コールド・スリープ
8月20日。
なんでもない、学生は夏休み真っ只中の1日。
遊び盛りの学生たちは街の中で思い思いの休暇を送っている。
そんな日の午前、11時55分。
――――――――――
――あと5分、か。
神野コウはベッドに転がって、12時を待つ。
最後の最後まで遊んでいようとしていた頃もあったと思うと、少し懐かしい。
プールで遊んでいて、12時を迎えた。友達とはしゃいでいて、12時を迎えた。偶然出来た恋人と過ごしていて、12時を迎えた。
けれど、その一瞬で全ては終わった、終わってきた。
ここはそういう世界だから、仕方のないことなのだけれど。
デジタル時計が変わらぬ速度で数字の表示を変えてゆく。ぼーっとしていれば、もう59分だ。
57。やり残したことはなかっただろうか。
58。そうだ、今回はチョコミントアイスを食べていなかった気がする。
59。まあいいか――次やればいいのだし。
PM 00:00。
世界は、初期化される。
――――――――――
7月20日。
コウは教室の窓際にある自分の席に座って、ぼうっと窓の外を見ていた。時は昼休みである。
いつもこの日は、雲一つない晴天。
ふと、教室の喧騒に目を向ける。
人々の関係性は変わらない。誰と誰が友達で、誰がカップルで……。けれど、彼らがどこへ遊びに行くのかも、彼女らが破局するのかどうかも、それはコウにはわからないことだ。
何度夏を繰り返しても、コウは特に何も感じなかった。
いつからかは覚えていないけれど、気付いた時には、この世界は延々と夏を繰り返していた。
繰り返す夏に気付いているのはコウだけらしく、誰しもが初めての夏を楽しんでいる。
夏休みを前に浮足立つクラスメイト達と、それを傍観するコウ。友人がいないわけではない。いつからか人間観察が趣味になっていただけだ。
前回や前々回の行動とは違う行動を取る友人たちがなんだか興味深くて、コウはいつものようにクラスメイトを眺めていた。
何度も何度も繰り返される日々。最初はどんな想いでこの世界を生きていたのだったかは最早定かではない。
――今日はどうしようかなあ。
そんなことを考えながら、コウは立ち上がった。ひとまず昼食を取るためである。
「よう、昼飯かい?」
声がかけられた。それは友人である回星ライトによるものだ。
「今日は学食にしようかと思ってね」
「いいねぇ、俺も行こうかな。まだ食ったことないメニューにしようぜ」
「うん、いい考えだね」
コウはずいぶん前に全てのメニューを制覇したのだが、それは言わぬが花というものだろう。
「行こうぜ」
「うん」
2人は教室を後にした。
――――――――――
変わらぬ日常。人間関係はさておき、授業は変わらないものだった。無論、学期末試験もだ。
とは言え、ここがそういう世界だということも重々承知している。違和感を覚えることはない。
――帰ってアニメでも見るかな。
人間観察が趣味であるコウではあるが、四六時中見ていたいというわけでもない。アニメやドラマに漫画など、とにかく他の娯楽にも事欠かない。
――新しくプラモデルでも作ってみるのもいいかも。他の街へ買いにいかないとだなー。
そこまで考えて、思考を一瞬止めた。他の街へ出てみようだなんて考えを自分が持ったことが不思議だった。
そうだ、何故今まで考えなかったのだろう。どうせループするのだから、日本中を旅してしまってもいいのかもしれない。
とりあえず、隣駅にでも行ってみるとしようと、コウは駅へ進路を取った。
夕暮れの街並みを歩き、切符を買って電車に乗り込む。
やがて動き出した電車から流れる街並みを眺め、コウはこんな景色を見たのはいつぶりだろうと感動した。
しかし、すぐに窓の外は暗闇に覆われた。
――こんなところにトンネルなんかあったっけ……?
瞬間。
『やーっと気付いた!』
そんな声がどこからともなく響いて、コウは周囲を慌てて見渡す。しかし声の主らしき存在は見受けられない。
しばらくして闇を抜け、電車は駅に停まる。
停まった駅は、コウが出立したはずの駅であった。
「な……え?」
そんな馬鹿な、確かにこの駅から乗ったはずなのに。
何食わぬ顔で自分の地元に降り立つ周囲の人々。さっきコウの前に座っていた人も、やっと着いたかと言わんばかりの表情で改札を抜けていった。
――と、とりあえず駅員さんに……!
