■7話 タメック草でつくる干し肉とチーズ入り極上パン(7)
スカーレットの宿に戻ると、ちょうどタメックパンが焼き上がったところだった。
「外はパリっと、中はもっちり。程よく舌を刺激し、鼻を抜ける香辛料の香りがたまらんな。これが食欲をそそるというものか。最初にガーリックの風味が程よく感じられ、その後に様々な香辛料が奏でたハーモニーが口いっぱいに広がり、この最後にふんわりとした柔らかい刺激がタメックか……。たしかにこれなしでは味は相当落ちるであろうな。中にしこまれた干し肉が歯ごたえにアクセントを与え、チーズのまろやかさが香辛料とのハーモニーを奏でておる。しかも焼き立てのパンのなんと美味いことか。ここでしか食すことはできまい。うむ、満足だ!」
この魔王、美味いものを食ったことがないと言っていたくせに、食レポ上手いな!
タメックパンがフェリオスの胃袋に次々吸い込まれていく。上品な仕草ながらもその手は止まるそぶりを全く見せない。
美味そうにタメックパンを貪り食うフェリオスを見て、スカーレットとおばあちゃんが微笑んでいる。
「それだけに残念であるな……」
「ん? 何か不満があったか?」
オレの問にフェリオスは無言で立ち上がり、厨房の奥へとずかずか入っていく。
「ちょ、ちょっとどこに行くんだい」
おばあちゃんが慌ててそれに着いていく。
オレとスカーレットも顔を見合わせて続いた。
フェリオスはキッチンの床下収納の扉を持ち上げる。
中には食堂で出すための食材が入っている。
これ自体は珍しいことではない。
さらにフェリオスは、つまっていた野菜を魔力で空中に持ち上げ、床にどさりと置いた。
「ちょっと! 何をするんだい!」
おばあちゃんが慌て、フェリオスの腕にしがみつく。
そりゃ、自分の厨房を荒らされればそうもなる。
収納の底には、さらにもう一枚の床がある。
フェリオスがクイっと手のひらを持ち上げる動作をすると、その床がバキバキと剥がれた。
その下には、山で見た邪神……いや、魔王像が8つ並んでいた。
なんでこんなところに……!
「おばあちゃん、まさか土砂崩れを起こしたのって……」
「ち、ちがうよ! 私はその像を使ったりしてない!」
「使う? なぜこの像で土砂崩れが起こせると知っておるのだ?」
腰の曲がった老婆をフェリオスが冷たい目で見下ろす。
「う……それは……」
おばあちゃんはがくんと肩を落とした。
フェリオスが指をパチンと鳴らすと、像のうちの1つが砕け散った。
中から魔石が現れる。
「全ての像から魔石の魔力を感じる」
フェリオスが言うのだから間違いないのだろう。
「警備兵に突き出すか?」
どうしたものか。
そんなことはしたくないが……。
「見逃しておくれ! これで息子夫婦の仇を打てるってきいただけなんだ! 土砂崩れが起きるなんて知らなかったのさ!」
「仇討ち? スカーレットの両親は魔族との戦いで死んだんじゃなかったか?」
「いいや、二人は領主の汚職を知っちまって殺されたのさ。だから、領主のヤツを呪おうと思ったのさ」
おばあちゃんは口惜しそうに顔を歪めた。
「いつから知ってたんだ?」
前に会った時は、そんな素振りはなかった。
隠していただけかもしれないが。
「ある人が教えてくれたのさ。その時に像ももらったんだ」
「誰だ、ある人ってのは?」
「わからないよ。魔王を信仰してるとだけ言っていたね。街を囲むように像を配置すれば領主を呪えると聞いたんだけどね……」
「領主だけを呪うつもりが、山があんなことになって怖くなったのか」
「そ、そうさ……だから他の像は配置してないんだ」
おばあちゃんはオレにすがるような目を向けてくる。
「なるほどな。粗悪な魔道具が暴走でもしたか」
「そ、そうなんだよ!」
「だがそれだけではあるまい?」
「うっ……」
フェリオスの指摘におばあちゃんの肩がびくりと震える。
「ここにはもっと多くの像があったであろう? 魔力の残滓がそれを示しておる」
そんなことまでわかるのか。
オレにはさっぱりだ。
「そ、それは……」
おばあちゃんがうろたえる。
「爆弾として使えることを実験したな? デモンストレーションもかねていたのだろう?」
「デモンストレーションって誰にだ?」
「商売相手だろうな」
「像を売ってたってことか?」
「貴様はおかしいと思わなかったのか? このあたりに並ぶ店に比べてあきらかに手の込んだ料理。そのわりに値段は他と変わらんようだ。かといって、貴族相手に商売をしているわけでもない。他に収入がなければやっていけるはずがないであろう? それに、これで配置した中心に呪をかけるなら5つで十分なのだ。8つもいらぬ」
そういえば、最初にシチューを食べた時、「貴族に出しているのか」なんて質問をしていたな。
「おばあちゃん、本当なのか……?」
おばあちゃんは緊張の面持ちで一つ大きなため息をついた。
「上手いこと邪神像をばらまけると思ったんだがねえ……」
「うそ……おばあちゃん……」
スカーレットが言葉を失っている。
「おばあちゃん、なんでそんなことをしたんだ?」
「最初は本当に息子夫婦の仇討ちのためだったんだよ」
それもこの国じゃ犯罪だが、復讐なんてのはそこらへんいよく転がってる話ではある。
「これを売らねば、土砂崩れをおこしたのは私だと警備兵に突き出し、孫を殺すと脅されたのさ……」
「誰に?」
「客さ。いつもフードをかぶった女で、顔は見たことがない」
「ふむ……」
フェリオスには心当たりがあるのだろうか?
フードの女というのは気になるが、今はおばあちゃんをどうするかだ。
「おばあちゃんの息子夫婦への気持ちを利用したそいつを絶対に許さない!」
「ロドリック様……」
怒りに震えるオレをスカーレットが涙を浮かべた瞳で見つめてくる。
「嘘だな」
しかし、フェリオスは冷静にそう断じた。
「像と金の力に魅入られたのだろう?」
「そんなことはないよ!」
「ではなぜ、さっさと復讐をはたさなかった? 呪いをかけるのに必要な数は5つ。ここには8つあるだろう?」
「そ、それは……そうじゃ! 全部売ったら呪いをかけさせてやると言われて!」
「ほほう? ではこれはなんだ?」
フェリオスは魔王像の横にあった壺を魔力で引き上げた。
「ちちがう! やめるんじゃ! 離せ!」
それをフェリオスは床に叩きつけた。
乾いた音を立てて割れた壺の中から、大量の金貨に金細工や宝石が大量に出てきた。
「や、やめろ! わしのじゃ! わしのじゃああ!」
おばあちゃんは金貨に覆いかぶさった。
「お、おばあちゃん……なにこれ……」
ボロを纏いながら必死に働いてきたスカーレットからすれば、驚き以外の何物でもないだろう。
「売った数は10や20ではなかろう。欲にかられたな?」
「く……しかたないじゃろう! わしらのような庶民が、これほどの金を手に入れる機会など二度とないわ!」
これがあの優しそうだったおばあちゃんだろうか?
眼の前にいるのは金に目の眩んだ醜い老婆だった。
「その魔神像で不幸になる人が出るとはおもわなかったのか?」
「知ったことか! 私はもう十分不幸になった! 他のやつらがどうなろうと関係ないわ!」
「スカーレットの前でもそれを言えるのかよ……」
もうオレに言えることはなにもなかった。
せめて、静かに涙を流すスカーレットに胸をかしてやることくらいだった。
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