思わぬ波紋
王都でエルネスタが日々忙しくしていた頃、街ではテオフィルの師匠であるガイラルが、一通の文を前にして頭を抱えていた。
「ううむ……何たる事か……」
「どうしたんですか? 師匠」
「ちと厄介なことになってきたのでな……」
ガイラルは暫くうんうん唸っていたが、埒が開かないと、意を決してテオフィルに向き合う。
「テオフィル、ここへ」
「はい」
「王都の魔術師団から、お前に召喚状が来た」
王都、と聞いてテオフィルは一瞬、エルネスタのことを思った。また毎日のように会える距離に行けるのなら、こんな嬉しいことは無い。だが、続く言葉が不穏過ぎて、喜びが消し飛んだ。
「え? 俺に召喚状? 師匠にじゃなく?」
「そうだ。テオフィル、お前に来たのだよ。それも、選りに選ってイェレミアスの奴からだ」
「ええと、どなたでしたっけ?」
テオフィルは、どこかで聞いた名前のような気がするが、はっきり思い出せなかった。ガイラルの忌々しげな表情を見るにつけ、嫌な想像しか浮かばない。
「魔術師団長だ」
「師団長が、何故、俺を? 会ったこと無いのに」
「そこが分からんところだが……」
ガイラルは深々と息を吐き出した。疑問点はさてき、厄介事の本質を弟子に伝えておかなければならない。
「テオフィルは師団長イェレミアスの事を、どのように聞いている?」
「大したことは聞いていません。現役の魔術師では最強だとか、武闘派の急先鋒だとか……」
「そう、そこが問題なのだ。武闘派の急先鋒、つまり攻撃能力の偏重に走り過ぎている脳筋野郎だ。我々のような学究肌の者とは、相容れない」
宮廷魔術師団は、現在、武闘派と学究派との対立が激しい。テオフィルは、副師団長を筆頭に掲げる学究派に所属していた。師団長率いる武闘派とは、そもそも全く接点が無い。
「益々、そんな人が俺を呼び出すのが不思議ですね」
「彼奴がお前に目をつけるとすれば、潜在魔力量の多さだろう。ただ、お前が王都に居た頃は、まだ魔力発現していなかった。何故、ここで発現したのをイェレミアスが嗅ぎつけたのやら……」
ガイラルは、やれやれと頭を振り、額に手を当てる。そして、意を決してテオフィルに告げた。
「師団長の呼び出しなら、無視は出来ない。況してや正式な召喚状での呼び出しだ。そして、イェレミアスが前線に駆り出すとすれば、その苛酷さは軍の新兵教練に匹敵する」
「軍の……」
「私がお前に言える言葉はこれだけだ──死ぬな」
「……はい」
師弟は、まるで死地に赴くかのように、青ざめて向かい合った。そして、これからのことに戦々恐々としながら、王都へと帰る荷造りをしたのだった。
処変わって、王都では、近郊に出現した瘴気溜まりへの対策に、各方面が動いていた。王宮では、軍の派兵が決まった。
冒険者協会でも、魔物の大量発生を見越した上級冒険者の召喚や、一般の冒険者の合同クエストへの参加募集などが始まっていた。
『黒槌』のクランでも、上級冒険者であるトールの参加はもちろん、他の面々も合同クエストへの参加を検討していた。初心者向けである『黒槌』クランでは、大半が初級冒険者だが、指導者として中級レベルの者も居る。彼らは当然のように、合同クエストへの参加を希望した。また初級の者でも、中級昇格間近な者は参加を希望した。クリストフも、参加を希望する一人だった。
「トールさん、俺も合同クエストに行きたいんですが」
「クリスには、まだ早いんじゃないか?」
「そんなことないです! こんなレベルアップの機会逃せないですよ」
「何をそんなに焦っているんだ?」
「……」
一刻も早く一人前になって、エルネスタを迎えに行きたいクリストフの胸の内は、流石にトールへあからさまに言う訳にはいかない。クリストフは、口を濁して俯いた。その様子を見て、トールは何か察するものがあったのか、クリストフに提案した。
「それなら、戦力の底上げに、騎獣を狩ってみるか?」
「騎獣! いいですね、是非!」
「他にも希望者を連れて行くか。そう言えば、クリスの弟は騎獣に好かれ易いんだったな。一緒に来て貰ったらどうだ? テイム出来る確率が上がるぞ」
「エルですか? 聞いてみます!」
エルネスタと騎獣狩り──思い掛けないご褒美企画を提案されて、クリストフは逸る心そのままに駆け出して行った。
以前、エルネスタから聞いていた場所を探し、リーベルト邸を見付けた。使用人用の門から声を掛け、まだ王宮で勤務中のエルネスタに言伝を頼んだ。返事は、翌朝早くに邸の小間使いによって届けられた。
「トールさん、エルは次の休みになら行けるそうなので、騎獣狩りは三日後でいいですか?」
「いいぞ。なら、狩り場に詳しい奴にも、その日に都合付けて貰うとしよう」
こうして、エルネスタは冒険者達との外出が決まった。




