー」

「何だ? ミスティもおかわりか?」

「ううん、違うの。

 ネコミミのお姉ちゃんの魔力を感じるの」

「なっ!」


 すっかり忘れていた。

 ミスティは魔力を感じ取る事が出来るんだ。

 これでニコの居場所が分かる。

 まさか、こんな身近に救世主が居たとはな。


「ネコミミのお姉ちゃんとは私の事ですかニャ!」

「いや、お前じゃねーよ!」

「失礼ニャ! これでもスクールでは男を魅了する魔━━」

「すみません。お会計お願いしまーす。

 ミスティ、ニコはどっちだ?」

「んとね、あっちの方!」

「オッケー。走るぞ!」


 酔っ払い(シンディ)を店内に残し、俺たちは町の外へ向かって駆け出した。


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