救出
クリストフは、前線を駆け巡るうちに、倒れている魔術師を見付けた。その魔術師は、今しも黒い影のような魔物に襲われている。助けに行く途中、ドミニクが魔物に向かって吼えた。その咆哮で、魔物が麻痺している隙に、魔物から魔術師を引き離す。少し離れた場所までドミニクで運ぶと、魔術師の様子を見た。
「おい、大丈夫か?」
クリストフの問い掛けに、魔術師の反応はない。真っ青な顔色をして、意識も混濁していそうだ。
その時、クリストフ達のすぐ傍で、キラキラとした光の粒が煌めくと、中から人影が飛び出してきた。
「テオ!」
叫びながら魔術師に駆け寄るその人影は、クリストフのよく知る人物だった。
「エル! どうして此処に?」
「え、クリス? 話は後で。テオを助けなきゃ」
エルネスタは、手に持っていたマジックポーションを、テオフィルに飲ませようとしたが、上手くいかない。テオフィルの上半身を起こし、口元に小瓶を宛がってみるが、飲み込めないようだ。
「テオ、飲んで!」
「……んんっ……」
「ダメか……なら、仕方ない」
暫く逡巡した後、エルネスタは方法を変えた。マジックポーションを自ら呷ると、テオフィルに口移しで飲ませた。テオフィルの喉がコクンと鳴って、嚥下したのが窺える。
「うえぇ、不味っ!」
「え、マジックポーションのことか?」
「青臭いのに変な甘味があって全然合わない! 不味っ!」
「普通のポーションなら飲んだことあるけど」
「後味悪いよぅ」
涙目でマジックポーションの味に文句を言いながらも、エルネスタはテオフィルの様子を覗う。魔力を補っても尚、テオフィルはぐったりとしたままだ。それならと、エルネスタは魔力を練ってテオフィルに放った。
「回復」
放たれた光の粒が、テオフィルの躰を取り巻いて光り、消えていく。暫くすると、テオフィルがゆっくり目を開けた。
「テオ! 気が付いた?」
「……エル……また助けられたな……」
エルネスタによる一連の行動を間近に見ていたクリストフは、大変なショックを受けた。大事な妹が、見知らぬ男と親密そうな素振りをしているだけでなく、あまつさえマジックポーションを口移しで飲ませたりしている。
(何て事だ……エルが、俺のエルが……)
自分がぐずぐずと意思表示出来ずにいるうちに、この魔術師に掻っ攫われたのだろうか。まだ自分に挽回の機会はあるのか。
「エル、此奴は知り合いなのか?」
「うん、友達だよ。魔術師見習いのテオ。街で知り合ったんだよ……って、クリス、顔がコワイ」
「……ナンデモナイヨ」
クリストフの動揺は激しく、顔が引き攣るのを抑えられない。エルネスタに怯えられるのは本意ではないが、つい相手との関係を問い詰めてしまう。エルネスタは友達と言っていた。まだ恋人関係ではないのなら、これからアピールしても間に合うだろうか。
その時、ゾワリとした嫌な気配が近付いて来るのを感じ、エルネスタとクリストフは身構えた。先程、ドミニクが咆哮で麻痺させた魔物が、再びこちらを狙ってきたらしい。クリストフは剣を手に飛び出そうとしたが、エルネスタが制止する。
「待って、クリス! あの魔物、物理攻撃は効かないんでしょう?」
「全く効かない訳じゃないよ。少しは攻撃が入るから、エルが逃げられる時間を稼ぐさ」
「それより、もっとこっちに寄って! 結界を張るから」
そう言うと、エルネスタは再び魔力を練って放つ。光の粒が辺りに散らばり、半球型の結界が張られた。人三人と騎獣一頭を収めた結界は、ぎっしりといった感じで余裕がない。エルネスタは、照れ臭そうに言う。
「ボクの魔力、弱くて少ないから、こんな小さいのしか張れないんだ」
中型のテント程の大きさで張られた結界は、薄く虹色に光っている。魔物が禍々しい黒い靄を纏い近付いて来るが、結界に阻まれて取り憑くことは出来ない。しかし、近い。結界越しとは言え、おどろおどろしい魔物が迫って来るのを間近に見ているのは、精神衛生上、良くない。
「ウエッ! グロいな……」
「気持ち悪い……あんまり見たくないね」
「……俺がやる」
エルネスタに支えられていたテオフィルがヨロヨロと身を起こすと、魔物に向かって身構えた。魔力を練っているのを見て、エルネスタが声を掛ける。
「ボクがテオの術にブースト掛けるよ。タイミング合わせて」
「ブースト? そんな術を覚えたのか?」
「ヘルムート様のところで、色々と実験したら分かったんだよ。ただ、ボクの魔力を放つだけで、一緒に放った術がブースト掛かるんだって」
「分かった。じゃあ、行くぞ!」
テオフィルがカウントして、エルネスタがほぼ同時に魔力を放つ。
「水弾!」
テオフィルの水弾はエルネスタの魔力を纏い、魔物に命中した。魔物は断末魔の声を上げて、霧になり散っていった。二人はフウッと大きく息を吐くと、クリストフに向かって言う。
「「マジックポーション持ってない?」」




