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魔術の訓練

それからのエルネスタは、毎日アレクシスに付いて仕事しながら、帰り際の一刻を魔術師団塔での訓練に充てて、足繁く通った。ただ、魔術師団塔は王宮の敷地内でも外れに位置しており、往き来するのに苦労していた。


「ヘルムート様、塔が遠いです」

「洒落かい?」


二人の間に沈黙が降りる。エルネスタはキョトンとしてヘルムート師を見遣り、ヘルムート師の咳払いで場が仕切り直された。エルネスタは言い方を替えて訴えた。


「塔に毎日通うのが、遠くて大変です」

「そうだねぇ。ここに居る者達は、基本、出歩かないからな。毎日通うって事を想定していないのさ」

「……」


訓練の合間にヘルムート師へ愚痴を溢しても、身も蓋もない言い草で返された。引き篭もり相手に、通う苦労を言い募っても詮無い。エルネスタは、自力で解決を目指す他ないと悟った。


塔からの帰り道で、エルネスタの何の気なしに魔力を練っていた。ぼんやりと、この遠い往き来の道程(みちのり)を何とか縮められないかと思い浮かべながら、掌に魔力を押し出す。すると、色とりどりの光の粒が、いつもの一塊の玉ではなく、エルネスタの躰を取り巻くように現れ、その光が消える頃にはアレクシスの居る執務室へ着いていた。


「え……?」


何が起こったのか、エルネスタには分からなかった。エルネスタ自身は、ただ歩みを止めることなく進んでいただけだった。それが、ほんの瞬き一つする間に、遠く離れた塔から執務室まで辿り着いてしまったのだ。訳が分からない。


翌日、エルネスタは塔へ向かう時に、同じようにしてみた。道程(みちのり)を思い浮かべながら魔力を練って放つ。光の粒は、歩くエルネスタを包み込み、消えていく。気が付くと、もう塔の前に着いていた。


「ヘルムート様、大変!」

「どうしたね、エル?」

「何だか変なことになってるの!」


ヘルムートは、興奮して要領を得ない説明をするエルネスタの言葉を根気よく聞いた。色々と口を挟み、質問を重ね、何とかエルネスタの言い分を纏めることに成功した。


「要するに、エルは歩いているうちに、一瞬にして遠く離れた目的地に着いてしまったというのだね?」

「うーん……そうなるかな?」

「それは転移術か、縮地の一種かもしれないな」

「転移術? 縮地?」

「転移術は、任意の地点を結んで魔法陣を置き、発動させる魔術で、本来はとても大掛かりな術だ。縮地は武術スキルの一種で、戦闘中に目の届く範囲で、移動距離を縮めるものだよ。エルのそれは、それぞれに似た部分もありながら、どちらとも違うようだね」


ヘルムート師に乞われて、エルネスタは師の前で先程の術をやって見せた。歩くエルネスタと並んでヘルムート師が歩いていると、エルネスタの躰がすうっと光に包まれて消えるのが見て取れた。暫く待つと、同じようにしてすうっと戻って来る。


「じゃあ、次は私がエルの肩に手を置いて歩くよ。もう一度、出来るかい?」

「もう一度位なら、何とか」

「なら、念のため、魔力譲渡しておこう」


魔力譲渡と聞いて、エルネスタはギョッとした。街では、テオフィルから散々、口移しで魔力譲渡されてきたからだ。だが、ヘルムート師は慌てるエルネスタにお構いなしに両手を握って、あっさり魔力譲渡した。エルネスタはほっとすると同時に、何だかもやもやとしたものが胸に残った。


先程と同じように、エルネスタとヘルムート師は並んで歩く。今後は、ヘルムート師がエルネスタの肩に手を置いている。エルネスタが術を発動させると、ヘルムート師も瞬時に移動して、同じ所に現れた。


「エルの術は、触れている他の者も連れて行けるようだな」

「ボク一人の時より、ちょっと疲れます」

「では、戻ってからもう一度魔力譲渡しよう」


その日は、時間いっぱい新しい術の検証に費やした。ヘルムート師は、興味津々であれこれと考察を重ねている。


「エルの術が精霊魔法だとすると、この短縮術は精霊の通り道を使って進むものかもしれないね。昔のエルフ族は、森の中でよくこうした近道をしていたそうだよ」

「精霊の近道ですか。何だか楽しい気分です」

「ただ、エル一人の時と、他に人を連れて行った時とで、魔力の消費がかなり違うね。そもそも、エルの魔力量も少ないし」

「これでも、ボクなりには増えた方なんですけど」

「とにかく、毎日魔力が空になるまで使うことだ。地道な訓練の積み重ねしかない」

「はぁい」


エルネスタの魔力訓練は、仕事の合間の一刻と、寝る前のほんの少しの時間しか充てられない。ヘルムート師は、希少な属性の魔術師であるエルネスタの才能を惜しんだ。主のアレクシスに、エルネスタを自分に預けて貰えないか打診するが、アレクシスの返答ははかばかしいものではなかった。


「エルは私の秘書です。才能を伸ばすことに異存はないですが、魔術師として育てるつもりはありません」

「本人が希望してもかね?」

「訓練時間を増やすこと位なら譲歩しますが、手放すつもりは一切ないので、ご承知置きを」

「承知した」


大人同士の思惑など露知らず、エルネスタは自分に秘められた術の可能性を拓くのに夢中だった。

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