■1話 タメック草でつくる干し肉とチーズ入り極上パン(1)
金髪碧眼の美少年が息も絶え絶えに膝をつき、オレを睨みあげている。
尖った耳とその上から生えた二本の角が魔族の特徴ではあるが、それ以外は人間と変わらない。
十代後半であろうその若さは、年齢が倍離れているオレからすると眩しいにもほどがある。
「魔王たるこの我に、勇者とのんびり二人旅をしろだと?」
彼こそ、世界を魔族の軍団とともに世界を荒らし回った張本人。
魔王フェリオスだ。
「キミが滅ぼそうとした世界を見てもらおうと思ってね」
――コイツが人間の世界にしたことをわからせてやろうと思った。
世間を何も知らないまま魔王にさせられた、強いだけの若者に同情も少しはあった。
それが、長い旅の相棒になるなんて思いもしなかったんだ――
「くだらん……さっさと殺せ」
貴族よりも色白な魔王の顔が、蒼い月の光に照らされて、幻想的に輝く。
男のオレでも思わず見惚れるほどだ。
戦いの余波で半壊した魔王城の玉座の間からは、蒼い月の光がはっきりと見える。
まあ半分はオレが飛行魔法で直接ここにかちこんだ時にぶっこわしたんだけど。
いちいちザコの相手なんてしてられないからな。
なんせ一騎当千の魔族数百に加えてザコ数万の軍勢に対し、こちらはおっさん一人なんだ。
「おやあ? 勝者は敗者になんでも従うんだろう? キミが出した条件だよねえ?」
オレは自分の手首にうっすら光る手錠のようなリングを指さした。
リングからは魔法の鎖が魔王の手首へと伸びている。
絶対に破れない決闘契約の魔法だ。
「ちッ……まさかこの我が人間なぞに敗れるとは……」
舌打ちをしたフェリオスは視線をそらす。
「承諾と受け取るよ。オレは勇者ロドリック、あらためてよろしくな」
オレがこれから旅の道連れとなる若い魔王に差し出した手を、彼はその美しい顔を歪めながらはねのけたのだった。
ま、いきなりなつかれるなんて思ってないさ。
◆ ◆ ◆
「なぜ途中から徒歩なのだ。空間転移をすればすむであろう」
魔王城から魔王の転移魔法で人間の領地に移動したオレ達は、山道を歩いていた。
土砂崩れでもあったのか、足元がやわらかくなっていてかなり歩きにくい。
オレは蒼い軽装鎧に勇者専用の片刃の剣を腰にぶらさげ、もろもろの旅道具が入った布袋を担いでいる。
一方魔王は、黒いマントの魔道士スタイルだ。
その端正でやや童顔な顔立ちも相まって、角を隠せばエルフと言っても通じそうだ。
「旅の風情というやつさ」
半分は本当。
残り半分は、彼に人間の世界は自分の足で感じさせるためだ。
「そら、見えてきた」
山の中腹、ちょっと開けた場所からは盆地を見下ろせた。
盆地の中心にはちょっとした町がある。
街の中心にある教会から、微かに鐘の音が聞こえてきた。
「どうだ? 良い景色だろう?」
「興味ないね。魔界の暗い空の方がよほど落ち着く」
「その割に、お前たち魔族は地上を求めたじゃないか」
「ふん……食料をあまり必要としない魔族もたまには腹は減る。魔界の痩せた土地では、増えすぎた魔族を食わせることができん」
「じゃあちょうどいい。美味い飯を食わせてやるよ。二度と地上を無理やり侵略しようなんて気がおきないようなやつをな」
「美味い飯ねえ……食い物なぞ、肉体を作る糧以上の意味はなかろう」
「くっくっく。おこちゃまだねえ」
「なんだと……?」
魔王の全身に殺気がみなぎる。
「そうやってすぐ怒るところが子どもだってのさ。ほら行くぞ」
オレは軽く地面を蹴ると、その体は空高く舞い上がった。
それにひっぱられるように魔王も空中へと放り出される。
「おい! 繋がってるのを忘れるな!」
決闘契約による鎖は、今もオレ達を繋いでいる。
普段は見えないが、こうして距離が離れると引かれ合うのだ。
