第二十六話 「混合魔法」
「遅い。今まで何処に行ってたのよ」
寮に帰ると、マリアが俺の帰りを待っていた。
何やらご機嫌斜めのようだが、全く心当たりがない。
用があるならケータイに連絡をくれれば……と思ったが、マリアと番号もメアドも交換してなかった。
それ以前に俺の携帯は行方不明で、更にこの世界には普通の電話すらなかった。
「ちょっと町の外に出てた。いい物が手に入ってさ」
「何よ、いい物って?」
「このカードなんだけどさ、これを使うと俺でも色々な魔術が使えるんだ」
「あっそ」
実に興味なさげな返事が返ってきた。
「町の外に出るなら、私にも伝えなさいよね」
「あ、あぁ……ごめん」
今日はマリアと約束をしていた訳じゃない。
時間があればカードゲームで対戦したかったが、新しい武器に夢中になってしまった。
理不尽な気もするが、彼女の機嫌を直す為にも謝っておこう。
「まぁ、いいわ。明日の予定は?」
「明日はギルドで仕事を探すつもりだけど」
「そう。なら、ちょうど良かったわ。
あなたに仕事の依頼よ」
俺を探していた理由はそれか。
しかし、何故マリアが俺に仕事を持ってくるんだ?
冒険者の仕事はギルドを介して請け負うものだと思っていたのだが。
「依頼内容はブタの搬送業務。
あなた一人で出来て、日帰りで終わる簡単な仕事よ。
報酬は五万ガルド」
「五万っ!? 何だよそれ!」
一昨日の仕事の五倍。
一人頭の配当と比べれば十五倍もの高額報酬。
ウリブーの討伐よりも、それの搬送の方が高額とはどういう事だ?
条件が美味しすぎて色々と疑いたくなる。
「安心して。ギルドからの正式な依頼よ。
明日の朝食が終わったら案内するわ」
「え? おい」
そう言ってマリアは奥へと去っていった。
ギルドを通した依頼ではなく、ギルドからの依頼と言ったか。
しかし、ギルドが俺なんかに依頼してくるとは思えない。
まともな武器も手に入ったし、ミスティも居るから何とかなるだろうが、警戒しておいた方が良さそうだ。
◆◆◆◆
自室に戻り、時計を見ると夕食の時間が近づいていた。
そのままUターンして食堂へと直行する。
既に俺以外のメンバーは揃っていた。
ギリギリセーフだな。
正確には十九時から二十時の間ならいつでも良いのだが、食事は皆で摂りたい。
「良かった。間に合いましたね」
「すみません。遅くなりました」
「あら? ミスティちゃん、それかわいいですねぇ」
「うん! ますたーが買ってくれたの!」
気付くとミスティが隣に立っていた。
森から帰る途中でカードに戻った筈だが、また召喚されても居ないのに実体化していた。
神出鬼没な幼女だ。
「そうなの。イズミさんが」
アリスが俺とミスティを交互に見て、ニコニコしている。
そんなに意外なのだろうか?
「そー言うのが好みなの?」
「強請られたから、買ってやっただけだよ」
「ふーん。その変わった髪型は?」
「かわいいだろ?」
「やっぱり、あなたの趣味じゃない」
一方、マリアの反応はイマイチだ。
ツインテールの良さが分からないとは、まだまだ青いな。
彼女の髪の長さじゃ、ツインテは出来ないからな。
精々、サイドポニーが限界だ。
きっと嫉妬も混じってるに違いない。
「俺はもっと短い髪が好きだな」
「ボクはかわいいと思うよ。
ボクも髪伸ばそうかなぁ?」
「好きにしろ。ニコならきっと似合う」
「主張変えるの早っ!」
今朝、知ったがハンスは重度のシスコンだ。
相手がニコなら、髪型くらい何でも良いのだろう。
仮にニコがモヒカンやリーゼントにしたら、ハンスはどういう反応を示すのだろうか?
彼ならそれでも肯定しそうな気がする。
「それでは、皆さん揃いましたので、お食事にしましょう。
ミスティちゃんもどうぞ」
定位置となった俺の席の隣に、ミスティの為の椅子が用意され、料理が並べられる。
「おいしそう。食べていいの?」
「遠慮なく召し上がってください」
「ありがとー。いただきまーす」
寮の食事は寮費から賄われている筈だ。
寮生ではない、ミスティの食事まで用意して貰って頭が下がる。
「良いんですか?」
「お気になさらず。
食費はイズミさんに請求しますから」
「げっ!」
只でさえ借金を背負っていると言うのに、これ以上負担が増えるとか勘弁して欲しい。
そもそもミスティはカードのユニットのはずなのに、食事をしたり、衣類を欲しがったり、何故か維持費がかかる。
「ミスティ。俺が呼んだ時以外は、カードに戻っててくれると助かるんだが」
「やだ! おばちゃんの料理おいしいから毎日食べるの!」
「遠慮せずに、たくさん食べて下さいね。
それから……お姉さんですよ」
「いやいや、少しは遠慮して貰わないと、俺の家計がっ!」
「うふふ。冗談ですよ」
「え?」
「あんなに沢山の薪を取ってきてくれたのですから、食事くらい幾らでもご馳走しますよ」
心臓に悪い冗談だ。
少し本気にしてしまったじゃないか。
「ところでマリア。さっきの話なんだが……」
「明日になれば分かるわよ」
「あぁ……そう。
じゃあさ、食後に模擬戦やらないか?」
「ごちそうさま。
今日は誰かさんを探し回って疲れたの。
お風呂に入って早く寝るわ」
「すみません」
何とかして明日の仕事の内容を聞き出したかったが、取り付く島もない。
ひと足早く食事を終えたマリアは、そのまま退席する。
「ミスティもお風呂はいるーっ!」
「ミスティちゃんは、私と一緒に入りましょうか?」
「うん! ますたーもいっしょにはいろ?」
「ブッ!」
思わず口に含んだ紅茶を吹きそうになった。
そりゃあ、アリスの裸体を生で拝みたいかと言われれば、答えはイエスだ。
むしろ、その宝満な胸に顔を埋めたい。
「あらあら。イズミさん、お顔が真っ赤ですよ」
「イズミ。いくらなんでも、それはダメだろ」
「黙れ、シスコン」
実の兄妹で一緒に入浴してるヤツにだけは言われたくない。
てか、兄妹で一緒に風呂に入るのは寮長公認なのか?
