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転機

翌日、正気に返った二人に謝られた。エルネスタが改めて、相談を口にすると、バルドルとマーサは異口同音に言う。


「エルなら大丈夫、王都にいらっしゃい」


エルネスタの懸念は、二人にすれば取るに足らない事のようだ。主が職分に関して検討すると言っているのだから、問題無いと言う。


「お仕事ってね、どうやるかよりも、誰がするかが大事なの」

「え?」

「それだけ、人柄が大事ってことなのよ」

「ボクのしている仕事って、誰がしても一緒だと思うけど」

「誰がしても同じなら、尚更よ。傍に置いて気分の良い人を使いたいでしょう?」

「そう言うもの?」

「ええ、そう言うものよ」


マーサに言われると、エルネスタは王都行きに対して乗り気になってきた。バルドルも賛同する。


「エルなら、侍従も(こな)せるさ。抵抗あるなら、他の職分にするとご主人様も言われているし、問題無いだろう」

「今のような、お手伝いとかなら大丈夫なんだけど」

「エルの強みは、素直で明るいことさ。教えたことを一生懸命にしようとするし、どんな仕事を言い付けても、ニコニコやるだろう? 使う側も気分がいいし、一緒に仕事する側も楽しいよ」

「ありがとう!」


エルネスタは、少し迷いが晴れた気持ちだった。


次の休みに家へ帰ると、養父母から紹介状を渡された。前にテオフィルの師匠と会った時に、エルネスタの魔力について詳しいと思われる人を紹介して欲しいと頼んであったという。


「王都の宮廷魔術師団で、副団長をされている方が、エルのような珍しい魔法型の研究をしているそうで、会ってみるといいと仰るんだよ」

「そんな偉い先生が、わざわざ会って下さるの?」

「その為の紹介状さ。あちらの方にしても、自分の研究に役立つかも知れないとなれば、会って下さるだろう」

「そうだね、会うだけなら……」


エルネスタは、だんだん目の前に道が拓けてきたような気がした。


家から邸へ戻る途中、エルネスタは久しぶりにテオフィルを訪ねてみることにした。例によって、喧嘩別れのように帰って以来、気まずさから昼休み時間中の魔力循環練習に通っていなかったのだ。いつものように、生け垣の破れ目から荒れた庭に入り、四阿から声を掛ける。


「テオ、居る?」


暫く待つと、慌てた様子のテオフィルが、邸から飛び出して来た。


「エル!」

「テオ、久しぶり」


弾ませた息を整えて、テオフィルはエルネスタの隣に掛ける。先日、掴み損なった手を、今度は離すまいとしっかり握った。


「心配した。もう来ないのかって……」

「ゴメン。ボクだって色々悩んでたんだよ」

「俺、押し付けがましいこと言ったよな。こっちこそ、ゴメン」


お互いに謝り合った後、エルネスタは切り出した。


「ボク、王都へ行ってみようと思う」

「そうか。そんな気がしてた」

「テオのお師匠様も紹介状を下さるし、バルドルさんやマーサさんも大丈夫って言ってた。それに、王都には、兄さんも居るしね。いい機会だと思うんだ」

「確かに、行くつもりがあるなら、今が好機だろうな」

「仕事面が一番、不安だったんだよ。女の子に侍従が勤まるのかって」

「……え?」

「でも、雇い主様が、それなら職分を配慮して下さるって」

「ちょっと待った!」


エルネスタの話を遮って、テオフィルが切羽詰まった顔で聞いた。


「女の子って言った? 誰が?」

「うん」

「エルが?」

「そう」

「……」


テオフィルが呆然として、言葉も無くエルネスタを見ている。エルネスタは、またか、と思いながら暫く待った。


「……やっぱり、行かせたくないな」

「え、何?」

「いや、こっちの話。驚いたってこと」

「皆同じこと言う」


漸く硬直の解けたテオフィルが言う。


「俺も頑張って、すぐ追い掛けて行けるようにするよ。師匠だって、いつまでも街で研究三昧してないだろうし」

「お師匠様も、ここは仮住まいなの?」

「そうだな。ここで研究と、頼まれた調査の為に居るって聞いてる」

「じゃあ、テオとは王都でまた会えるね」

「ああ、必ずまた会おう!」


テオフィルとがっちり握手を交わし、再会を約束したエルネスタは、邸へと戻った。


その夜、夕食後のお茶出しの席で、エルネスタは主に王都へ行く旨を話した。主は頷き、王都での職分を言う。


「今の仕事と大差ないが、名目上、秘書見習いとしておこう」

「秘書見習いですか?」

「侍従だと男性の職分と思われがちだが、秘書なら女性も多い。この方が違和感なくエルも働けるだろう」

「ありがとうございます」


エルネスタは、師匠からの紹介状の話も、主にしておこうと思い、話した。


「知り合いの魔術師の方から、王都で宮廷魔術師団の副団長宛の紹介状を頂いているんですが、会えるでしょうか?」

「エルが魔術師と知り合い?」

「はい。偶然、ボクに珍しい魔法が発現したのを、その方が気が付いて、副団長様に見て貰うとはっきり分かるのではないかと」

「そうか。考慮しておこう」


エルネスタの魔力の件も、これで一応の目途が立った。王都での新しい生活に思いを馳せて、魔力循環の自主練習をしながら、エルネスタは眠った。

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