■5話 タメック草でつくる干し肉とチーズ入り極上パン(5)
「す、すごい魔法使いですのね」
山の麓で地面に放り投げられたリラは、不機嫌ながらも驚きの目でフェリオスを見ていた。
「これを見ろ」
そんなリラを無視し、フェリオスは片手で持てるサイズの像をオレに差し出してきた。
土に汚れた焼き物は、3本の角とコウモリの翼を生やした悪魔の形をしていた。
もっとも、翼や角は折れてしまっているが。
「なんだこりゃ? 邪神像……?」
「形はどうでもいい。問題はこれだ」
フェリオスは像の中から豆粒ほどの黒い球体を取り出した。
「魔石か……」
「魔力は失っているが間違いない。振動系の魔術が仕込まれていた跡がある」
魔石とは、特定の魔術をとそれを発動するための魔力を練り込んだ宝珠だ。
「土砂崩れは人為的に起こされたってことか?」
「おそらくな」
なぜそんなことをしたかはわからないが、きな臭くなってきた。
「ちょっと見せてくださいまし」
リラがフェリオスの手から像をひったくった。
ひっくりかえしたりしながらジロジロとそれを見ている。
「やっぱり……。同じものが父の部屋にありましたわ」
「なに?」
およそ領主の部屋には似つかわしくないものだ。
「土地の権利書をちょろちょろっとしようとした時、金庫に入っているのを見つけましたの」
「おい……この娘、ロクでもないぞ」
呆れるフェリオスだが、彼女が父親を出し抜こうとしているのは以前から知っている。
そんなことより……。
「なぜ領主が魔石を?」
彼が土砂崩れを引き起こしたと?
うーん、わからん!
「いいかげんにしろ。そんなことよりタメリックパンだ」
オレがうんうん悩んでいると、フェリオスが声をあげた。
ここまで働かせてしまったのだ。たしかにそろそろご褒美が必要だろう。
◆ ◆ ◆
というわけで、オレ達はタメック草を持ってスカーレットのもとへと戻った。
ちなみにリラは、フェリオスによって街の中央広場に放り捨てられていた。
リラは「ちょっと! せめて家まで送ってくださいまし!」と怒っていた。
貴族にあれだけのことをしてそれで済ませてくれるあたり、実はいいコなのかもしれない。
……そんなことないか。
イケメンのフェリオスに抱えられている間、ずっと彼を見つめていたので、顔が気に入っただけかもしれない。
「わあ! 本当に採れたんですね! 山の方が竜巻ですごいことになっていたので、心配してたんですよ。うちも山から飛んできた石でちょっと屋根に穴があいちゃいましたし」
「う……」
すまん。それ、オレのせいだわ。
後で直しておこう。
「それじゃあこれから香辛料を作るから、3日ほど待ってておくれ」
おばあちゃんがそう言うと、フェリオスがバンとテーブルを叩いた。
「待てぬ! すぐに作れ!」
無茶を言う。
いや……フェリオスがいれば時短できるかも。
「なあ、魔法で乾燥した熱風を出し続けることはできるか?」
「他愛もない」
「よし、なら……パン焼き用の釜を借りられるか?」
オレはおばあちゃんの許可を得て、チップにしたタメック草の根をパン用の釜に入れた。
本来はゆっくり時間をかけて乾燥させ、パウダーにして使う。
焼いてしまっては香りが台無しになるらしい。
あくまで熱をかけすぎず、自然に近い形で乾燥させなければならない。
「釜の中を熱風で満たしてくれ。絶対に焼けないようにな」
「貴様は本当に人使いの荒い……」
「パンのため、パンのため」
「……ったく」
顔をしかめるフェリオスだが、腕輪を見せるまでもなく釜の口に手をかざした。
手のひらの前に赤い魔法陣が出現し、釜に熱風が送り込まれる。
根のチップが飛び散らないよう、釜の中できれいな風の渦が巻いている。
簡単そうに見えるが、めちゃくちゃ難しい制御だ。
まず、焼けない程度の熱風を出すことは、火をつけることの何百倍も難しい。
基本的に魔術は、何かの現象をがんばって引き起こす技術だ。
それを、風と火を混合させた上に、それを上手いこと抑えて制御し続けるなど、国に一人いるかどうかの術者である。
待つことしばし。
ぱらぱらに乾燥したタメック草の根のチップができあがった。
「いやあすごいもんだ。あとは任せときな」
そういうとおばあちゃんは、厨房の棚にならんだスパイスのビンを取り出し、木のボウルで調合をしはじめた。
30種を超えるスパイスが混ぜ合わされていく。
その中にはタメック草も含まれる。
「ふむふむ……まるで魔術薬の準備工程であるな」
しきりに感心するフェリオスだったが、はたと何かに気づいたようだ。
「タメック草だけではないのだな。ならば1種くらいなくてもかまわなかったのではないか?」
またしょうもない水を差す。
「はっはっは。そう見えるかもねえ。でもね、タメック草が味の決めてなのさ。さて、ここから3時間はかかるからね。どこかで遊んでおいで」
「なに!? まだ時間がかかると申すか! 待てぬと言っておろう!」
こうなるともうほとんど駄々をこねる子どもと大差ないなあ。
「暇つぶしに領主の屋敷に行ってみないか?」
「邪神像が気になるのであろう? 我には関係のないことだ」
「金持ちの家には美味いものがあるかもしれないぞ」
「く……行ってやろうではないか……」
ちょろー!
あまりにちょろすぎて心配になるぞ。
「邪神像……?」
フェリオスの発した怪しいワードにおばあちゃんが首をかしげている。
「なんでもないよ。ちょっと出てくる。とびっきり美味しいパンを期待してますね」
「あいよ、任せときな!」
おばあちゃんの優しい笑顔を背に、オレとフェリオスは領主の屋敷へと向かった。
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