赤狐
使用お題ひとつ
バザゼルはとある予言を受けて生まれた。
その予言は幼いバザゼルには重いものだった。だから、バザゼルは故郷を離れ予言を忘れたふりをして生きている。
だから、本名であるバザゼルを呼ぶものはいない。
予言から逃げ、いつも狐面をかぶっているから。
赤狐。
バザゼルはそう呼ばれた。
狐面からのびるクセの強い緋色の髪が周りにそう呼ばせるのだ。
普段は気ままに遊びまわっており、深夜丑三つ刻にようやく黒い森の奥にある自宅に帰りつく。
「赤狐! おかえりぃ。お客さんダヨ」
軋む勝手口をくぐると赤狐を明るい声で迎える微妙に白くも黄色くもないクリーム色の狐。
「お客さん?」
珍しいなとばかりにバザゼルは外套を脱ぐ。
バザゼルは森の奥の自宅で技能を活かした店を経営していた。
営業は帰宅後なのでおおよそ丑三つ刻となる。
バザゼルは剥製職人。
表層をそのままに生き物を生き物ではない存在に変化させることができる。
普通に鳥獣の剥製を製造販売もしているが、それは町に販売委託しているためわざわざ訪ねてくるような客は特殊な依頼客となる。
「はしゃぐなよ。ワレグリ」
ぐいっとはしゃぐ喋る狐を押し付けて、勝手口から見えるあたりに視線を巡らせる。
木製の床板にのびる染みを目立たせないように照明は暗い。ばさりと外套を壁のフックに掛けた。
「で?」
「ちゃんと、ちゃんとな! 客間に案内したぞ!」
褒めろとばかりに再度はしゃぎだしたワレグリをバザゼルは気乗りなさげに撫でてやる。
「ああ。えらいエライ。客間だな」
褒められ、撫でられるという褒美をもらったワレグリは得意げに胸を張る。
「ワレグリ、エライ!」
うずうずと飛び跳ねだしそうなワレグリを赤狐の生物らしからぬ銀眼が眺めていた。
二人掛けのソファに一人の女性が俯きぎみに座っていた。
「いらっしゃいませ」
バザゼルがゆっくりと頭を下げる。
びくりと身を震わせて女はバザゼルにその視線を向ける。その眼差しがバザゼルの全体を、そして狐面を捉える。
「剥製職人の赤狐様ですか?」
ぎゅっと胸元で拳を作り、かすかに揺らぐ声にバザゼルは頷く。
「どのような剥製をお求めでしょうか?」
数回、言葉に音を乗せようと女は口と喉を動かす。躊躇いを飲み込む時間。躊躇いを不安を、飲み込んで口を開く。
「生きた人も生きたままに剥製にできると聞きました。私の望むものは、『生きた剥製』です」
とにあは緋色の髪と銀色の瞳をもつ狐面の剥製職人です。
黒い森の奥深くで丑三つ時に店を開きます。
店番に元気な狐がいます。
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