護衛依頼と新たな魔法
今回のラインハルトへの依頼者は、ガイラル師だった。エルネスタは、ラインハルトを魔術師団塔のガイラル師の部屋へ案内すると、すぐアレクシスの執務室に戻ろうと踵を返す。
「ちょっと待って、エル。話がある」
「? はぁい」
ガイラル師に呼び止められ、エルネスタは部屋に居残った。
「今回、私の魔力調査にかこつけて、『紅刃』ラインハルトには君の護衛を依頼したのだよ」
「ボクの護衛ですか? 何故?」
「イェレミアスが何故かエルに目を付けたようなんだ。イェレミアスは暴走すると手がつけられない。牽制するには、このラインハルト位の実力者でなければ、とても無理だ」
「はぁ……」
ガイラル師は、冒険者協会に依頼したいきさつを淡々と説明した。つまり、護衛を依頼したガイラル師の所に、護衛対象のエルネスタも居なければならない、ということだ。
「じゃあ、その間ボクの魔術訓練はどうすれば……」
「それなら、私がテオフィルと一緒にまとめて面倒見よう」
「そう言えば、テオが見当たらないけど、何処に?」
「ああ。先の討伐で、かなり消耗したからね……まだ王宮内の救護所から戻ってないんだよ」
「なら、後で様子を見に行ってみます」
エルネスタはガイラル師やラインハルトに一礼すると、魔力を放って聖霊の近道で執務室に戻って行った。
キラキラと光る聖霊術の残照を見ながら、ラインハルトは唖然としてガイラルを見遣る。ガイラルは微笑みながらも、困ったように言った。
「あれだから、イェレミアスから目を付けられるんですよ。護衛の必要性が分かるでしょう?」
「確かに……で、あれは一体何だ?」
「古の失われし魔法、聖霊術ですよ」
「俺の魔眼で見ても、奇妙な魔力っていうのは分かったが……成る程ね」
ラインハルトは、魔力を視覚で捉える魔眼という能力を持っている。その魔眼で、初対面の時のエルネスタに見えた異質な魔力を覚えていたのもあって、今回の護衛依頼に二つ返事で応じたのだ。
その後、仕事を終えたエルネスタは、塔へ行く前にテオフィルの様子を見に救護所へ向かった。場所はアレクシスに教わり、念の為に侍従仲間に途中まで連れて行って貰った。救護所を覗くと、奥の方のベッドに寝かされたテオフィルが見える。手前には、救護所の職員らしき白衣の人も居る。とりあえず、その白衣の人に挨拶した。
「失礼します」
「あら、何かご用?」
「友達のお見舞いに来ました」
職員に会釈して通り過ぎ、エルネスタは救護所の奥へ進む。テオフィルは眠っているようだったが、エルネスタが近付くと、気配を感じたのか目を開いた。
「テオ、起きた?」
「やあ、エル。来てくれたんだ」
「ガイラル様から、ここだって聞いて」
二人で暫く、近況報告など話していたら、テオフィルが何かに気付いて抑えた声で叫んだ。
「エル、隠れて!」
エルネスタは動転して、あたふたとその場で屈み込む。それを見かねて、テオフィルがベッドの上掛けを持ち上げ、エルネスタは靴のまま潜り込んだ。何とかテオフィルの懐に収まったところで、声が掛かる。近い。ベッドのすぐ傍だ。
「テオフィル、具合はどうだ」
「イェレミアス様、何かご用ですか」
やって来たのは、魔術師団長だった。エルネスタは身を硬くして息を殺し、念の為に魔力を練った。
「将来有望な魔術師に、魔術師団長が目を掛けても不思議はあるまい」
「俺はガイラル様の弟子です」
「お前程の魔力量を持ちながら、学究派とは宝の持ち腐れだ。ウチに来れば、鍛えてやるぞ」
「過分な評価をいただき有難いですが、俺では力不足かと」
魔術師団長は、しきりにテオフィルを武闘派に勧誘する。テオフィルは断っているが、師団長に諦めるつもりはないようだ。
「もう一つ、聞きたいことがある。お前のところに現れる、侍従の小僧がいるだろう。あれは誰だ?」
「誰のことか分かりません」
「奇妙な術を使う小僧だ。あれも使いようでいい戦力になる。誰だ? 言え!」
テオフィルの、エルネスタを抱える腕に思わず力が入る。身構えるテオフィルを見て、魔術師団長はニヤリと笑った。
「そこかっ!」
バッと上掛けを捲り上げた魔術師団長は、勝ち誇ったようにテオフィルを見下ろした。だが、そこにはやや不自然に腕を突っ張るテオフィル一人しか居ない。
「何処だ! 何処に隠した?」
「何のことでしょう?」
忌々し気にテオフィルを睨め付けると、魔術師団長は「また来る」と言い置いて立ち去った。
「エル、もういいよ」
「ふはー、緊張したー」
テオフィルの隣に、さっきまで姿の見えなかったエルネスタが現れた。
「どうやって隠れたの?」
「前に、テオが霧の応用で隠遁をするって言ってたから、真似て聖霊の近道の要領で隠遁してみたんだ。上手くいって良かった!」