信じてもらえるかどうかわからないが、とりあえずなにかあったのか聞いてみないとコウの気が済まなかった。
しかし。
「いない……」
どこにも駅員さんがいない。それどころか、いつの間にか周囲に人の気配がしなくなっていた。
筆舌に尽くしがたい不安がコウを襲った。ここに居てはいけない、そんな気がした。
不安を拭い去るように走った。走っていれば誰かには会うだろうと。
すれ違った友人に「なに急いでんだ?」なんて話し掛けられて、いやあさっき変なことがあったんだ、なんて少し怖い話を披露してやったりなんかして。
けれども、街には誰一人いなくなっていた。
オレンジに照らされる無人の街に、たった一人で取り残されている。
「な、んで……?」
こんなことは初めてだった。今までこの繰り返す世界のことを受け入れてきたのに、それでも。
8月20日になればきっとまた繰り返すだろう。きっと元通りになる。
けれど、1ヶ月孤独なままでいなければならないのか。そう考えると、コウの震えが止まらなくなった。
誰か、誰かいないのか。
走り回って枯れた喉からは、そんな声さえも出なかった。
それでも、コウは走り続ける。
――――――――――
「はっ……はっ……」
力尽きて、コウはコンビニの駐車場に座り込んだ。レジに代金を置いて拝借した水を思い切りあおる。
「――っぷは!」
ここまで、本当に誰とも会わなかった。本当にどうなってしまったのだろう、とコウは頭を悩ませる。
息を整えて、スマホを取り出してみる。
「そうだ……」
友人に電話をしてみればいいじゃないか、と思い至り、ライトに電話を掛ける。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』
しかし、繋がらない。どの番号にかけても同じ機械音声が返ってくるのみだった。
とにかく、家に帰ってみよう。
コウはそう思い、とぼとぼ歩き出した。
――――――――――
コウの足は、自宅のアパートの前で止まった。
その視線の先に、一人の少女がいた。タンクトップにショートパンツという出で立ち。
どうも自分の住むアパートを眺めているようだ。
だがコウは人がいるという事実に嬉しくなって、驚かせないように足音をわざと大きく立てながら少女に近付いた。
すると、少女もまたコウに気付いたらしく、コウの方を向く。
勝ち気な瞳に小麦色の肌、髪はショートカットで活発そうな印象を抱いた。
「やっ、キミがここの主かい?」
唐突に、少女はそんなことを言った。
コウは頭を捻る。自分はアパートの大家というわけではないし……自分の部屋を指して言っているのであればその通りなのだが。
「何が何だかわからない、って顔してるね」
「そりゃそうだよ。君以外の人がいなくなっちゃったんだから」
しかし……コウはこの少女に見覚えがなかった。だいたいの街の人物は覚えたと思っていたのだが。
「ボクはウツツ。キミを夢から覚ましに来たんだ」
「……夢?」
「そう、ここは夢の中。キミが見たいと願ったであろう夢の、ね」
コウは顔をしかめる。
「これが夢だって? そんなわけないじゃないか」
「あるんだよね、それが。説明するより見てもらったほうがいいか。この機を逃すわけにはいかないから、ちょっと強硬手段になっちゃうけど……ごめんね?」
そう言って、ウツツと名乗った少女は真っ白な拳銃のようなものをどこからともなく取り出した。
それを、コウの住むアパートに向ける。
「ちょ、ちょっと! 何するんだよ!」
「夢の核を壊すのさ。そうすれば……ここは白昼夢になる」
ウツツが引き金を引く。甲高い音が鳴ったかと思うと、アパートは……ガラスで出来ていたかのように、砕け散った。
「うっ!?」
コウは突然、違和感に見舞われた。その場にうずくまる。
冷や汗が止まらない、今まで常識だと思っていたものが、変わってゆく。
「待て……ここは、なんだ……!?」
「言ったろ、ここは夢の中。ボクたちの本当の身体は眠ったままさ」
やがて違和感は消える。なんだか、不思議な気分だった。まるで起きてすぐに、見ていた夢を思い出しているときのような。
「ボクらはなんらかの理由で眠らされている……そして、人々はそれぞれの夢の中に閉じ込められたのさ」
「……一体全体、何が何やら……」
「まだわからなくてもいいさ。ここがキミの夢だってことと、こんな夢を見ている人が他に沢山いるってことさえわかっていれば充分」
夕空が、音もなく砕ける。ボロボロと、世界は崩れたジグソーパズルのように虚空へ消えてゆく。
崩壊する世界の中、ウツツはコウに手を差し出す。
「おはよう、少年。今からみんなを叩き起こしに行こうじゃないか!」
迷わずコウはその手を握り返すことにした。自分になにが起きていたのかを知るために。世界のことを知るために。
これは、人類が目覚めるまでの夢物語。




