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友達を守る為に

部屋に入って来た人物を見て、エルネスタは驚いた。赤髪に琥珀の瞳の容貌、気圧されるような威圧感、誰かに似ている。エルネスタは記憶を探り、似ている誰かに行き着いた。名も知らぬ、一度だけ行き会った冒険者に似ているのだ。冒険者協会の前で出会った、魔眼持ちだという冒険者。髪や目の色ばかりでなく、纏う雰囲気がそっくりだった。


その人は、テオフィルの傍に立つエルネスタを一瞥すると、奇妙な表情を浮かべた。エルネスタの持つ独特な魔力の気配を感じ取ったのだろう。何か物言いた気にしていたが、ここに来た理由を思い出したのだろう、テオフィルの方を真っ直ぐに見て言った。


「テオフィル、まだ訓練は終わっていないぞ。回復し次第、戻るように。合同討伐までに間に合わせるからな」

「はい、分かりました。イェレミアス師団長」


テオフィルは、静かに返答した。何かを思い定めたようにも見えるその表情に、エルネスタは言葉を無くす。そして、目の前で交わされる会話に呆然としていたら、イェレミアスと呼ばれた人物を追って部屋に来たガイラル師に、庇うようにして部屋から連れ出された。


「エル、今日はこのまま帰りなさい。また明日おいで」

「はぁい、また明日来ます」


エルネスタは、テオフィルに挨拶も出来ないまま帰路につく。先程垣間見た人物の印象が強過ぎて、思考がぐらついて集中出来ないので、珍しく精霊の近道を使わずにアレクシスの執務室まで戻った。


「エル、どうした? また何かあったか?」


帰りの馬車でアレクシスからそう問われる程、エルネスタの顔色は優れなかった。エルネスタは、先程垣間見た人物や、耳にした会話の事を話し、アレクシスに尋ねた。


「アレクシス様は、その人が誰か分かりますか?」

「ああ。その特徴からいって、魔術師団長のイェレミアスに間違いないだろう。魔術師団きっての火術の使い手で、武闘派の急先鋒だ」

「そんな人に、テオは目を付けられたんですね」

「エルの友達は、魔術師見習いだ。師団長の要請には逆らえない。だが、エルは違う。分かるな」

「……はぁい」


エルネスタは、やっとの思いで助け出したテオフィルが、再び危険な場所へ連れて行かれるのに、見ているだけしか出来ない自分がもどかしかった。


その夜、いつもの魔力使い切り訓練をしながら、エルネスタはテオフィルの為に自分が出来る事はないか、考えていた。一緒に行く事は出来ない。助けに行く事も、行くだけならどうにかなっても、一緒に連れて帰る魔力量がない。どうすれば、テオフィルの身の安全を図れるのだろう。ただ無事を祈って待つしか出来ないのか。


翌日、エルネスタはいつもなら訓練後に訪れるテオフィルのところへ、先に顔を出した。あの怖い人に連れて行かれていないか、確かめたかったからだ。テオフィルは床払いしており、何処かへ出掛ける荷造りをしているようだ。エルネスタに気が付くと、パッと笑顔を見せた。


「エル、来てくれたんだね。行く前に会えて良かったよ」

「テオ……また行くの? また無茶しない?」

「師団長の訓練は過酷だけど、今回の討伐クエストが重要なのも確かなんだ。今、王都の側に出来つつある瘴気溜まりからは、物理攻撃の効き辛い魔物が湧いているからね。一人でも多くの魔術師が必要なんだ」

「そう……」

「王都を、エルのいる場所を守りたい」

「ボクもテオを守りたいんだよ!」


エルネスタが叫ぶと、テオフィルは吃驚したように目を見開き、やがて目を細めて柔らかく笑んだ。


「ありがとう、エル」

「ボクは一緒に行けないから、せめてボクの魔力全部持って行って」


エルネスタはテオフィルの両手を取ると、自分の全魔力を流し込んだ。直後、ふらついたエルネスタを支えたテオフィルは、その小さな細い躰を抱き締めた。街で一緒にいた時には、然程変わらない背格好だった。会えなかった間に、こんなに体格差ができていたのかと驚くと同時に、この腕の中の存在を、今まで以上に愛おしく思った。


「魔力全部渡すなんて、無茶はどっちだよ」


テオフィルは街でしていたように、エルネスタに口吻(くちづけ)して魔力譲渡した。つい多めに譲渡してしまうのも、以前と同じ。エルネスタが魔力酔いを起こしながら、必死で押し返してくるのも以前のままで、このままずっと口吻していたい衝動に駆られる。テオフィルは理性を総動員して、エルネスタを離した。


「テオ! もうっ」

「ゴメン、つい懐かしくて」

「ボクに出来るのは、魔力をあげること位だったのに」

「そんなことないよ。エルがいるから、俺は頑張れるんだ。それに、呼んだら近道して来てくれるんだろう?」

「ボクの魔力量では、前線から二人で帰って来るのは難しいって、ヘルムート様が」

「大丈夫、もう倒れたりしないよ。ちゃんと無事に帰るから」

「約束だよ!」


エルネスタは、名残惜し気にテオフィルから離れて、上階のヘルムート師の部屋に行った。訓練を終えて帰る頃には、テオフィルは既に部屋から消えていた。

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