黒猫クロと魔術師の旅
とある王国の辺境にある、山に囲まれたのどかな村。そこでは夜になると酒場に人が沢山集まる。それも王都にある酒場と大差のないほどに。顎鬚を生やした巨躯な男から、お淑やかな女性まで。酒は飲めないものの、子供が遊びに来たりもする。
そんな住民の仲の良さが伺える酒場だが、今日はいつも以上に人だかりができていた。
「やっぱり本物だ!」
「はるばるこんな辺境の村まで来ていただけるなんて!」
酒場中から歓喜の声が上がる中。騒ぎの中心となっている青年が、やけに上機嫌になっている店主に声をかけた。
「随分と繁盛しているみたいですね」
「いやぁ本当ですよ!この村に住んでる人達は皆、いつもここにきて酒を飲んで騒いでるんですがね?まさかあの有名な魔術師であるリオンさんが来るとは思ってなかったもんで、直ぐに噂は村中に広まってこの騒ぎですよ。あぁ、こんなに儲かるとは思ってなかったですなぁ!」
「……そんなに言われると流石に照れるな」
店主の言葉と周りの客からの好意になんだか照れくさくなって、リオンと呼ばれた青年はうっすらと頬を赤くしながら俯いた。
実際のところ、リオンの名前は相当有名になっていた。曰く、その魔術師は世界各地に存在する魔導書を回収するために、1匹の黒猫とともに世界中を旅している、と。そんな彼が何故、名を世界中に知らしめているのか。理由はいくつかある。魔術師としての腕が優れていること。数多の魔導書を回収したという実績。そして何より。
『リオンが有名になったのは、ミーのおかげだと思うの』
カウンターの上で優雅に背伸びしている黒猫のクロの存在が、彼の名を知らしめた理由の一つと言えるだろう。猫でありながら人間の言葉を理解し、声を発することが出来るのだ。
「言葉を喋る猫、ってだけでインパクト強いもんな」
『いずれミーの名を世界に知らしめるの』
「え、それが目的で旅してたのか?」
『あくまで有名になることはただの通過点……って、ミーの体を撫でるな!ミーは遊びに来たのじゃなくて、失った記憶の手がかりを探しに来たの!』
他愛のない会話をしつつゴロゴロと転がっていたところを、好奇心旺盛な子供たちに撫でられまくってクロがたまらず猫パンチを披露した。すると、クロの言葉を聞いて住民のひとりが疑問の意を口にした。
「失った記憶、といいますと?」
『ミーは元々人間なの。といっても覚えているのはクロという名前と、人間だったということだけ。記憶がなくて自分が何者なのかが分からない。そんな状況だったからこの男と旅することを決めたの』
人間!?と村人達が口を揃えて驚愕の声を上げる。
人間が猫になる、なんて話を聞いて驚かない方が難しいだろう。
「あまりに手がかりがないから、魔導書回収のついでにクロについて聞き込みをしたりしてたんだけど……あ、そういえば」
事の経緯を軽く説明したところで当初の目的を思い出したリオンは、隣の席で酒を飲んでいたおじさんに会話を切り出した。
「王都の方で噂を聞いてきたんだ。なんでも、何者かが畑を荒らしているとか」
「ん?おぉ、兄ちゃんがきて興奮してたせいですっかり忘れてたわい。そうなんじゃよ、いつ頃からだったかのう」
おじさんは酒を豪快に飲みながら語る。
「霧の深い時の事じゃった。わしは毎朝畑の様子を見に行くんじゃが、その日は何かが畑を荒らしている所に出くわしてのう。狸か何かかと思うたが……」
話が続く中。リオンを挟んで反対側に座っていた女性が身を乗り出すようにして話に割り込んでくる。
「人間が荒らしてたのよ、人間が!」
「人間が?それは要するに賊に襲われたってことか?」
リオンは微かに眉を細めた。この村に来る前に王都で情報を仕入れてきた彼だったが、賊が現れたという噂は聞かなかったからだ。辺境の村だから王都の方にまで情報が来てなかった、という可能性は低い。何故なら王都には腕に自信のある情報屋がいるからだ。
「追い払おうとクワで攻撃したら、土になって崩れたんだ!ビックリして腰が抜けるかと思ったぜ」
再び別の場所から声が上がった。子供たちと代わってクロと戯れていた長身の男だ。クロを無理やり抱っこしたまま、満足げにリオンの元までやって来る。
「ありゃあ魔術の類なんじゃねぇかと俺は思うな。俺たちの手じゃどうしようもできないから、どうしようかと思ってたんだ」
なるほど、と呟き、疲れた様子のクロをリオンが男の手から受け取る。尻尾をだらしなくぶら下げたクロは、話だけはきちんと聞いていたようで。耳をピクピクと動かしていた。
『怪しいの。どうするのリオン。調査してみるの?』
「あぁ。魔導書が絡んでそうな匂いがするし、野放しにされた魔導書は危険だ。速やかに回収しよう」
