祝いの品
エルネスタは、休日に兄を訪ねた。すると、丁度リビングに居たトールが話し掛けて来る。
「エル、ちょっと聞きたいんだが、いいか?」
「はぁい。何でしょう?」
「エルは『翠聖』ヴィルヘルムと親しいのか?」
「ヴィルさんですか? 仲良くして貰ってます」
「そうか。小耳に挟んだんだが、ヴィルヘルムの所に子供が産まれるんだって?」
「そうなの! もうすぐ産まれそうで、お腹の大きなヴィルさんがあまり動けないから、ステフさんがお家の事してました」
「随分詳しいな」
「この間、泊まり掛けで会いに行ったんです。ボク、ヴィルさんの所で子守りをしたかったんだけど、今の仕事先で引き留められてて」
「本当に、ヴィルヘルムが産むんだな……」
トールが考え込み口を閉ざしたので、エルネスタは暫く様子を窺った。トールが沈黙したまま動かないのを見て、エルネスタはクリスに断りを入れて席を立つ。この後、お祝い選びの為に、テオフィルと待ち合わせがあるのだ。
待ち合わせ場所へ行く途中、エルネスタはラインハルトにばったり出会した。今度はラインハルトから、トールと同様の質問を受ける。
「エルじゃないか。丁度よかった。聞きたい事があってな」
「ラインハルトさんも、ヴィルさんの事聞きたいの?」
「なんだ、もう聞かれたのか?」
「さっき、トールさんから同じように聞かれたばかりだよー何なの、もうー」
「悪かったな……皆、信じられなくて」
「本当だよ!」
「エルを疑ってる訳じゃない。男のヴィルが産むってのが信じられないんだ」
「それは、ボクも不思議なんだけどー」
二人で話しながら歩くうちに、エルネスタは待ち合わせ場所へ着いた。ラインハルトは、まだ何か聞きたそうな顔をしていたが、またな、と言って立ち去った。待ち合わせ場所は、王宮前広場の一角で、街の中央広場よりも大きく、賑やかな所だ。エルネスタが辺りを見回していると、遠くからテオフィルの近付いて来るのが見える。テオフィルは、誰かと話しながら歩いていた。
「テオ!」
「エル、待たせたか?」
「今来た所だよ。ねぇ、そちらは?」
「ああ、この人は……」
テオフィルが紹介しようと顔を向けると、その人は自分から一歩前に出て、エルネスタに直接話し掛けた。
「俺は『蒼牙』のレフ、テオとは同郷出身なんだ。君が噂のエルかい?」
「はぁい、エルはボクです。けど、噂って何?」
「上級冒険者の大半と知り合いって、それだけで凄い事だぞ? まぁ、それ以外でも色々聞いてるが」
「何だろう。怖っ」
エルネスタがレフと話している隣で、テオフィルが無表情で立っている。かなり機嫌が悪そうだ。レフを連れて来たのはテオフィルなのに、それで不機嫌になるのは理不尽だとエルネスタは内心で思う。案の定、レフからもトールと同様の質問を受けた。
「それで、エルに聞いたい事があるんだけどさ」
「ヴィルさんの事ですか? 皆、同じ事聞くの、何故?」
「他にも聞かれたのか」
「レフさんで三人目です」
「そりゃ、悪かったな。皆、気になるんだよ、勘弁してくれ」
「はぁい。そのヴィルさんの事ですけど、本当ですよ。ボク、これからテオとお祝い選びをするんです」
「邪魔して済まないな、それじゃ、また!」
レフはエルネスタに手を振ると、テオフィルに何事か耳打ちして去って行った。テオフィルは益々眉間の皺を深くする。エルネスタは、やれやれといった面持ちで、テオフィルを促し歩き出した。
前に覗いた店にはピンと来る物が見当たらなかったので、今回は違う店を見て回る。二人で漫ろ歩くうちに、テオフィルの不機嫌顔も徐々に険がとれてきて、エルネスタはホッとした。
その時、ふと目に付いたのが、暖かそうな厚手の毛織物だった。エルネスタが手に取り広げて見ると、肩掛けにも膝掛けにも使えそうな大きさで、色柄も洒落ている。これなら、赤ちゃんのおくるみにも使えるだろう。
「テオ、これ良さそうじゃない?」
「暖かそうでいいな。それにするか」
「うん! そうしよう!」
エルネスタが店の売り子と交渉して値切り、財布を取り出そうとしているうちに、テオフィルがさっさと支払いを済ませてしまった。エルネスタが半分程のお金をテオフィルに渡そうとするが、テオフィルはのらりくらりと躱し受け取らない。エルネスタは剝れた。
「テオ、それじゃこのお祝い品が二人からにならない!」
「大丈夫だ。選んだのはエルだし、値段交渉したのもエルだ。支払い位は俺でいいだろう?」
「えー不公平だよー」
「ちょっとは格好つけさせてくれよ」
「ふうん」
エルネスタは、まだ納得いかない顔をしていたが、テオフィルが押し切った。歩き疲れて、少し休もうと広場の隅にあるベンチに座る。少し不満が残るものの、お祝い品にいい買い物が出来てエルネスタは気分が良かった。テオフィルは機嫌を伺うように、飲み物を買ってエルネスタに勧める。エルネスタは笑顔でそれを受け取った。




