冬の感情
使用お題ふたつ
「こんなんじゃだめなんだ」
ダメなことだけがわかっていた。
さっきまで自分が歌っていた広場では別の誰かが歌ってる。
君の歌には肝心なものが足りてないんだよ。だからと言って足りぬままでいられるほどの技術もまた足りていないんだよ。
君はトップには届かない。
そう告げられた。
肝心なものってなんだろう。
人目を惹くだけの魅力?
酔わせるリズム?
ベンチに座って薄っぺらいハムサンドをかじる。
ひらりとしたものが視線を掠めた。
柄物のワンピース。ツバの広い帽子から流れ落ちる髪。
半分くらいに丸めた雑誌を見ながら歩いている。
「彼女、読み歩きは危ないよ」
腕を取られ歩みを止められた。
帽子の下、メガネごしに相手を盗み見る。
寒くないのかTシャツに薄っぺらくボロい作業服の上下。流行を取り入れているのかもしれないから一概に貧乏くさいとも言えない。
「ありがとうございます。気をつけますね」
ヒールを履いた私より少し高めの身長。食べてるんだろうかと思う細身。
目はふたつ鼻も口もひとつで平均的。ごく普通の少し高身長な男性。受け取る印象にしっかりしてる感じはない。
「急いでないなら、座って読んだら?」
なに読んでるのと興味深げに聞かれた。
あれ?
コレってナンパ?
「見つけたぞ!」
ウチの警備員の声が背後から聞こえた。ヤバい。
「追われてるんです……」
彼はぎゅっと表情を硬くし、私の手を引いた。
お?
「こっち。走れる?」
「はい」
背後からウチの警備員の「逃げるな」という声が聞こえてくる。追われたら逃げるよ?
追われなくても散歩には行くけどね。
ちょっとした逃走劇。
ああ。こういう時間って楽しいね。
先に体力が尽きたのは彼だった。
いつもと違う場所で彼の話を聞く。
彼は気にはなってるようだが、こちらの事情を聞いてこない。なら話をする必要はないだろう。彼の話で私は満足だ。
駆け出しの歌手。
足りない。だめだという言葉に縛られているんだろうか?
そういうことってあるよね。
その時って自分以上に苦しんでいる人なんていないように思えるんだ。
他人は何の苦労もしていないかのように感じるんだ。
確かに他人はしていない苦労で苦しみだけど、自分が手に負えない苦痛に上下はないんだよね。
完全に同調理解はしてあげられない。
「たまには遊ぼう」
歌うことも悩むことも忘れて楽しむことを優先することだって必要だから。
歌手としての君の才能は私は知らないからね。
それでも、君にとって歌うことは遊びじゃないだろう?
楽しい好きなことだからってすべて遊びと言うのなら人なんてすべて遊び人だからね。
仕事に対して辛いだけだと思うなら好きなことを生活の糧を得る主力に置くのはやめるべきだろう。
やめれない。やめようとしても捨てられない。考えることを捨てられないとつぶやくなら。
「それはそれでいいんじゃないのかな。私だって好きなことをして生きてるからね」
幸いにそれで生きていけるから。
「ありがとう」
私はなにも益のあることを言っていないのにね。
「じゃあ、遊ぼうか」
私は手を伸ばす。
君が笑う。
「なにをして?」
落とされた爆弾。
遊ぶってなにがあっただろうか?
またねと別れて数日。
どうして私は遊びのひとつも提案できなかったのか。
まぁ、いいんだと思う。
ここは私の研究室。
周囲すべてが研究対象。
鏡に映る私の姿はまだ若い。
「僕が全部壊そう」
そう言って泣いていたね。
とても君の研究は素晴らしかった。
君の研究はここで止まる。
それはイフの分岐点。
君が私を受け入れたことで世界は変わる。
私は帰れないだろう。
しかし、私はいずれ生まれる。
そしてこの体に宿る。
そんな自分の閉じた運命に思いを馳せていると、モニターに彼が映った。
可愛らしい少女と歩く姿は楽しげで満足そうに見えた。
通りすがり、たまたま交差した結果の逃走劇。非日常は日常じゃないから非日常として楽しめる。
私が苛立つ理由などありはしないはず……、これが……嫉妬?
素晴らしい。
そうか、私は彼に好意を寄せているのか。
そうか。
そうか。
素晴らしい。
コレが好意を寄せて生じる非生産的思考か!
素晴らしい。
非生産的だ!
ああ。
そこに思考容量を割けるほどに平和なのか、それとも、私にそんな存在が得ることがなかっただけなのか。
ふむ。
嫌悪だ。
私は彼女に嫌悪感を抱いている。
コレは無意味な攻撃思想だろう?
それなのに無駄で無意味と切り捨てることができないのだ。
ああ。なんたる無意味さの素晴らしさか。
さて悩むべきだろう。
彼に向ける私の好意の質が問題だろう。
ダメだ。
まとまりはしない。
まず、彼を確保することからはじめよう。
そう。
非生産的であるなら徹底して非生産的でもいいだろう。
外に出ているはずの君を探す。
保温性の高いコートにマフラー。
さすがに少し重いし、ちらつく雪で視界が悪い。
「見つけた!」
君の声は耳触りがいい。
「会いたかった」
「私もだ」
他の言葉が脳から抜け落ちた。
「たまには遊ぼう」「僕が全部壊そう」「こんなんじゃだめ」という3つの台詞を盛り込んで、冬のお話を創りましょう。
https://shindanmaker.com/616070
とにあのBL小説:主人公は時々女装する考古学者、うっかり者の歌手と出会い、当て馬イベントを経て最後はハッピーエンド
https://shindanmaker.com/252252
『私』は男女どちらでも良さげ。




