恋をする
使用お題ひとつ
「守りたいものはありますか」
その言葉をくれたのは森の神殿に仕える司祭様。
成人の儀式に近隣の里の者は森の神殿を訪ね神託を受けるというしきたりなのだ。
下された神託によっては里に帰ることができなくなる。そのまま他の里や街に導かれるのだ。だから、親は子は出て行くものとして育てる。
深い森は先人たちが踏みしめた細い残り路をたどって行くしかない。たきぎを集めに入ってかまわない範囲を越えれば一気に茂みが深くなっていく。鳥がどこかで鳴いている。虫の羽音がふいに耳につく。日が雲に隠れれば森は本当に深く暗い恐怖を煽る場所に変わっていく。
持たされたカンテラに慌てて火を入れた。
人が歩くのに不自由ないようにと斬り落とされた枝司祭様は森の奥でどうやって暮らしてらっしゃるのだろう?
先人は「迷わなければ日暮れにはつくよ」そう教えてくれた。
里に生きる私たちは街に生きる娘たちより頑丈だから一夜くらい森で夜明かししても大丈夫さと笑いながら。神殿で神託を受けたら街に行くかも知れないのに好き勝手言う大人たちに私は拗ねていた。渡された荷物が重かったからかもしれない。
日暮れ時金と赤に揺らぐ空の下、かがり火に火をいれている人の姿に安堵した。
もう、私は幼い子供ではないのに。
司祭様は穏やかに対応してくださって夜を安堵の中過ごせた。
そして、儀式の朝司祭様はそっとそう問うたのだ。
守りたいもの?
考えたこともなかった。
答えられない私に司祭様はにこりと笑う。
「目指したいものがありますか?」
やっぱり私は答えられない。
変わりたくもあり、変わりたくもないのだ。
好いた異性がいるわけでもどうしても好きなものがあるわけでもない。
中途半端な普通の娘。
神託に身を任せればいいと、ただそう思ってきた私に先を問われるという予想はなかった。
それでも、困ったように微笑む司祭様を見ていると今までにないざわめきを感じた。
もっと彼を見ていたい。
神殿はそっけない洞窟の奥に祭壇があるだけで少しガッカリした。でも床だけは凹凸のない滑らかさをもっていた。
泊めてもらったのはベッドがふたつあるばかりの部屋。儀式の人間が三人をこえることはそうそうないのだそうだ。
確かに里にも同じ歳の子供はいなかった。
かつては古い魔女の家だったというその家はあばら家という風情ですきま風を感じる場所すらあった。それでも雨風はしのげたし、肉の入った夕食も出された。
裏手には井戸と小さな畑。
「あなたはなんにだってなれますよ」
そう告げたあなたの笑顔が眩しくて答えを出せば出て行かなくてはならない。その事実が苦しかった。
守りたいものなんてなかった。
なりたいものなんてなかった。
今、守りたいものがあるかと問われれば、あなたとの時間と答えるだろう。
あなたに出会って私の心は動きだした。
持て余す気持ちは手放したくないけれど、手放してしまいたい恐ろしさもはらんでいて。
それなのに手放せはしない。
そっと指を絡めるのはあの人の触れた革紐のしおり。
運命が神託で決められるなら私はどこに行くのだろう。
土と埃にまみれたあなたは慌てて井戸で身を清め白く輝くような司祭服に着替えた司祭様。
雑務を終え司祭様らしく戻ったあなたは柔和な笑顔。
「では、我らが神にお言葉をもらいましょう。きっと光ある声が聞こえるでしょう!」
父のように、母のように、差し出されるその手は使ってきた硬くざらつくものだった。
きっと、私はこの人に惹かれている。
「守りたいものはありますか」で始まり、「私はこの人に惹かれている」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字程度)でお願いします。
#書き出しと終わり
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