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第三十七話 「別れ」

 修羅場を超えた後、そのまま自室に戻りベッドに突っ伏した。


「ますたー、おかえりなさい。

 お話終わったの?」

「あぁ、だけど疲れた。少し休ませてくれ」

「ん。おやすみなさい」


 まだ一日の活動時間の半分を過ぎた辺だが、今日は朝から色んな事があり過ぎて、精神的な疲労が大きい。

 仮に疲れていなくても、町にはまだエボルタが居る。

 今日はこのまま寝て過ごすのも悪くないか。

 今朝からの出来事を思い返している内に、俺の意識はまどろみの中へと落ちていった。



 ◆◆◆◆



 身体が左右にゆさゆさと揺れる。

 この感覚は最近では毎朝の恒例行事となりつつある目覚ましミスティだ。


「ねぇ、ますたー起きて」

「……あと……十分」


 このまま寝ていると、目覚ましの行動パターンがダイフクを利用した窒息攻撃に移行する。

 ちなみにダイフクと言うのはミスティのぬいぐるみの名前だ。

 決して、餅を喉に詰まらせる訳ではない。


「むぅ、こうなったら……ダイフクあたーっく!」

「させるかっ!」


 俺の顔へと突撃してくるダイフクを、布団に潜り込む事でガードする。

 毎日毎日、息をつまらせて目覚めると思うなよ。

 俺だって学習するのだ。


「あーっ! ますたー、ズルいよぉ。

 もうっ、ミスティひとりで晩御飯食べるもん!」

「ん……晩御飯?」


 あぁ、そうか。

 今日は昼寝してたんだったな。

 布団を跳ね除け、壁に掛かった時計を見ると、短針は七時の辺りを指していた。


「おはよ、ミスティ」

「おはよう。

 晩御飯に釣られて起きるなんて、ますたーは食いしん坊さんだね」

「だな。食べに行くぞ」

「うん!」



 ◆◆◆◆



 食堂へ行くと既に他の皆が席について食事を始めていた。

 ただし、その中にハンスの姿はない。


「すみません。少し遅くなりましました」

「いえいえ、時間内だから気にしなくていいのよ。

 今、お二人の分をお持ちしますね」


 いつもの席に座り、パンを口に運ぼうとした時、背後で大きな音がした。

 思わず手を止めて振り返ると、入り口にハンスが突っ立っていた。

 ネコの着ぐるみではなく、革鎧を纏い、腰には二対の剣、背中には大きな麻袋を背負っている。

 まるでこれから仕事にでも行くような格好だ。


「ハンスくん、あなたは謹慎中よ。

 夕食なら後で持って行きますから、自室に戻りなさい!」

「その必要はない!」


 アリスの言い付けを一蹴して、ハンスは懐から小さな布袋を取り出して、床に投げつけた。

 中身は分からないが、床に当たった時の反動の少なさから、かなりの重さであると感じられる。


「俺はここを出ていく事にした。

 今月の寮費だ。二人分ある。

 ニコは連れて行くぞ」

「ニコちゃんはダメよ!」


 マリアがニコを抱き寄せる。

 ハンスから守ろうとしての行動だが、ニコの表情は複雑そうだ。

 大人しく自室に篭っているのかと思えば、出ていく準備をしていたとはな。

 しかもニコを連れて行く気とは恐れ入る。


「悪い事をして叱られたから出て行くだなんて、子供のワガママと大差ありませんよ。

 あなたは成人しているんですから、もっと大人としての自覚を持ちなさい!

 それにここを出て、どうやって生活するおつもりですか?」

「王都に行って、傭兵として軍に雇ってもらう。

 ニコは俺が養ってやる。行くぞ」

「ダメよ! 出て行くなら、あなた一人で消えなさい!」

「ボクは……ボクは、ここに残るよ。

 お兄ちゃんと一緒には……行かない」

「っ!」


 ニコに拒否されたハンスは一瞬狼狽えたが、そのまま踵を返して外へ出ていこうとしている。

 俺はその後ろ姿に向かって声を掛けた。


「待てよ」

「止めるつもりか?

