93. 13年と2ヶ月目⑤ ミノリとシャルの夜話。
温泉に入ったついでにそのままキャンプをする事になったその夜。
ネメとトーイラがどうやってミノリを堕とすかについてあれこれ方策を述べ合っている一方、別のテントで過ごすミノリとシャルはというと……。
「えーっとシャル、ネメがお盛んすぎてごめんね。疲れるならネメにハッキリ言ってもいいんだよ」
ミノリがシャルに謝ったのは、ネメがシャルに対してあまりにも欲望をぶつけすぎていること。ミノリは聞かなかった事にはしてはいるが、ほぼ毎日、常人よりも聞こえの良いミノリのエルフ耳は2人が体を重ねている行為の音を拾っている。
本来なら魔法が得意な一方、普通の攻撃はからっきしで完全に後衛タイプのはずのネメなのだが、ミノリを守るべく肉体を鍛錬し続けた結果、前衛も余裕でいける程に体力が無尽蔵となってしまっている。
そんな肉体言語なネメに対して、生命力も魔力も全て一定で変わることのないザコモンスターのシャルとでは連日行為に及んだ場合、シャルの体力が保たないのではと不安になり、ミノリはシャルに謝ったのだ。
「いいえそんな事は! 私のためでもあるので……」
「シャルのため?」
孫の顔を見せたいからとは聞いていたがそれ以外にも理由がある事を初めて知ったミノリは、シャルに聞き返した。
「はい、ネメお嬢様には口止めされていたんですけど……、私が皆さんと平穏に過ごす為には、モンスターとしての本能を出さないようにしなくちゃいけなくて、その為にはネメお嬢様から魔力を供給し続けてもらわないといけないんです。
なので……まぁ言ってしまいますが私がネメお嬢様と頻繁に行為に及んでいる理由の一つはそれなんです」
「でもそれならモンスターとしての本能が抑えられそうにない時にみんなでシャルを押さえ込むというのはダメなの?」
「それも可能といえば可能なんですが……私、皆さんに敵対行動を取りたくなくて……。
これもネメお嬢様に口止めされていましたけどネメお嬢様とその……初めて体を重ねた日は、私がネメお嬢様に告白して玉砕した後で友達として親しくなってから数年経った時だったんです。
その日私の中の『モンスターとしての本能』が突然湧き上がってしまって、ネメお嬢様に再び襲いかかっちゃって……」
「え、そんな事があったの!?」
「はい、実は……」
まるで恥ずかしい失敗談のように苦笑しながらその出来事を話すシャルだったが、自分の知らない所でシャルがネメに対して攻撃を仕掛けていたとは思ってもいなかったミノリは思わず驚きの声を上げた。
「あの時は自分の意思と関係なしにネメお嬢様に襲いかかってしまって、私自身はそんな事をしたくないのに体の自由が利かない。それがすごく辛くて悲しくて……だけどネメお嬢様はそんな私を殺そうとせずに、それどころか優しく抱きしめてくれて……その時思ったんです。
絶対にネメお嬢様やミノリお姉様、そしてトーイラお嬢様をこれ以上傷つけたくないなって」
「……そっか。シャルも辛かったんだね」
シャルも自分の知らない所でモンスターとしての本能に苦しんでいたのかと改めて気づかされたミノリ。ミノリは仲間フラグを切り替える事ができた事によってもうそれに苦しめられる事は無くなったが、シャルはそれが一生続く。
自分だけがそれを免れているという状況に気がつくとミノリは心のどこかでシャルに対して何故か申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ただ、ネメお嬢様と結ばれた結果、私自身にも色々変化が起きてきたみたいで……。
お姉様もネメお嬢様と同じように視界に『透明な板』でしたっけ……それが見えているんですよね?