今後の方針は決まったようだった。調査、という言葉を聞いて村の住民達が何か言いたげな様子をみせるが、代表として酒場の店主がこう締め括った。
「でしたら、この村でしばらく休んでってくださいな!」
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リオン達が村へ滞在して3日がたった。彼らは酒場での一件の後、村で1番大きな民家で寝泊まりさせてもらっていた。村中の畑を襲う謎の生き物。その調査をするために。
「さて、それじゃあまとめるぞ」
時は昼下がり。窓から差し込む光が机の上に広げられた地図を照らした。この3日間でリオンが作った、村を中心とした簡易的な地図だ。
『人の形をしてたけど、意思はあるようには見えなかったの。まるで傀儡みたいだったの』
「あぁ。恐らく、どこかに放置された魔導書が暴走した結果生み出されたんだろう」
魔導書というものは、記した本人がきちんと本に封印をかけておかなければ暴走を起こしてしまう恐れがある。今回の騒動は封印をかけられていない魔導書が原因だと彼らは結論づけた。
「さて、それじゃあ場所の確認だ。あの傀儡達が村に来る時に通ったルートを辿ると……ここにつく」
村から始まり、南東にある山岳地帯までリオンがゆっくりと指をなぞると、それを追うように地図の上をクロがテクテクと追いかけていった。
『村の人たち曰く、封印の洞窟と呼ばれてるらしいの』
「名前からして気になるよな。古の魔人とかが封印されてるとしたらなかなかにロマンがあるとは思わないか?」
『ロマンという言葉ほど理解出来ないものはないの。そんなことより、早く封印の洞窟に向かうの!』
楽しげに会話をする二人だったが、やけにクロがソワソワしているためリオンが微かに首をかしげた。
「ん?いつにも増してやる気を増しているけど。……わかるぜ、古の魔人と聞いて興味が出ない方がおかしいんだ」
『それなら別にミーはおかしい猫でいいの。それより……』
長い尻尾を2度3度と横に振りながらクロは続ける。
『一度偵察ついでに入口まで行ったでしょ?その時、何だか懐かしい感じがしたの。まるで、一度訪れたことがあるような』
時は変わり太陽が沈みゆく頃、リオン達は住民達と別れを告げて、山岳地帯にひっそり存在する封印の洞窟までやって来た。道は整備されていないようだ。道無き道を進んだからか、リオンの顔に疲労の色が浮かんでいた。
『やっぱりどこか懐かしく感じるの。実はこの洞窟の奥で暮らしていたり?』
「こんな薄暗いところで暮らしてたってのか?にわかには信じられないけど……可能性としては十分あるかもな」
半信半疑な様子で返事をし、早速洞窟の中へと向かっていく。薄暗い中を壁伝い進んでいくリオン達はしばらく進むと広々とした空間へとたどり着いた。静寂に包まれているため靴の音が反響する。
しばらく辺りを見回したところで、早速リオンはあるものを見つけた。
「案外あっさり見つかったな。魔導書があったのは封印の洞窟、ってのは間違いなかったようだ」
床にポツンと置かれた一冊の本。それこそが彼らの探していた魔導書だった。畑を荒らしていた傀儡達に会うようなことも無くあっさり見つけたためか、リオンは思わず拍子抜けしているようだった。
『ここで魔術の研究をしてたってことで間違いないみたいなの。で、結局なんの魔術だったの?』
魔導書を手に取ったリオンに、クロが中身を確認するよう促す。すると、
「……人体錬成、だとさ。なんたってそんなもんを……」
リオンが浮かない顔になるがそれも無理はなかった。なんせ、人体錬成とは魔術の禁忌。もし誰かに知られようものなら、即刻逮捕されるような魔術なのだから。
『にゃーるほど。人体錬成の魔術が暴走した結果、人間ではなく傀儡達が生まれて村の畑を荒らしてたって言う事なの。まぁ、村人が襲われなくてよかったの……って、リオン?一体どうしたの?』
真実が判明し、納得のいった様子のクロに対してリオンは未だに暗い表情のままだった。流石に心配になったクロはリオンの肩にぴょんと飛び乗り、彼が読みふけている魔導書をのぞき込んだ。そこに書かれていた内容を見て、目の色が変わる。
「破滅の魔術師によってこの地に封印されし少女クロの救出」
クロが肩に乗ったことにすら気づかず、リオンは魔導書に記された文を読み続ける。
「人体錬成の魔術を用いてクロの魂を移すための仮の体を作りだした。しかし封印の力がとてつもなく強く、作戦は失敗した」
それは、この魔導書を書いたであろう、見知らぬ誰かの記録。
「魂の移動は不完全に終わった。もしかすると、別の『何か』に移ったのかもしれない……って、これは……」
クロの失った記憶に繋がる記録が、そこには記されていた。