 そもそも、こうなったのはイズミの陰謀だろう?

 ニコを俺から奪って満足じゃないのか?」


 俺の陰謀?

 ニコを奪った?

 こいつは一体、何を言ってるんだ?


「止める気なんてないけどさ、今はやめとけ。

 今、この町には凶悪な賞金首が居る。

 そいつは明日には町を出て行くらしいから、それまで待った方が良い」

「フッ……面白い。

 もし出会ったら斬り捨ててやる。

 いずれニコを連れ戻しに来る。

 その時はお前の番だ!」

「あっ、おい!」


 俺の警告を無視して、ハンスは寮から去っていった。

 食堂が沈黙に包まれる。


「……ごちそうさま」

「だめよ、ちゃんと全部食べないと」

「ごめんなさい……気分が悪くて」

「大丈夫? 一人で立てますか?」

「……うん」

「私、ニコちゃんをお部屋に連れて行きますね」


 ハンスとの突然の別れに食欲を失ったニコを、アリスが部屋へと送り届ける。

 何だか昼間よりも空気が重たい。


「さあ、ぼーっとしてないで、私たちは食事を再開するわよ」

「え? あぁ、そうだな。

 ミスティ、食べようか」

「うん、いただきまーす」


 残った三人で夕食を摂る。

 色々と精神的なダメージはあるが、だからと言って、食事を抜いて肉体にまでダメージを与える訳にはいかない。

 もっとも、マリアとミスティは余り気にしていないようだ。

 むしろ、嫌な奴が居なくなって清々したと言った所か。

 こう言う女性の逞しさは見習わないとな。


「引き止めるは勝手だけど、凶悪な賞金首はないわよ。

 そんな嘘、誰も信じる訳ないじゃない」

「いや、あれは嘘じゃないぞ。

 二十人以上を殺害した凶悪犯がこの町に居る」

「ますたーの言ってること、ホントだよ」

「本当に? その賞金首って誰?」

「エボルタって名前の男だ」

「エボルタ?

