クラントフルム・オフライン
十三の影が戦場を駆け回る。
俺はその姿を、陰から息を殺して眺めていた。
──まだだ。
俺は額に流れる冷や汗を無視して震える手を抑え込む。
銃声が遠くから響きわたり、怒号と悲鳴とが混ざり合って不協和音を奏でていた。
俺は焦りを殺し、千載一遇のその好機を逃さぬようにと全神経を張り巡らせる。
少し、待ち。
やがて。
俺の潜むその場所の前を、一つの人影が通り過ぎた。
──ここだ。
俺はあらん限りの速度で敵の背後に躍り出ると、その首筋へと剣閃を走らせ──!!
☆
「だぁぁぁ!! また負けたー!!!」
俺はコントローラーをその場に投げだした。
画面に映る、《Defeat》の文字。同時に、ピコンという軽快な音とともに怒涛の勢いで暴言メッセージのポップアップが無数に表示される。
大半が簡潔に、『荒らしピックやめろ』とか『お前のせいで負けた』とかそんな感じだ。
俺は億劫になりつつもコントローラーを再び手に取り、その一つ一つの内容を吟味する作業に映った。
【クラントフルム】。
100%が造語で形成された、それがこのFPSオンラインゲームの名前だ。
どういう意味かを知っている人はいない。なにしろ作内ストーリーに組み込まれているでもなく、特定のキャラクターの過去に関係するわけでもないらしいそれを知る術は一切ないのだから。
はっきりと言うと、世間一般的にはこのゲームは糞ゲーに分類される。サービス開始から明日で一年。始まる前からやたらと宣伝広告を打ちまくられていて、鳴り物入りで始まった割には今のアクティブユーザーはあまりに少ない。
試合が始まる前にキャラクターを選んで操作するタイプのゲームなのだがそのキャラクターバランスが余りにも悪いだとか、チュートリアルが不親切だとか、UIがクソだとか悪いところを挙げれば枚挙に暇がないのは確かで、極め付けは運営がそれらに何の声明も出さず対策も打たなかったことで、多くのプレイヤーの心は冷え切り、黙ってゲームを去っていった。
そんな逆境の中でも大成はしないまでも、知る人ぞ知る中堅ゲームの地位を築いて一年間不動のものにしたゲームとしての“面白さ”に惹かれ、今日もまたプレイヤー達はマッチングに潜っているのだった。俺も勿論、その一人だ。
マッチングを開始すると数分で迫力満点のSEが鳴り響き、炎のエフェクトと共にキャラクター選択画面に移る。
俺は迷わず[アタッカー]に分類されるその男、雷虎を選択する。両手に持つ長短二種類の刀。黒い長髪は後ろで一つに括られ、渋いおっさん顔とこれ以上なく合っている。いつ見ても神がかったデザインだと思う。
選択した瞬間に飛んでくるせっかちさん達のファンメールにも慣れたもので、いっそのこと風流とさえ感じる。チラッと見える件名だけにも『トロールピック』とか書いてあるが、俺の心は露ほどもゆり動かない。
──まぁまぁ、慌てなさんな。
──ここらで一つ、本物の雷虎使いって奴の実力を見せてやろうじゃあないか!
俺はコントローラーを手に取ると、一人不敵に笑い──!!
