降臨祭
使用お題ひとつ
駅のホームで体を休めていたら和装の男女がチラホラ目につく。
「今日は降臨祭なんですよ」
隣に座っていた柔和な老女が不思議そうに眺めてると思ったのか教えてくれた。
「お祭りなんですか」
「お祭りですよ」
シンプルな答えに由来はわからないけれど、地元のお祭りらしいと納得する。
「お祭りにいらしたわけではないのねぇ」
おっとりと問われて頷く。
「酔ってしまって」
苦笑する僕に老女は心配そうな色を眼差しにのせる。
「いつものことですから」
心配をかわそうといつものように告げると困ったように息を吐かれた。
「辛いのは変わらないでしょう」
ほっそりと肉の落ちた指が僕の手の甲を軽くつついた。
「時間があるのなら気晴らしにお祭りを見てみてはどうかしら?」
案内するわと老女が笑う。
動くのは辛いかしらと添えられる。
予定はない。帰りの電車賃は足りているはず。
めまいも頭痛も治まり、もう一度電車に乗る気力が戻るのを待っている状況だ。
覗くくらいなら体力も使わないだろうし、気分も変わっていいかもしれない。
「迷うような道じゃないですよね?」
「もちろんですよ。時間だけはありますから駅まで連れて帰ってあげますよ」
老女の笑顔に心の奥がほっこりと温まる。
時刻表を調べてから改札を出る時に駅員さんが馴染みなのか老女に「おかえり」と声をかけている。
「お孫さんですか?」と聞かれて「お友だちですよ」と笑う老女。
ひっそりと探る眼差しを感じた。気がつかないふりで頭を下げる。
「お祭りですもの」
老女が朗らかに笑うと駅員さんも笑顔で「楽しんでらっしゃいませ」と送り出してくれた。
「気を悪くしちゃったかしら?」
「いいえ。おばあさんが心配だっただけでしょう」
いろんな詐欺の多い今、馴染みの老人に気をかけている良い人だと思う。
「ありがとうね」
嬉しげな笑顔が嬉しい。そしていきますよと手を引かれる。
まだ明るい駅前通りをまっすぐに進む。チラホラと屋台やガレージショップが目につく。
浴衣を着た小さな少女たちが金魚の入った袋を揺らして走っている。
「金魚さんがびっくりしちゃいますよ」と老女が注意して、少女たちはペロリと舌を出す。そのあとはそっと優しく歩いてるようだった。
べっこう飴のキラキラ、射的の賑やかさ。金平糖やどんぐり飴。鉄板の上で転がるフランクフルト。当たり率が疑問なくじ引き屋台。大きな音が聞こえたと思ってそちらを見れば焼き栗屋さんが大きな設備を回していた。
老女が僕を見上げて笑う。
「楽しいかしら?」
「はい」
招かれた民家の縁側は老女の自宅だろうか?
差し出されたゆのみには琥珀色の液体。
口をつけようとした時、外からばたばたと駆けてくる足音。
「キエちゃん。人をさがしてるのー」
白い髪、白い浴衣の女の子が駆け込んでくる。
「あらあらシロちゃんいらっしゃい」
近辺の人達からキエちゃんと呼ばれている老女が朗らかに笑う。
見知らぬ少女は琥珀色の瞳をきゅるんと見開いて僕を見る。その瞳に飼い猫だったハクロを思い出す。
子供の頃一緒にいた家族。
「ソヨちゃん!」
ぼふんと少女が飛びこんでくる。
「ソヨちゃん?」
老婆が不思議そうに首をかしげる。
見知らぬ少女に飛びつかれてゆのみが手から滑り落ちた。
「冬の青と書いて」
するりと自分の名の説明が口をつく。
「そう、それでソヨちゃんなのね」
「ソヨちゃんはダメなの! 他を選んでよ」
シロちゃんと呼ばれた少女は僕にしがみつきながら老婆に向かって威嚇する。
老婆が困ったように笑ってる。
「帰ろ」
にぱりと見知らぬ少女が笑う。
ゆすられて気分が悪い。
「病院帰りに別の病院に担ぎ込まれて搬送されるって何をしてるんだ?」
父さんによると駅のホームで意識を失った僕を駅員さんが気がついて対処してくれたらしい。
「お祭り? あのあたりであの日そんなことはなかったはずだぞ」
あの屋台は、まつり風景は熱が見せた幻だったんだろうか?
お題は「降臨祭」「駅のホーム」「体を休めて」です。
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