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騎獣での旅

エルネスタは、ふと目を覚ました。辺りはまだ暗く、ひっそりとしている。ふわふわとした半覚醒状態で、何だか心地良い。至近距離に常には無い人の気配を感じる。少し首を(もた)げて周りを見回すと、同じベッドに誰かが寝ているのが見えた。


(えーと……ヴィルさん? あ、ヴィルさんの向こうにステフさんも見える)


どうやら、彼らの寝床に入れて貰ったようだ。エルネスタの寝ている側の床には、デューイが丸くなっている。もしエルネスタが寝ぼけてベッドから落ちても、デューイが受け止めてくれそうだ。


エルネスタがきょろきょろと首を巡らせていると、隣で横になっているヴィルヘルムが気が付いた。


「エル、まだ早いから、もう少し寝ておいで」

「はぁい」


もぞもぞと布団に潜り込むと、隣のヴィルヘルムが上掛けを整えて、上からポンポンと叩いた。まるでお母さんみたいだな、とエルネスタは思う。気遣いが優しくて暖かい。再び眠りに入るのには、さして時間は掛からなかった。


翌朝、エルネスタが起きる頃には、二人共もう起きていて、朝食の準備や出掛ける支度をしていた。エルネスタは飛び起きて、身支度を整える。寝癖と格闘していると、ステファンから声を掛けられた。


「エル、もうすぐ朝メシだよ」

「はぁい、すぐ行きますーっと、えいっ、このっ」

「どうした?」

「寝癖が直らなくて」


ステファンは笑いながらエルネスタの後ろに立つと、櫛で梳かし付け綺麗に整えてくれた。更に、一部を編み込んでハーフアップにして、髪紐を結ぶ。ステファンの手馴れた感じと器用さに、エルネスタは驚き目を丸くした。


「ステフさん上手ーびっくりだよー」

「妹がいたからね、慣れてるんだ。ヴィルの髪もオレが括ってるよ」

「えーそうなんだー」


ステファンはエルネスタの頭を撫でて、肩に手を置くと、テーブルの方へ行くよう促した。


「オレの妹も、生きていたらエルくらいだったかな。ヴィルも気を許しているようだし、エルはオレ達の妹みたいなもんだな」

「ボクがステフさん達の妹?」

「そう。だから、また遊びにおいで。こんな風に」


エルネスタは泣きたくなる程、嬉しかった。潤む目を細めて、涙が零れないように瞬きを繰り返すと、笑顔でステファンに続き、テーブルに着いた。


朝食後、皆で東門から街の外に出ると、騎獣のヒューイを呼んだ。ヒューイに手綱を着けて、背中に乗る。先頭はステファンで、その後ろにヴィルヘルムが乗り、最後尾にエルネスタを抱いてデューイが飛び乗った。ヒューイは軽く助走すると、ひらりと飛翔する。街があっという間に遠ざかっていった。


途中で何度か休憩を挟みながら、翼犬は快調に進んだ。何度目かの休憩中、エルネスタは空の旅に感心して言った。


「ヒューイは凄い! 飛んで行くと、めちゃめちゃ速いんですね!」

「確かに、地面を走るよりは速いな」

「ボク、前に馬車で王都に行った時、一週間はかかりました」

「馬車だとスピード出せないからね。騎馬ならもう少し速いよ」


ヴィルヘルムと話していると、隣のステファンから聞かれた。


「エルは騎獣で旅したことはないの?」

「前、兄が騎獣を狩る時に着いて行って、その時に狩ったドミニクに乗って帰りました」

「ドミニクって、白虎だったよね。白虎も速いだろう?」

「凄く速いって思ったけど、ヒューイの方が速いかな」

「飛ぶのと比べたらダメだよ。地面を走る騎獣だったら、どれが一番速いんだろうね」


その疑問には、ヴィルヘルムが答えた。


「聞いた話だと、オオトリが一番だってさ」

「オオトリ? ああ、レフが乗ってるな」

「レフ?」


エルネスタが、まだ会ったことの無い人の名前に反応した。


「エルは知らない? 『蒼牙(そうが)』のレフっていう上級冒険者だよ」

「名前だけなら聞いたことあります。氷術遣いで、テオと同じ村の出身だって」

「そう、そのレフだよ」


休憩中の四方山話(よもやまばなし)も、この二人となら話も弾むし、楽しい。エルネスタは、王都に着くのがもっとゆっくりでもいいと思う程、旅の終わりを惜しんだ。翼犬の背中から眺める夕焼けが、やけに綺麗に見えた。


王都に着くと、外壁の門でヴィルヘルム一行は顔パスだった。翼犬ごと門をくぐるのを、エルネスタは呆けたように眺めた。以前、馬車で入った時には、検問に長くかかった記憶がある。上級冒険者は凄い、と内心で感心しきりだった。


ヴィルヘルムは、そのまま翼犬でアレクシスの邸まで送ってくれた。その上、通用口から帰ろうとするエルネスタを押し止め、表口から一緒に邸へ入った。皆を下ろすと、ヒューイはヴィルヘルムに一瞥くれて、どこかに飛んで行った。普段から自由に振る舞っているらしい。


「エルの雇い主に、挨拶と事情の説明くらいはしないとね」

「ありがとう、ヴィルさん」


玄関でステファンが声を掛けると、執事が現れた。


「どちら様で……エル! エルじゃないか。無事だったんだな」

「ご心配かけて済みません」

「あの、オレ達でエルを保護していたんで、こちらのご主人に事情を説明したいんだけど、いいかな?」


取り澄ました顔で応対に出た執事が、エルネスタを見て安堵の表情を浮かべる。そして、ステファンが主へ取次を頼むと、執事はいそいそと奥へ走って行った。やがて戻って来た執事の案内で、エルネスタはヴィルヘルム達に伴われて、アレクシスの執務室に向かった。

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