☆
「ま、また負けたぁぁ!!!!」
ほんの十数分後。涙目で再びコントローラーを投げていた。
安定のファンメ連打から目を背けつつ、俺は側のベットに身を投げる。
そう。
察しのいい方はお分かりだろうが。俺が好んで使っているこの雷虎というキャラクター、とてつもなく弱いのである。
まずFPSゲームだと言っているのに主兵装が刀で、飛び道具は一切ない。
キャラクターに二つずつ設定されているアビリティは近づいてから確実に殺す為のもので当たればどんなキャラが相手であろうと必殺の一撃ではあるのだが、前提として近づけないのだからまるで意味がない。
更にはこのゲーム、1マッチはBO3の形式になっているのだが、死んだら次のラウンドまで蘇生できないときている。
一般にこの類の火力全振りロマン砲キャラは何度か特攻して一度戦端を拓く事が出来れば御の字なのだが、このゲームの場合チャンスは1ラウンド一回。1マッチ三回ときている。成功確率はお察しだ。成功したとしても一人殺すのが関の山で、効率が1:1では役に立ったとは言えない。
銃撃戦にも参加できない雷虎はその特攻で一人もキルできなければ文字通りのお荷物。7vs7のマッチはいとも簡単に6vs7に変わってしまうわけで。
雷虎の刀は血を吸うことは殆どなく代わりにその死体が戦場に山と重なる結果になるのは自明だった。
そんな状況で、尚も雷虎というダメキャラを使い続ける理由は偏に好きだからだった。
ビジュアルはカッコいいし、何よりやっとの事で敵をキルできた時のカタルシスは──その後すぐに死んでしまうとしても──俺を虜にするに十分だった。
もっともそんな物好きな手合いは他にはいなかったようで俺はサービス開始から一年間、マッチングで自分以外の雷虎使いに会ったことはないんだが、それも何か俺に独占欲に似た執着心を植え付けるのに一役買っていたと思う。
勝てなくて。周りに迷惑かけ倒して。言語すら違う様々な罵倒の矛先を向けられ。掲示板で晒されてブラックリストに自分のIDが載りまくっても、俺が雷虎を使うのは何にも止められなかった。
俺が敗戦の衝撃から立ち直り、尚も懲りずにベッドを降りゲーム機に向き直ると、狙ったかのようなタイミングでピコン、と一通のメールが届いた。
初めは何時ものファンメールかと思ったのだが、様子がおかしい。
件名がおめでとうございます、なのだ。それだけなら過去に『件名:おめでとうございます!! 本文:貴方は無事このチームを敗北へと導く事が出来ました!! 目的達成ですね!!! 二度とゲームすんなボケ』みたいなのも貰った事はあるのだが……
そう、違和感だ。
狙ったかのようなタイミングで、こんなタイトルで。ふと見てみれば送り主は聞いた事もない、恐らくはマッチを共にした事もないアカウントで。
小さな違和感が積み重なりそれは確かな異物感となって、俺の心にしこりを残した。
これに関わっては、いけない気がする。
俺は即座にゲームの電源を落とし、気持ちを切り替えるように居間へと何か食べに行った。
──全ては始まってしまっていたのだが。
☆
次の日は休日だった。俺は映画を観に都心部に足を伸ばしていた。
交通費もバカにならず今月のお小遣いはこれであと少しになってしまうがまぁ構わない。生活の大半は学校で占められているし、金がなくて困ることなどそうそうないのだから。
今日見る映画はアメリカで人気を博したヒーローモノ。最初に本国で放映されて二ヶ月、さんざん公開を待たれていたが中々来なかったそれのチケットをとるのは大変で、その苦労を思えば気持ちは否応にも昂ぶってしまう。
上機嫌にスクランブル交差点を渡る。
昨日の事など、俺はすっかり忘れてしまっていた。
警報。
全てを押しのける存在感で耳を劈くそれは、まぎれもない警報だった。
あろうことか、俺のポケットから鳴り響いている。其処にはスマートフォンが入っていた。
周りからの奇異の視線を感じながら、慌ててスマートフォンを取り出して原因を探ろうとすると、また。狙ったようなタイミングで一通のメールが届いた。
一瞬の躊躇いの後、それを開く。
『件名:警告』
『本文:半径300m以内に《参加者》の反応を検知。戦闘が開始されます。注意してください』
警報が、鳴り止んだ。
「な……んだったんだ? 今の……」
そして。いつの間にか。
周りに誰も居なくなっていた。
「──え?」
不意に訪れた静謐。
混乱。する間もなく。
目の前に、一つの影が立つ。
こればかりは見間違える訳もない。
それは、雷虎だった。
「──お前を認める。霧切 刀也」
その、ゲーム内の彼そのままの声で語りかけられ。俺はいよいよ困惑を抑えきれなかった。
「お前……な、なんなんだ?」
聞き返すも、その姿は瞬きの間に陽炎のように立ち消えてしまう。
だが、聞こえたわけではなく。頭の中に残響のように声が残った。
『直ぐに解る。選択を謝らぬ事だ』
次の瞬間。俺が認識したものは、両手にかかる無骨な重さだった。