多分私の名前もあると思うんですけどそれで私の名前がどうなってるか見てみてください」
「透明な板……あぁ、ゲームウインドウか。うん、ちょっと待って、見てみるから」
普段はあまり……というよりも全く意識していない視界にうっすらと見えるゲームウインドウ。シャルに言われて改めて意識して見てみると、今までと違うある変化が見られた。
「あれ? シャルの名前が薄くなってる?」
敵一覧にあるシャルの名前が薄くなっているのだった。こんな状態になっているのを見るのは初めてなので思わずミノリも不思議に思う。
「ネメお嬢様の予想なのですが、ネメお嬢様の魔力が私の体内にあるおかげで今の私はモンスターである事が隠蔽されている状態らしいなんです。
ネメお嬢様が分裂したようなものという扱いになっているのか、それとも存在自体があやふやな状態なのかはわからないんですが……。ひとまず、ネメお嬢様と結ばれたことが起因しているのは間違いないです。そのおかげで私は普段とは違う格好も出来るようになりましたし」
「へぇ……。そっか、こういう状態になると初めて違う服を着られるのか……」
(もしかしてこれがこのゲームの構想段階ではあったはずの『モンスターを仲間にする機能の残骸』かな。それでシャルの名前が薄く……)
しかしそうなるとまた新たな疑問が湧いてくる。
(あれ、でもそうなるとシャルが仲間モンスターだと判定しているフラグもどこかに生き残っている……? でも仲間一覧に名前があるわけでもないし……うーん、あとでネメにも聞いてみよう)
シャルは言葉を続ける。
「そして私がネメお嬢様と頻繁に体を重ねて、魔力を供給してもらっているのは、それだけでなく、女性型モンスターである私が女性相手に子供を授かる為に必要なことなんです。
男女という関係なら、どちらかがモンスターであっても関係なく普通と変わらない胎生で子供を授かれます。……まぁ、女性側が卵生のモンスターだった場合は卵生ですが……。
そして私とネメお嬢様のような女性同士の場合はちょっと特殊で、私の体内に注がれたネメお嬢様の魔力が私自身の魔力と混ざり合ってそれが飽和状態になると、その魔力を一気に放出しようとして、その結果新たな生命という形になって初めて子供をなせるんです。
ただ、この方法は飽和状態にするまでが大変で……。そうやって蓄積された魔力は飽和状態になる前に自然に放出されていくのも早いので頻繁にしなくちゃいけないんです」
「……そういう方法だったんだね。だけどそれなら無理しなくても……」
「いいえ、私、どうしてもネメお嬢様との間に子供を授かりたいんです。……いつ人間に殺されてしまうかわからない状況に常に置かれている私みたいな女性型モンスターにとって、子供を生める事自体、本当に奇跡に近い事なんですから」
ミノリはシャルに負担になってしまう事を気にしたが、当のシャルのその言葉からはそれでも子供がほしいという強い意志が感じられる。
それならば無理して止める必要は無いと判断したミノリ。
「そっか。……わかった。だけど無理はしないでね。私にとってはシャルの体も大事なんだからね」
「はい、お姉様。……あ、名前についてはネメお嬢様とも話しましたけど、お姉様につけてもらいたいです。ちなみにですが女性同士の場合、子供は女の子にしかならないので女の子の名前を……」
「流石にそれは気が早いんじゃないかなぁ。……でもわかった、考えておくね」
「素敵な名前、期待していますね、お姉様♪」
(うーん……名前かぁ。私って名前のセンス無いけど2人のお願いなら……あれ、名前と言えば……)
孫の名前について少しでも考えようとしたのも束の間、今までのシャルの言動で不思議に思っていた『ある事』を思い出したミノリは、ついでとばかりにシャルに尋ねた。
「そういえばいつまでネメの事を『ネメお嬢様』と呼んでるの? ふうふになったんだからそろそろ名前で呼びあったりしてもいいんじゃ?」
シャルがネメとふうふになった今でも相変わらずネメの事を『ネメお嬢様』と呼ぶのが不思議だったのだ。
「え!? だって、今更名前だけで呼び合うのは……恥ずかしいですし」
そしてシャルから返ってきたのはわりとしょぼい理由。恥ずかしいぐらいならばもう名前呼びでいいのではと思ったミノリは言葉を続けた。
「でもそれだとなんだかまだよそよそしくない?」
「うーん……お姉様がそう思うのも無理はないのですが、ネメお嬢様の事をお嬢様と呼ばなくなったその瞬間、多分私はお姉様の事を『お義母様』と呼ぶと思いますけど……血は繋がっていないとはいえネメお嬢様の母親なわけですし」
「!!?」
それは盲点だったとばかりにミノリは目が点になった。
「いやそれはちょっと勘弁して欲しい……友達や妹分みたいに思っているシャルから義母扱いされるのはちょっと辛い……」
「あはは……ですよね。なので私はこれからもずっとお嬢様、お姉様呼びにさせてもらいますね」
シャルに一本を取られたような感覚で、なんとも言えない気持ちになるミノリ。しかし、それと同時にそこまで考えてくれているなら、安心してネメの事を任せられると思ったミノリは、腕を伸ばしてシャルの頭を撫でながら優しくシャルに一言伝えた。
「これからもネメの事よろしくね、シャル」
突然頭を撫でられたことに、一瞬驚いたような顔をシャルは見せたが、次第に目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ……私、お姉様にこうやって撫でられるの大好きです……。ありがとうございます、お姉様」
以前のミノリを慕いすぎたあまりすぐに暴走していた頃とは違い、シャルは本当にかわいらしくなり、ネメはいい子を嫁にもらったものだとつくづく思うミノリ。
「それじゃ、そろそろ寝よっかシャル。灯り消すよ」
「はい、お姉様」
シャルの返事を聞いてから、天井につるしていた灯りを消したミノリだったが……。
(あれ……そういえば名前と言えば、他にも何か大事な事を忘れているような……最近の事じゃなくて、遥か昔の……一体何だっけ)
突然脳裏を横切った記憶の残滓。ミノリはそれがなんだったか少しの間だけ逡巡してみたが、それが何なのかまるで頭の中に霧がかかったように思い出せない。
(まぁいいかな、そのうち思い出すだろうし……寝よう)
思い出せなくて若干モヤモヤする感覚に陥りながらも、もう一度シャルの頭を一撫でするとミノリは自分の寝袋に入って目を瞑るのであった。