 そんな名前聞いた事がないわね。

 大体、何十人も殺してる大物だったら、もっと騒ぎになってるはずよ」

「騒ぎにならないのは、仮面で顔を隠していたからじゃないか?」

「ますたーは嘘ついてないよ」

「はいはい」


 この様子だとマリアも信じていないようだ。

 突然、自分の住んでる町に殺人犯が居ると言われても信じられる訳がない。

 こういう反応をされても仕方がないか。


「何これ? 一ガルド硬貨と十ガルド硬貨ばっかり……嫌がらせかしら?」


 一足先に夕食を終えたマリアは、ハンスの投げ捨てた布袋の中身を確認して愚痴っている。

 二人分の寮費、二万ガルドを数千枚の硬貨で支払うとか、数える側の手間を全く考えていない。

 おそらく、昼間糾弾された事に対する報復なのだろうが、性格の悪さが滲み出ていると言えよう。


「それ数えるの、手伝おうか?」

「いいわよ。

 どうせ、あのバカも明日には戻ってくるでしょ」

「だろうな」


 例えは悪いが、今日のハンスの行動は反抗期の子供のようなものだ。

 素行の悪さを注意されたJKが、その場の勢いで家出をするのに似ている。

 そして泊まる場所に困り、ナンパしてきたDQNに騙されてバージンを失うまでが俺の観たえっちなビデオの内容……って、それはどうでもいいか。

 俺もマリアと同じく、一晩もすれば戻ってくると考えている。

 戻ってきたら、愚痴のひとつでも言ってやろう。



 ◆◆◆◆



「マリア、この後何か予定はあるか?」


 翌朝、朝食を終えた俺はマリアにアポイントメントを取り付ける。

 目的は昨日手に入れたビラに関してだ。

 昨日はハンスの件で手一杯で、話題をふる余裕がなかったからな。


「今日はいつも通りよ」


 ちなみにマリアの言う、いつも通りとは、一日中暇を持て余していると言う意味である。

 なんとも羨ましい限りだ。


「じゃあ、後で少し相談にのってくれないか?」

「いいけど、今からニコちゃんのお見舞いに行くから、その後ね。

 あと、相談ってのがあのクズの事ならこの話は無しよ」

「大丈夫だ。ハンスの事じゃない」

「そう、ならいいわ」

「ミスティもおねえちゃんのお見舞い行くの」

「だそうだ。よろしく頼む。

 それと、ニコにもよろしくな」


 ニコは昨夜から体調を崩して自室で伏せっている。

 おそらく、精神的な理由によるものだろう。

 抗不安薬などが存在しない、この世界では、周りのサポートと時間による忘却で治療するしかない。

 女の子の部屋に入るのも忍びないので、ここは女性陣に任せる事にする。



 女性陣がニコのお見舞いをしている最中に洗濯物を済ませておく。

 その後、食堂へと戻る途中でマリア達と鉢合わせた。

 ナイスタイミングだ。


「よう、どうだった? ニコの様子は」

「あまり良くないわね」

「食事を持って行ったのですが、一口も……」

「それは良くないな」


 気分が優れないからと言って、食事を摂らないのは危険だ。

 無理にでも食べさせないと、体まで壊しかねない。


「ん……ミスティの魔法でおねえちゃんの病気治す?」

「ミスティちゃん、それはダメよ」

「分かった。じゃあお祈りしとく。

 おねえちゃんが早く元気になりますように。

 なんまんだぶ、なんまんだぶ」


 ミスティが両手を合わせてお祈りを始めた。

 洋風な見た目とは裏腹に彼女は仏教徒らしい。

 てか、その祈り方だと、ニコが亡くなったみたいじゃね?

 と思ったが、仏教を知らない二人は気付いてないから、口には出さないでおこう。

 こう言うのは気持ちが大事だからな。


「私は食器を洗ってきますね。

 お二人でお話するんでしたら、応接室を使ってもいいですよ」

「ありがとうございます」

「ありがとう。

 でも、私はここでいいわ」

「じゃあ俺も」

「ミスティもお皿洗うーっ!」

「あらあら、それじゃあ、ミスティちゃんは私と一緒に行きましょうか」

「うん!」


 ミスティとアリスがキッチンへと姿を消すのを見送った後、マリアと向かい合わせに座る。

 普段、食事の時に座っている、お互いの指定席だ。


「それで、相談って何よ?」

「とりあえずコレを見てくれ」


 百聞は一見にしかず。

 口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早いだろうと考え、マリアにエボルタから貰ったビラを手渡す。


「これって……本当なの?

 どこでこんな物手に入れたのよ?」

「昨日、初対面のおっさんがくれた。

 本物かどうか分からなくて悩んでるんだ」

「間違いなく本物よ。

 署名は直筆だけど、本文とイラストは印刷ね。

 これを一枚刷るのに数百ガルドは必要なはず……」

「印刷……って、コピー機あんのかよ!?」

「印刷機は存在するけど、とても高額なの。

 ギルドや軍を除けば、貴族くらいしか持ってないわ。

 そしてそれこそ、この依頼書が本物である証拠よ」

「なるほど」

「ちょっと待っててくれるかしら?」

「ん? あぁ」


 しかし、こちらの世界にコピー機が有るとは思わなかった。

 コピー機があるのならプロキシ作成が楽に出来ると考えたが、そうそうお目にかかれる物じゃなさそうだ。

 それにビラ一枚のサイズで数百ガルドでは、予算がいくらあっても足りない。

 この事は一旦保留にして、古代遺跡の件に集中しよう。


「待たせたわね」

「早っ! 全然、待ってねーよ」


 先程、席を立ったマリアが戻ってきた。

 それにしても早いな。

 体感時間にして一分も経っていないぞ。


「そう? まぁいいわ。

 これを見て欲しいの」


 そう言って、マリアはテーブルの上に大きな紙を広げた。

 紙には丸や四角などの様々なマークが点在し、そのマークが線で繋がれている。


「南カトリアの地図よ。

 これから虱潰しにエレイア古代迷宮を探すわ。

 あなたも手伝いなさい」

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