最大距離は50メートルくらいだろうか。
「わるいわるい。それじゃあ、あの町までひとっとびと行きますか」
といってもオレの場合、飛行魔法ではなくただの跳躍だ。
つまり上にびゅーんと飛んだ後は自由落下である。
「風情とやらはどうしたんだ……」
フェリオスはあきれながらも飛行魔法でついてくる。
制御の難しい魔法のはずだが、さすが元魔王である。
とはいえこのまま町に着地したのでは、周囲に迷惑がかかってしまう。
オレは高速で空中を蹴ることにより圧縮された空気の塊を足の裏に作り出した。
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
まるで見えない足場でもあるかのように、オレは空を降りていく。
「そんな面倒なことをせずとも、魔法で飛べばよかろう」
「人間には無理なんだよ」
正確には、オレならば不可能ではない。
ただし、周囲が竜巻のような被害に見舞われることになる。
人間一人の重量を浮かせるのに必要な風魔法がどれほど強力なものかを考えてもらえればわかるだろう。
オレが魔王城に空から乗り込んだ時は、魔王城が半壊したからな。
魔族は風魔法ではない方法で飛んでいるようだが、まだ解明できていない。
勇者としての一人旅であれば、とにかく火力が正義だったので必要なかったしな。
◆ ◆ ◆
そんなこんなでオレ達は、町の小さな宿屋の前に降り立った。
ちょっぴり派手な着地音を響かせてしまったせいで、昼間は食堂を営んでいる宿屋からウェイトレスが飛び出してきた。
長くのばした赤髪とそばかすがチャーミングな18歳の少女、スカーレットだ。
「ロドリック様……? ロドリック様!」
スカーレットが勢いよく抱きついてきた。
オレの半分ほどしかない年齢の少女が、豊かすぎる胸をぐいぐいと押し付けてくる。
「ははぁ……美味い飯というのは口実で、我に女を見せつけたかったというわけか」
フェリオスがうんざりした顔でこちらを見てくる。
「違う違う! この宿屋で出るパンが、スパイスが効いててめちゃくちゃ美味いんだよ」
「魔王を倒したら、タメックパンをまた食べに来てくれるという約束を守ってくれたんで……え? 来てくれたということは、まさか本当に魔王を!?」
スカーレットの瞳からぽろりと涙がこぼれる。
「倒してきた」
「ああっ……ロドリック様……」
スカーレットはオレの胸に顔を埋めた。
その肩が小さく震えている。
夫婦揃って騎士をしていた彼女の両親は、魔王軍との戦いで命を落としたという。
彼女の肩越しにフェリオスを見ると、とても苦い顔をしていた。
そらまあ、オレに倒された魔王本人だしな。
「でもごめんなさい。タメックパンは作れないんです。タメック草が取れなくなってしまって……」
「土砂崩れのせいか」
「ご覧になりました? そうなんです……。町の名物でもあったので、今年の冬をどうすごしたらいいか……」
スカーレットの顔が不安に沈む。
「わかった。オレがなんとかしよう」
「本当ですか!?」
彼女の顔がぱっと明るくなった。
「でもお礼ができません……。命を助けていただいたお礼もまだなのに……」
「また美味いパンを食わせてくれればそれでいいさ」
もうね、本当に美味いんだよ、ここのパン。
香辛料がしっかり染み込んでいて、パン生地と一緒に焼かれた干し肉とチーズがたまらない。
う……思い出しただけでヨダレが……。
「ああ……ロドリック様……」
スカーレットがまたぎゅっと抱きついてくる。
「それと、パンはこいつにも食べさせてやってくれ」
オレはくいっと親指でフェリオスを指した。
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