思い出の場所を探して
それからの三日間は、エルネスタにとって宝物のような、至福のひとときとなった。
上級冒険者であるヴィルヘルムは、出産間近の為に仕事を控えていたし、その伴侶のステファンも彼に付きっ切りで過ごしていて、エルネスタの急な訪問にも応じてくれた。
「エル、こっち手伝って」
「はぁい」
「これ終わったら、東の森に散歩しに行こうか」
「行く行く!」
東の森は、近場とはいえ街の外壁の外にある。一般市民がおいそれと出歩く場所ではない。その森を自分の庭のように出歩く冒険者ならではの言い回しだ。エルネスタは、このような冒険者独特の軽いノリの話に加わるのが、新鮮で楽しい。
ステファンを手伝って家事をしながら、ヴィルヘルムと話したり、従魔達の世話をする。大きな翼犬のヒューイにブラシをかけるのは一仕事だったが、エルネスタには楽しい触れ合いになった。
「ヒューイ、気持ちいい?」
「ワォン」
「次はデューイね!」
「ウホッ」
「ルーイは……ブラシじゃ羽根抜けちゃうよね?」
「グェー」
三頭の従魔達もエルネスタに懐いており、もふもふと撫で放題な環境は生き物好きのエルネスタには天国だった。
全く料理の出来なかったエルネスタだが、ステファンを手伝ううちに、少しずつ覚えていった。ヴィルヘルムからの助言も適切で、簡単なものなら一人で作れる位になった。
正に、命の洗濯といった日々だ。王都での暮らしで、許容量を超えて疲れていた心が、癒やされていくのを感じる。
「ボク、この家の子になりたい」
「あははっ、そりゃあいいや! 王都の仕事を辞めて、街に帰っておいでよ」
「これから産まれるこの子の子守りを探さなきゃならないし、エルなら歓迎するぞ」
思わず、冗談めかして言ったエルネスタの言葉にも、ヴィルヘルム達は真面目に返事をくれる。冒険者をしている彼らの子育てには、子守りや乳母は必須だろう。エルネスタも思わず、心が動いた。
「うわー、本気で悩むなぁ」
「オレ達は真剣だよ?」
「今すぐでなくても、考えておいて」
エルネスタは、自分の仕事について考えてみた。手っ取り早く自立したかったから、住み込みの小間使いになった。そこで目を掛けて貰い、侍従の真似事までして、更に王都では秘書の見習いにも取り立てて貰った。
今まで、行き当たりばったりに、出来る事を探してやっている。恵まれているとは思うが、自分から望んでやりたい仕事かというと、決してそういう訳ではない。
そう思えば、この子守りの仕事は、凄く魅力的だ。大好きな人達に囲まれて、もふもふし放題な環境で、街に戻れるから養父母に仕送りもし易い。
そこまで考えて、ふと思う。なりたい自分って、何だろう。
このまま秘書を続けて、文官になりたいかというと、そうではない。あまり頭の良くない自覚があるエルネスタは、言われた仕事を熟すだけの自分に、限界を感じていた。
では、魔術訓練を続けているから、魔術師になりたいかというと、それも違う。魔力量も少なく、攻撃魔法の使えない自分には向いていないと思う。
それなら、冒険者ならなれるだろうか。鍛えてやると言ってくれる人はいるし、ヴィルヘルム達も名のある冒険者で、頼めば手解き位はしてくれるだろう。しかし、非力なエルネスタが頑張ったところで、結果は見えている気がする。
自分の将来を考えていて、ふと思い出す光景があった。まだ養父母に引き取られる前に、実の両親と見たものだ。何処かの森の中で、辺り一面に舞い飛ぶ光を眺めていた。今思えば、あれは精霊魔法の光に似ている。
「どうした、エル? 何か考え込んでる?」
「ボク、思い出した事があって。小さい頃に見た場所があって、もの凄く印象に残ってるんですけど、どうにかしてそこに行きたいと思って」
「どんな場所か、言ってみて」
エルネスタは、ヴィルヘルム達に幼い頃の記憶を伝えた。
「エルの両親は、どこの出自か聞いた事ある?」
「養父母の言うには、東の方から街に流れて来て、近所に住んでいたって」
「東か……東部大森林地帯かも」
「え、そこって、人が住んでる?」
「噂で聞いた事がある。大森林の奥に住む一族が居て、その人達は独自の文化と特殊な魔法を持っていたってね」
「特殊な魔法……ボクの精霊魔法?」
ヴィルヘルムの言葉に、エルネスタは息を飲む。もし、両親か、そのどちらか一方が、その大森林の一族の出自だったら、どうだろう。あの時に見た光景は、両親の言葉は、どんな意味を持つのだろう。
「ボク、その大森林地帯に行ってみたい」
「そうか。なら、この子が産まれたから、一緒に行ってみるか?」
「行きたい! お願い、ヴィルさん、ステフさん」
「了解」
「エルも、長旅出来る位は鍛えておけよ」
ステファンから頭をガシガシと撫でられながら言われて、エルネスタは満面に笑みを浮かべて大きく頷いた。




