野営中の攻防
エルネスタは、街の外へ出るのも初めてなら、当然、野営するのも初めてだ。
今回の移動は、中継地の殆どを宿のある町や村にするよう計画していた為、野営の準備は緊急用として最低限のものしかなかった。テントは、中型のもの一つと、冒険者達の持ち込みの小型のもの一つしか無い。テントには男性陣に入って貰い、エルネスタはマーサと馬車で一晩過ごすことになった。
「馬車で寝るなんて、初めて!」
「私も初めてですよ。何を喜んでいるの、エル?」
「町の宿屋さんも良かったけど、野営も楽しみ! 次は、テントがいいなー」
「私は出来れば御免被りたかったわ」
食事は、緊急用の携帯食で済ますところを、商隊側の好意で野営料理が振る舞われた。串焼きの肉とスープ、堅焼きパンがプレートに載って人数分配られて、皆で焚き火の傍に座って食べる。
「何だか、わくわくするねぇ」
「エル、不謹慎よ……あなたらしいけど」
マーサから窘められたが、エルネスタはこんな非日常感が珍しくて、気分が高揚した。食事自体は、あまり美味しくはなかったけれど、雰囲気だけで満足だった。
その夜──
皆が寝静まった頃、遠くで何やら物音がする。人の叫び声と、ぶつかり合う金属音、魔道具の炸裂音らしきものなどが徐々に近付いて来て、辺りは一気に騒然となった。商隊側の護衛達と共に、アレクシスの雇った護衛達も動き出す。
「マーサさん、何だろう」
「しっ、静かに! エルはここでじっとしてて」
マーサの指示で、女二人で馬車の中に身を潜める。息を殺し、窓越しにこっそりと外の様子を窺う。夜番の焚き火は遠く、月明かり程度では、周りがよく見えない。
馬車からすぐ近くに張られたテントから、主のアレクシスや、バルドルら男性陣が顔を出しているのが、辛うじて分かる。馭者の一人が、様子を見に外へ出てきた。
すると、騒がしい物音がだんだん近付いて来た。人影が複数、馬車のすぐ脇を走り抜ける。足音と金属音、何かが叩きつけられたような衝撃が伝わり、次の瞬間、馬車の扉が壊された。
「きゃー!!」
マーサが悲鳴を上げた。エルネスタは、声すら出なかった。驚き過ぎると、何も反応出来ないのだと初めて知った。
馬車の中を、いかつい風体の小汚い男が覗き込んできた。恐らく、盗賊の残党だろう。マーサが怯えながらも、エルネスタを庇うように抱き込んでいる。男は馬車に乗り込んで来た。
「フン、ババァとガキかよ」
盗賊の残党は、つまらなさそうに言い捨て、立ち去りかけたが、思い直したように振り返った。
「ガキでも、人質くらいにはなるか」
「きゃー!! 助けてーー!!」
盗賊の手がエルネスタ達に伸びる。マーサは悲鳴を上げ続けた。エルネスタは竦み上がって動けない躰で、必死に魔力を循環させて練り込み、最大出力で掌から盗賊にぶつけた。
「えいっ!」
「うわっ、何しやがる! このガキ!!」
エルネスタの放った光の玉は、盗賊の顔に当たった。目眩ましになったらしく、盗賊はそのままバランスを崩して馬車の外へ転げ落ちた。そこへ、追い付いた護衛達が群がり、捕縛したようだ。
「エル、マーサ、無事か!?」
「はい、二人とも大事ありません」
直後に駆け付けたアレクシスが叫ぶ。正気を取り戻したマーサが返事をするが、疲労困憊したエルネスタは、腰が抜けて身動き出来ず、声も出せない。その様子を見て、アレクシスはエルネスタを抱き込むと、その背を撫でて声を掛けた。
「怖い思いをさせて悪かった。もう大丈夫だ」
エルネスタはそうして宥められて初めて、自分が極度の緊張状態だったことを知った。今さらながら、震えが止まらない。知らぬ間に、嗚咽を漏らしていた。
「……ぅ……ヒック……ううっ……」
「泣いていい。我慢するな」
「……ううっ……うあぁーーー……」
エルネスタは声を上げて大泣きした。アレクシスはエルネスタが泣き止み、震えが治まるまで、ずっと傍について背を撫で宥めていた。エルネスタは一頻り泣いて気が済むと、そのままストンと眠りに落ちた。
翌朝、エルネスタが目を覚ますと、泣き過ぎて頭が重たかった。目も喉も腫れぼったい。おまけに、誰かの硬い膝を枕にしている。がばっと身を起こすと、うとうとと目を眇めたアレクシスがすぐ傍にいて、至近距離で目が合った。
「エル、起きたか。目が腫れているだろう。顔を洗っておいで」
「ア、アレクシス様?」
「もう、脚が痺れて限界だ。躰を伸ばしてくる」
「済みません!」
どうやら、アレクシスが一晩中、エルネスタを膝枕で寝かせてくれたらしい。エルネスタは青くなって、平謝りした。マーサも禄に眠れなかったそうだ。エルネスタも、泣き過ぎて調子が悪い。
アレクシスの一行は皆、体調不良だった。次の村で商隊を離れるとすぐに宿を取り、直ぐさま寝入ったという。




