画策
セレンディアのエルネスタへの敵愾心を逸らす為に、テオフィルと対策を練る。セレンディアに誰か他の男性を紹介すれば、エルネスタに矛先が向くのを避けられるのではないか。そう考えて、まず手始めに、テオフィルの知り合いの武闘派魔術師見習い数人に声を掛ける事にした。
「よぉ、久しぶり」
「テオフィルか。何だ?」
「最近、ウチに入った新人の女を紹介したいんだが、どうだ?」
「見てみないと、何とも言えん」
テオフィルは、その数人を連れて魔術師団塔のガイラル師の部屋へ行き、控室からそっとセレンディアの姿を見せた。セレンディアは、性格はともかく、黙っていれば悪くない顔貌だ。小柄だし、出るべきところも出ている体型で、男性に好まれる外見だろう。武闘派の魔術師見習い達の様子を見ても、なかなかの好感触のようだ。
次の段階に進もうと、今度はセレンディアを連れて、魔術師団塔の隣にある魔術演習場へ行く。セレンディアは、テオフィルの方から声を掛けられて、ご満悦だ。紹介しようと目論む見習い達は、派手に攻撃魔法を使ってアピールしている。
「セレンディア、彼らと交流してみないか?」
「アタシが?」
「雷属性なら、より実戦向きの魔法が使えるし、彼らと魔術演習して実戦経験を積むのは有効だと思うぞ」
「テオフィルさんがアタシのために? 嬉しい! アタシ、頑張ります!」
適当に口実を作って、セレンディアを誘い出し、武闘派の連中に無事、押し付けることが出来た。後は、武闘派の連中次第だろう。
ひとまず、やれる事はやったと、テオフィルは知らず詰めていた息を吐き出す。連中が守備よくセレンディアをモノに出来れば、エルネスタへの八つ当たり被害が治まり万々歳だ。
テオフィルは魔術師団塔に戻ると、ヘルムート師の部屋に居るエルネスタに、作戦の進捗状況を報告する。
「何とか、引き合わせるところまでは上手くいった」
「流石、テオ! 仕事が早いね」
「まあな」
二人で部屋の窓から演習場を覗くと、武闘派魔術師見習い達に粉を掛け捲るセレンディアが見えた。思った以上にノリノリなセレンディアの様子に、これなら連中の内の誰かと付き合い出すのも、時間の問題のような気がする。
「上手くいくといいねー」
「他人の世話焼いて、自分はどうなんだ?」
「え?」
「エルは、誰かと付き合いたいとか、思わないのか?」
「うーん……プロポーズされてもピンと来なかったし、まだボクには早いかなー」
「プ、プロポーズ!? 聞いてないぞ!」
「テオ、声が大きい!」
部屋に居る他の見習い達から注目を浴びてしまい、居たたまれない。エルネスタはテオフィルを引き摺って、早々に部屋を辞した。
エルネスタは執務室への帰り道を、テオフィルと話しながら歩いた。精霊の近道は、事故以来、使用を控えている。歩くには遠いが、話す時間がゆっくりとれる。
「そう言えば、テオには話してなかったっけ。プロポーズされた事」
「聞いてない。いつ頃の話だ?」
「うーんと、ボクの失踪騒ぎの前辺り、かなー?」
「誰からだよ、それ」
「クリスから。返事は急がないって言ってくれて、まだしてないんだけどー」
「あいつか……エル、ピンと来なかったって言ってたな。じゃあ、他の奴なら、プロポーズ受けるのか?」
「うーん……誰からって事より、ボクが所帯を持つってイメージが持てないんだよねー」
「……成る程」
そう言ってほくそ笑むテオフィルを見咎めて、エルネスタは剥れた。
「何だよ、馬鹿にしてる?」
「いや、そんなことないって」
「ボクがお子様だとでも言いたいの? テオだって付き合う相手がいる訳でもないんだから、ボクと変わらないじゃない!」
「俺は待ってるんだよ」
「待ってるって、何を?」
「気が付くのを」
「誰が? 何に?」
エルネスタの問いに、テオフィルは答えなかった。そして、徐に魔法を展開する。
「隠遁」
虚を突かれ戸惑うエルネスタを引き寄せると、テオフィルは二人の間ではお馴染みになった魔力譲渡をした。勿論、口移しで。慣れた調子でいつも通り、エルネスタの魔力量よりやや多目の魔力を流す。軽い魔力酔いになったところで、唇を離す。以前のエルネスタなら、怒ってやり返すパターンだった。
だが、エルネスタはやり返す処か、身動きもできずに固まった。呆然と、テオフィルの顔を見る。見慣れた顔の筈が、知らない男の子のように見えた。いや、男の子とはもう言えない、男の人だ。この人は誰だろう。エルネスタの知っているテオフィルは、何処へ行ったのか。
テオフィルは、そっとエルネスタから離れた。隠遁がかかっているので、途端にその姿が見えなくなる。エルネスタは気が抜けたように、その場にへたり込んだ。泣きたいのに、涙は出ない。暫くそうしていると、外宮の回廊から知り合いの侍従が声を掛けた。
「おい、そこに居るのはエルか? どうした?」
「はぁい! 何でもないです!」
エルネスタは即座に立ち上がり、裾の汚れを払うと、回廊に向かって駆け出した。




