■8話 タメック草でつくる干し肉とチーズ入り極上パン(8)
結局、おばあちゃんは警備兵に突き出した。
「記憶を消すこともできる。そうすればこのまま普通に暮らすこともできるだろう。どうする?」
フェリオスはおばあちゃんにそう提案した。
「息子夫婦やスカーレットのことも忘れちまうんなら、大人しく牢屋に入るよ……」
それがおばあちゃんの答えだった。
スカーレットはこれから一人になってしまう。
彼女は「私にはお店がありますから、なんとでもやっていけますよ」と言っていた。
かわいそうだがよくある話だ。
オレは街道の向こうに小さく見える街の入口を振り返る。
この近くにきたら、タメックパンを食べに寄ろう。
「人間の勇者というのは、思ったより非常なのだな」
となりを歩くフェリオスがそんなことを言った。
「なんでだ? おばあちゃんを見逃してくれって頼むとでも思ったか?」
「まあな」
「せっかく魔王を倒してもそれじゃあ意味がないだろ」
「どういう意味だ?」
「オレが戦ったのは、魔王を倒すためじゃない。世界を少しでも平和にするためってことだ」
「なるほどな……伊達に歳をとっているわけではなさそうだ」
「歳のことは言うなよ! 若いイケメンだからってよう!」
「くっくっく」
何を気に入ったのか知らないが、フェリオスは楽しげに笑った。
「ではアフターサービスといくか」
「んあ? もしかして、フードの女の居場所を知ってるのか?」
「なぜ我が老婆の家に像があるとわかったと思うのだ」
「そういやなんでだ?」
「はぁ……貴様は我を驚かせるほどの魔力を持ちながらなぜそうも扱いが雑なのだ。あれだけ魔力がダダ漏れになっていれば気づくであろう」
「いやあ、はっはっは」
細かい魔力操作は苦手でね。
魔王軍を蹴散らしていくには、とにかく出力を上げていくのが最優先だったんだからしょうがないだろ。
「ん? もしかして、初めて食堂に入った時から気づいてたってことか?」
そういえば、厨房の方をじっと見ていたな。
「もちろんだ。名探偵みたいだろう?」
よくわからない単語を持ち出してドヤ顔のフェリオスである。
「なんだその『名探偵』というのは?」
「魔界で人気のある娯楽書物だ。貴様も少しは本を読んだ方がよいのではないか?」
高価な書物を娯楽に……?
魔族ってのはよくわからんな。
「それはともかく、気づいてたんなら言えよ!」
「なぜだ?」
「なぜってそりゃ……」
たしかにフェリオスからすれば、いちいち指摘する理由はないな。
こいつ、だからタメックパンをやたらと急がせてたのか。
おばあちゃんが捕まってしまったら食べられなくなるから。
「ふん……ではやるか。像を出せ」
オレはズタ袋に入れていた7つの像を地面に出した。
1つは証拠品として警備兵に渡したが、残り7つは隠しておいたのだ。
こんな危ないものをいくつも国に渡すわけにはいかないからだ。
フェリオスはそれに手をかざし、魔法陣を展開した。
すると、全ての像がぼろぼろと崩れ、中から鈍く赤い光を放つ魔石が現れる。
やがて魔石もフェリオスの魔法陣に反応し、灰色となって崩れ去った。
その際、小さな魔力の糸がふわりとどこかへ飛んでいった。
「全部壊しちまってどうするつもりなんだ?」
「まあ待て、すぐだ。今頃自分の魔道具が壊されたと知って……そらきた」
フェリオスが虚空に目をやると、そこの空間に歪ができた。
歪の中から、やたらと露出度の高いボンテージファッションの女が現れた。
腰まで伸ばした黒い髪が不自然にふわふわと浮いており、耳の上からは小さな角が2本生えている。
魔族!
「あらぁ? 私の邪魔をしたのはあなたたちぃ?」
セクシーなお姉さんが、長く伸びた爪をぺろりと舐め、妖艶な瞳を向けてくる。
こいつが魔王像をバラまいていた黒幕か。
「悪い子達にはおしおきねえ!」
お姉さんはその爪を1メートル以上の長さに伸ばし、とびかかってきた。
問答無用かよ!
お姉さんの爪がオレの鼻先をかすめるように振り下ろされる。
いや、マズい!
オレは大きく横にステップし、爪を避けた。
空を切ったはずの爪は、その先数メートルにわたって地面に鋭いひっかき傷を作った。
爪から魔力か何かを出している!?
「あらあ、初見で避けるなんてやるじゃなくっ――!?」
無駄口を叩こうとしたお姉さんに、腰にさしていた剣を居合で斬りつける。
お姉さんはそれをすんでのところで爪で受け止めた。
剣と爪の間に魔力で作られた不自然な隙間がある。
「やるわねえ。でもこの爪はどんな魔剣や魔術でも決して折れないわよお」
あの爪、ただものじゃなさそうだ。
そこらの冒険者じゃ敵わないだろう。
だがこれでも勇者の称号を任せられた身なんでね。
「はあああああ!」
オレが気合を入れると、剣の刀身が真っ白に輝き出した。
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