里帰り
執務室に戻り、アレクシスと帰路につくエルネスタだが、その様子は目に見えて落ち込んでいた。マーサから唐変木と揶揄されるアレクシスと云えども、流石にこれは看過出来ないレベルだ。
「どうした、エル。何かあったのか?」
「……アレクシス様、ちょっと里帰りしてきていいですか?」
帰りの馬車でアレクシスが問い掛けると、エルネスタから思わぬ要望が飛び出した。
「里帰り? と言うと、街に帰りたいのか……半月近く休みたいと言うんだな?」
「いえ、ボクだけなら移動に時間がかからないので、三日くらいでしょうか」
「何があったのか、話す事は出来ない、と?」
「まだ、ちょっと……気持ちの整理がついてからお話ししたいと思います」
「では、明日から三日、次の休日を入れて都合四日間、里帰りするといい」
「ありがとうございます、アレクシス様」
休みの許可を貰えて、エルネスタは少し気分が持ち直した。邸に着くと、エルネスタは自室から早速、伝言魔法を放った。
『明日から三日、遊びに行ってもいいですか?』
返事はすぐに来た。
『いつでもおいで。待っているよ』
エルネスタは喜び勇んで、里帰りの支度やお土産の算段をした。
翌朝、しっかりと眠って魔力を全回復したエルネスタは、身支度を整えた後、慎重に行き先をイメージして魔力を練った。掌に光の粒が集まり、放たれる。その中を、エルネスタは一歩踏み出した。その瞬間に、周りの風景が一変する。久々に使った精霊の近道は、どうやら上手くいったようだ。
前に偶然、来てしまった時と同じように、厩舎のある裏庭に出た。すぐ近くに、街の東門も見える。エルネスタは建物をぐるりと半周して表に出ると、家の扉をノックした。
「おはようございます。来ちゃいました!」
「いらっしゃい」
「元気そうだな」
そこは、ヴィルヘルム達の住む街の家だった。同じ街でも、養父母の家には、まだ一度も里帰りしていない。孤児の自分によくしてくれた恩がある分、余計にクリストフの件は相談しにくい。おまけに、それが解決しないまま、別件まで持ち上がった。完全にエルネスタの限界は超えている。
一人で抱えきれない思いを、エルネスタは吐き出したかった。頼れる先は、ここしか思いつかなかった。
「さ、座って」
「とりあえず、何か飲むか?」
ヴィルヘルムに促され、ソファに掛けたエルネスタに、ステファンが果実水のカップを渡す。貰った果実水を飲んでいると、エルネスタの足元に大猿のデューイが来て座り、頭を膝に乗せた。もふもふなデューイの頭を撫でて和む。同じソファにヴィルヘルム達も腰掛けて、話を聞く態勢になった。
「エル、何があった?」
「今度は、告白っぽい事された」
「プロポーズの次は告白ね……エルはもてるなぁ」
「それ、いい事?」
「悪くはないと思うが、違うか?」
「……分からないの」
ヴィルヘルムに問われ、エルネスタは思うところを少しずつ言葉にしていく。恋バナなんて、他人事だと聞いていて楽しいのに、自分の事だと何故こんなに訳の分からないものになるんだろう。
「誰からか、聞いてもいい?」
「……テオから」
「テオか。もう少し粘って、意思表示を抑えておくんじゃないかと思ったがなぁ」
「え、ステフさん、知ってたの? テオの事」
「見てれば分かるさ。テオはすごく分かり易いからね」
「分かり易い? ボクは全然、分からなかった」
「そりゃあ、本人には隠すだろうし、人の事はよく見えるもんだよ。自分の事だと、誰でも目が曇るさ」
ステファンに言われて、エルネスタは考え込んだ。自分の事だと、見えないものなのか。言われてみれば、そうかも知れない。
「そんなに考え込まなくてもいいよ」
「ボク、告白っぽい事されて、テオが知らない人に見えたの」
「それ、嫌だった?」
「嫌ではないけど、ボク、何にも分かってなかったんだなって思って、悲しくなって、でも涙は出ないんだ」
「そうか」
そう言って、ヴィルヘルムがエルネスタの頭を撫でてくれるのに甘え、その肩に凭れ掛かる。ヴィルヘルムの腹部は、前に来た時よりも更に大きくなっていた。エルネスタはそっと手を添える。
「産まれるの、いつ頃?」
「そろそろかな」
「楽しみだね」
「楽しみでもあるし、不安でもあるし、半々かな」
「そっかぁ」
暫く、そっと腹を撫でていると、中からぽこっと蹴られた。
「わっ! 挨拶されちゃった!」
「この子、エルが気に入ったのかな」
「そうだと嬉しいなー」
和やかに話す二人を置いて、ステファンは立ち上がった。そして、キッチンで暫くガサゴソと動く。間もなく、エルネスタを呼んだ。ステファンがスープを注ぎ分ける横で、エルネスタがパンを薄切りにする。ヴィルヘルムがデューイの介添えでゆっくり移動するうちに、テーブルに朝食が並んだ。
「さぁ、まずは腹ごしらえだ」
「はぁい」




