次へと進む階段
そして、エルネスタは以前と変わらず、日々を送った。日中は王宮で秘書見習いとして走り回り、夕方の僅かな時間を魔術訓練に充てて、一日の終わりには主へ夕食後のお茶出しをする。休日には、里帰り代わりに兄を訪ねて過ごす。一見穏やかに時間が流れていた。
だが、各々の心の内では、大きく波立っていた。仕事中や、帰ってからのお茶の時間など、アレクシスは何かとエルネスタに話し掛けたり、気遣いを見せる。特にお茶出しの時は、エルネスタを近くに座らせてゆっくり話した。
「今日は厄介な者に絡まれたりしなかったか? 魔術師団長とか」
「はぁい、大丈夫です。師団長には最近、会っていません」
「そうか。他にも、困った事はないか?」
「いいえ」
「なら、いい」
そう言って、アレクシスはエルネスタの方に手を伸ばし、頭を撫でる。心なしか、スキンシップも増えている気がする。こんな腫れ物に触るような扱いを望んでいた訳ではないので、エルネスタは困惑しきりだった。
一方、テオフィルも魔術訓練中、やたらと距離が近い。ガイラル師が席を外している時など、殊の外近く感じる。
「テオ、少し近過ぎない?」
「そんなことないさ。気にし過ぎだよ」
「そうかな……」
休日に訪ねた兄からは、返事は急がないと言いつつも、過剰なスキンシップ攻撃を受ける。
「クリス、あんまりベタベタするなら、リビングで話すだけでお暇するよ」
「そんな! 俺の癒しなのに」
「ボクは疲れるんだけど」
エルネスタは、日に日に疲弊していった。
ヴィルヘルム達には、自分らしくそのままでいい、と言われたが、今のままでは埒が開かないとエルネスタは思った。夜寝る前に習慣化している魔力放出の時、エルネスタはヴィルヘルム達に向けて伝言魔法を使ってみることにした。
伝言魔法は、あの大騒動の原因になったものだ。今回は、慎重に送り先をイメージする。エルネスタは、ヴィルヘルムの綺麗な顔や、ステファンの優しい表情を思い浮かべて、魔力を練り、放った。
『最近、周りに振り回されて、自分らしく居られないです』
暫く待つと、キラキラした光と共に返事が届く。その光に触れると、疲れた心が癒されて素直になれる気がした。
『自分らしさは、今のままを貫くばかりではないよ。自分がこの先どうなりたいか、問い掛けてごらん』
エルネスタは、ヴィルヘルム達のアドバイスを有難く受け取った。そして、自分の胸に問い掛けてみる。この先どうなりたいか。やがて、ぼんやりしていた自分の未来が緩やかに像を結ぶ。その未来像に向けて、一計を案じることにした。
翌朝、エルネスタは仕事前のマーサを捕まえて、開口一番、こう訴えた。
「マーサさん、お願いがあるんですけど、いいですか?」
「何? エルったら、改まって」
エルネスタの願い事は、マーサによって迅速に叶えられた。元々、マーサには思うところがあり、その心積もりがあったのだろう。その日のうちに用意された物を受け取り、細々と調整もして貰って、エルネスタは感謝に堪えない。
翌日、出仕するアレクシスに同行するエルネスタを見て、皆唖然とした。
「え、エル……何? その格好……」
「どうしたんだ?」
エルネスタは、お仕着せの下衣を今までの少年侍従のようなハーフパンツから、膝下丈の長いスカートに替えていた。王宮内で他にも少数はいる女性の秘書のスタイルに倣った格好だった。
穿き慣れないスカートに、足元が覚束ない。風がスースーと通って、エルネスタは落ち着かなかった。いつか、これに慣れる日が来るのだろうか。
行く先々で、エルネスタのスカート姿は見る者に衝撃を与えた。エルネスタを少年と思い疑っていなかった者が大半だった為、実は少女だったと知れて、その反響も大きくなった。
また、エルネスタを少女と知る者も、彼女の心境の変化を思い、戸惑いを隠せなかった。エルネスタの主であるアレクシスが、その最たる者だろう。
「エル、一体どうしたんだ?」
「ボクももうすぐ成人するし、そろそろスカートに慣れておこうかと思って」
「形から入った訳か。ボク呼びは相変わらずなのにな」
「それは、追々、変えたいです!」
夕方の魔術師団塔通いには、お仕着せの上にローブを羽織って行った。魔術師のローブとは違うが、塔では違和感ないだろう。
「エル、何? それ」
「ボクも、スカートくらい穿くよ! 変?」
「いや、似合ってるよ」
わざと畏まったテオフィルから驚く程紳士的に扱われ、エルネスタは却って調子が狂った。
マーサは私服のスカートも数着誂えてくれたので、休日に兄の所へ行くのもスカートにした。その姿を見て、クリストフは踊り出さんばかりに喜んだ。
「エル、可愛い!」
「……ありがとう」
いつも以上にベタベタされて、この姿はクリストフには逆効果だったとエルネスタは反省した。
邸に帰って、一人で部屋に籠もると、エルネスタは静かに自分の気持ちを思い返した。




