95. 13年と3ヶ月目夕方① ついてくる人影。
キャンプをした日から1ヶ月ほど経ったある日のこと、ミノリはキテタイハの町に向かって歩いていた。
ネメとシャルが買い出しに出かけた直後に今日使う予定だったのに切らしていた調味料をお願いすることを忘れていたため、仕方ないとばかりに一番近場であるキテタイハの町に行く必要が出てきたからだ。
「前にシャルが話していた事、うまくいけばいいんだけど……」
そう独り言ちながらキテタイハの入り口付近に立つミノリの姿は、デフォルトのものとは大きく異なり、エルフ耳を隠すように頭にバンダナを巻き、露出度の低い衣服に身を包んでおり、常に見えている臍も今日は見えない。
以前、ローブを纏わなくても特徴的な部分だけ隠してみたらモンスターとして認識されなくなったとシャルが話していたのをミノリも真似てみたのだ。もっとも、ネメにもシャルにもミノリがいくら変装してもすぐわかってしまうと言われてしまっているのだが、それでもミノリは僅かな可能性にでも縋りたかった。
そして今、ミノリは希望を胸にキテタイハの町へ足を踏み入れる!
「これは女神様!! お久しぶりですじゃ!!」
「……あ、はい。……こんにちは」
残念ミノリさん! 悲しいかな町へ入って僅か13歩で身バレ! 新記録樹立!!
いくらミノリが撤去してほしいと懇願しても頑なに拒否されっぱなしの、町の入り口にあるミノリの姿を模した女神像の影からこの像を造った張本人である現町長でミノリを女神として崇める狂信者老婆がひょっこりと姿を現し、声をかけてきたのだ。
「……やっぱり変装してもばれちゃうのかぁ……ぐすっ」
何故か悲しい気持ちになるミノリ。
「女神様のおへそ、褐色、おへそ、長耳、銀髪、おへそ。女神様がいくらそれらを隠そうとしてもその御身から滲み出るオーラを我ら女神教が見逃すはずがあるまいて。それにしても相変わらずの美しさ、眼福の極みですぞ」
「……あー、それはどうも……」
いちいち反応することにも疲れ、適当に聞き流すミノリ。『おへそ』を強調するかのように何故か老婆は3回も言った気がするけどそれすらもスルーを決め込む。老婆の世迷い言に付き合えるほどミノリはこの老婆に対して広い心で対応する事も厳しいのだ。
「それで本日女神様は何をご所望で!? 生贄を欲しているのであれば若い娘の十人、百人いくらでも献上いたしますぞ! 皆女神様の血肉となることを至福の極みと思っておりますぞ!」
「怖っ!! いやいらないからね!? ただ調味料買いに来ただけだからね!?」
老婆の世迷い言に付き合わないと決めていたが流石に自分が原因で多くの人間の生き死にが関わってくるとなれば黙っていられないミノリは即座にツッコミを入れた。
だんだんと危ない方向に進んでないかこの町……と、魔物に滅ぼされなかった代わりに何かとてつもなく邪悪な気配を感じるキテタイハの町にミノリは何故か恐怖心すら湧いてしまう。
結局、その後ミノリは目的の調味料を買うまで町長でありミノリ狂信者であるこの老婆につきまとわれ、精神的に非常に疲労してしまうのであった。
******
「……では私もう帰りますので……次回からは一人で買い物させてください。あと、女神像も撤去してください……」
「女神像を撤去という事、それはつまりわしに死ねと申すのですな女神様! 女神様がそう命じるのであればこの命いくらでも差し出しますぞ!!」
「なんでそうなるの!? あなたの命はいらないからね絶対に!! ……もういいや。帰ります」
どうしよう、全く話が通じない……と心が燃え尽きそうになるミノリは、いくら言っても無駄だと諦観し、早くこの場から立ち去りたいと帰路につく事にした。
「キテタイハ町長であるこのハタメ・イーワック。これからも女神様の顕現を町民と共々心よりお待ちしておりますですぞー!!!!」
「そんな名前だったのあなた!? というかいい加減私を女神様扱いするのやめてほしいんだけど!?」
「それは出来ない相談ですな女神様!!!」
なんとも傍迷惑な老婆だ。名は体を現しすぎである。
******
「……本当にあそこに行くと疲れる……。やっぱりもう近寄ること自体よそう……」
キテタイハの町へただ買い出しに来ただけなのに、何故かぐったりしているミノリ。
かつての排他的な雰囲気こそ無いにしろ、あのまるで洗脳されたかのようにミノリを信奉する姿はあまりにも異様すぎてミノリは根こそぎ体力を奪われてしまう。
その為、なるべく買い物は全てネメの買い出しのみで済まそうと改めて思うミノリは、疲れたような足取りで娘たちが待つ我が家へと歩き出す。
その時だった。
「……もしかして、私……尾けられてる?」
常人よりも聞こえの良いミノリのエルフ耳が捕捉したのは、後ろから聞こえてくる誰かの足音。それもミノリの方へまっすぐ向かってきている。
ミノリたちが住んでいる森の方面は周辺に何もなく、狩りをするため以外では誰かが目的地として向かう事がまず無い。そのためこの足音の主はミノリを尾けてきていると考えるのが妥当であった。
「誰!?」
かつて自分を駆除しようとした者たちに不意打ちされた過去がある為、警戒したミノリはすぐさま後ろを振り向いて尾行している人物を視認したが、それが人間では無いとすぐに気がついてしまった。
「……吸血鬼?」
ミノリを尾けていたのは、背中に大きなこうもりのような羽が生え、頭には小さな角がある痩せこけた幼い少女だった。




