森の香り
使用お題ひとつ
森の香りが教室から漂ってくる。
それは小さな灯り。
ぎしり
木製の床板がぎこちない軋み音をたてる。
からりと教室を覗き込む。
細かいものは見えないが、ものの輪郭は判別できる視界。教室の奥ではカーテンが揺らいでいる。
世界にはなにもないかのような静寂に支配されている。聞こえるのは自身が立てる足音と少し勢いのいい鼓動だけが響いてくる。
「ばぁ!」
唐突に大きく明るい少女の声が薄暗い教室に響く。
破られた静寂に足から力が抜け、それまでにない大きな音が続いて響いた。
「っひっ……うっく、あっ」
甲高めの声が整わない呼吸をこぼす。
間をおかず、響くのは少女たちの笑い声。
「やだぁ、そんなに怖かったのー?」
「意外と弱虫ねー」
少女たちの声に仕方なさそうな少年の声がまじる。
「おい、大丈夫か?」
「……っあ、ああ。コータか?」
驚かされた少年が手を伸ばしてくる少年をおどおどと見上げて問う。
「ああ。あたり前だろう?」
にっと笑う欠けっ歯が尻餅をついている少年の目にうつる。
差し伸べられた手を取ることなく少年は立ち上がり、ズボンを払いながら周囲を見回す。
机や椅子は教室の後ろに追いやられて広い空間になっている。
教卓にポツンと牛乳瓶から煙が立ち昇っている。
「ねぇ」
少女の声に少年はびくりと肩を震わせた。
そんな少年に少女たちはクスクスと笑いをこぼす。
「……ねぇ」
「……なんだよ。カヤコ」
再びかけられた声に少年はこくんと唾を飲み込んでから応える。
「どうして遅れたの?」
ひゅうとつめたい風が吹いていく。
灯りが消えた。
「そうだよ。なんで来なかったんだよ」
「カヤコ、コータ。雨が、雨が降ってたんだ」
少年は必死に言葉を綴る。
「でも、カヤコもコータもちゃぁんと来たわ」
カヤコの後ろから少女の声。
「肝だめししようって約束だしな」
コータの声。
「楽しみだったのよ」
カヤコの声。
かちかちと音が聞こえる。
少年の口からだった。
「やめてくれ!」
教室を静寂が支配する一瞬。
そして、子供たちの笑い声が教室中に響き渡る。
沼の中央に朽ちた鳥居と社がある。
数年前に豪雨で崩れて出来た沼に誰も参れない社がある。
「カヤコちゃん、コータ」
沼の底には古い学校が沈んでいる。
あの日、肝だめししようって約束していた。
社が見える少しひらけたそこには折れた線香の残骸やライターが落ちている。
細い竹筒に線香を供える。
あの日、抜け出しそびれた私は学校に行くことができなかった。
他の友人達もそうだった。
誰が思うだろう。
急な雨で学校が沈んでしまうなんて。
避難して戻った時、誰も肝だめしの話はしなかった。
カヤコちゃんとコータが行方不明になった。そうと数年後に知ってからはなおのこと口に出せなくなった。
罪悪感は募り続けた。
当時の同窓会とかは話にのぼることもない。
ただ、時おり、母が告げるのだ。
「あの頃仲の良かったあの子も行方不明になったんですって心配よねぇ」
肝だめしの約束をしていた仲間が消えていく。
「すまなかった」
謝罪しつつ、なにに謝っているのかもわからない。
確かに誠実ではなかった。
見つかって止められた時に肝だめしで学校に行く約束をしていると伝えていれば、もしかしたらカヤコちゃんとコータだって生きていたかも知れない。
自分以外が告げると人任せにしたから。
思い詰めはじめればキリがない。
「うふふ。遅刻しても来てくれたのね」
少女の声に顔を上げれば、沼の中央にぽつんと灯りが揺らめいている。
「さぁ。カヤコちゃんとコータくんが待ってるわ」
怖いお話お題は
『沼』
『学校』
『線香』
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