「とにかく、俺は後で一人で入るから、ミスティはアリスと二人で先に入りなさい」
「はーい」
「イズミさんさえ良ければ、私は構いませんよ」
「マジで!?」
「ユーヤお兄ちゃんのえっちー」
「ますたーのえっちー」
「ニコ……ミスティが真似するからやめてくれ」
そもそもミスティが誘ってきたのに、この流れは酷い。
だが、意外と嫌な気分じゃない。
「あ、でもマリアちゃんに悪いから、やっぱりダメですね」
どうして、ここでマリアが出てくるんだ?
仮にマリアと俺が一緒に風呂に入ったとして、脱衣所に足を踏み入れた時点でボコられるイメージしか沸かない。
「ごちそうさま。
アリスさん、洗濯機借りますね」
「こんな時間にお洗濯ですか?」
「えぇ、最近時間が取れなくて……。
ミスティをよろしくお願いします」
もっとも、時間が取れなかった理由は、マリアとカードゲームをしたり、新しい武器の試用に夢中になった事だが。
どう考えても自分が悪いので適当にはぐらかした。
何にせよ、明日仕事を紹介してもらうのに、泥の付いた服装で伺う訳にはいかない。
ミスティをアリスに預け、俺は洗濯機のある屋上へと向かった。
◆◆◆◆
洗濯物を放り込み、魔力を注ぎ、洗濯機を稼働させる。
仕組みはさっぱり分からないが、二回目ともなれば慣れたものだ。
後は星空でも眺めながら終わるのを待つ。
日本で見た星空と少し違うような気もするが、あいにく星座には詳しくない。
世界が違っても、その美しさは変わらないな。
ただ、今日は少々肌寒いか。
日本と同じなら季節は秋のはず。
風邪をひかないように気を付けよう。
数分後、洗濯機の動きが止まった。
相変わらず、こちらの洗濯機は仕事が早い。
洗濯槽の中から下着を一枚だけ取り出して、物干し竿に吊るす。
一枚だけなのは、この下着を実験台にするつもりだからだ。
俺はウィザクリのデッキをスタンバイさせ、手札に特定のカードが揃うのを待つ。
必要なカードは二種類。
初期手札の五枚の中には一種類しかない。
そのまま一分程待つと、六枚目のカードが手札に加わる。
来た!
「呪文詠唱、火の玉! 続いて突風!」
《火の玉》は相手ライフに直接ダメージを与えるカード。
《突風》は相手のクリーチャーを手札に戻すカード。
そして今、俺が使ったのは温風を発生させ、衣類を急速に乾燥させるオリジナルの魔法。
混合魔法である。
このテクニックにより、肌寒い秋の夜でも短時間で洗濯を完了させらせる。
……はずだったのだが。
「ない……どこに行ったんだ?」
気付くと、物干し竿に吊るしたはずの下着が消えていた。
突風の威力が強すぎたのだろうか?
洗濯槽から別の下着を取り、物干し竿に吊るす。
洗濯物が吹き飛ばないよう、今度は弱めに放つ。
イメージする事で、ある程度の威力調整が出来るのは、昼間に検証済みだ。
先ほどの半分程の威力をイメージして、混合魔法を下着に向けて放つ。
そして、俺は思い知る。
下着が消えた理由を。
俺の下着は火の玉が命中する事によって一瞬で灰となり、その直後に突風によって空に舞い散り、姿を消したのだった。
やっぱ、思い付きじゃダメだな。
二着で百ガルド程度だが、無駄にしてしまった。
仕方がないので、残りの洗濯物を全て自然乾燥に任せる事にする。
明日の朝までに乾いているといいな。
◆◆◆◆
部屋に戻り、一休みしていると、パジャマ姿のミスティが戻ってきた。
ほのかに石けんの香りがする。
「ただいまーっ!」
「おかえり。ちゃんと全身くまなく洗ったか?」
「うん! 洗いっ子したよ」
「ほうほう、それで?」
「それだけ!」
「いやいや、それだけって……」
色々、重要な事があるだろ。
アリスの乳頭の色とか、下の処理はしてるのかとか。
「ますたー、えっちな顔してる」
「なっ!?」
油断した。
こう見えてもミスティは魔女。
心を読む事くらい出来てもおかしくない。
そりゃあ、俺だって男だから、えっちな事くらい妄想するよ。
しかし、それを察せられるのはキツイな。
「なーんちゃって、ウソ!」
「ミスティ、てめぇ!」
「だって、お姉ちゃんがこう言うと、ますたーがビックリするって」
「アリスの仕業かーっ!」
こうしてミスティと遊びつつ、その日の夜は更けていった。




