92. 13年と2ヶ月目④ ここをキャンプ地とする。
「ママ、このシカスウィーティってすごい! お肉から甘い果物みたいなにおいがする!」
「お母さん見て。これが今日倒したノウコウアジワイウシとシカスウィーティの肉。ノウコウアジワイウシのこの肉質はほれぼれする美しさ」
温泉に入った後で解体したモンスターの肉をミノリに見せるネメとトーイラ。ちなみにだが、ネメもトーイラも倒した直後に魔法で解体したようで、返り血などで体を汚すような事は全くなく、すっかり解体はお手の物らしい。
その上ネメに至ってはまるで鑑定士みたいに肉の評価までし始めている。
「それにしてもシカスウィーティ狩っていた時に、光り輝くウマミニクジルボアみたいなのも遠くにいるのが見えたけどすぐに逃げられちゃったのは残念だったねーネメ」
「至極無念。あれは絶対おいしいやつだった」
「え、そんなのがいたの?」
「うん、いたよー」
「メタリックな黄金ボア」
ミノリの問いに対して答えてからがっかりした様子を見せるトーイラとネメ。
(うーん、ウマミニクジルボアと同じ系列……ボア系のモンスターだと思うけどそんなのこのゲームにそんなのいたっけかなぁ……まぁいっか)
ミノリは少し気になったものの特に深く考える事はせず、ネメたちが解体してくれたノウコウアジワイウシとシカスウィーティの肉を受け取ると、早速その場で夕飯を作り始めた。
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「ママが作ってくれたごはん、すっごくおいしかったよ!」
「流石おかあさん。腕前はプロ級」
「えへへ……ありがとう、2人とも」
キャンプファイヤーを囲みながら4人での夕飯。ミノリが作った夕飯を思う存分堪能したトーイラとネメはミノリを絶賛する言葉を投げかけてきた為、嬉しそうにニヤけるミノリ。
「お姉様、やっぱりすごいです。……私もがんばらなくちゃ」
そしてミノリの対面に座るこちらは料理歴まだ一月程度の新婚さんシャル。ミノリを見習って自分の料理の腕を上げたいと決意したように手をぐっと握りしめている。
その後も火を囲みながら4人で談笑をしていたのだが、やがて夜が更けていくにつれ徐々に瞼が重くなり始めてきているのをミノリは感じた。
そして睡魔が襲ってきているのは他の3人も同様だったらしい。
「もう随分夜遅くなっちゃったね。それじゃそろそろ寝よっかみんな」
もう就寝した方がいいと判断したミノリは、テントに入って寝る事にしたのだが……実はまだ決めなくてはならない事があり、それが何かというと……。
「それで、テントはどうやって班分けしようか? 私は誰とでも構わないよ」
今回のキャンプはほぼミノリの思いつきだった為、4人が一緒に入る事の出来るサイズのテントを準備する事が出来ず、用意できたのは2人用サイズの小さいテントが2つ。
つまり、2人1組に分かれなければならないのだ。
「ここは公平に決めたい。私はお母さんと一緒に寝る事をご所望」
「はいはーい!! 私もたまにはお姉様と一緒に寝たいでーす!!」
ネメがミノリと同じテントになる事に手を上げると、先日のネメたちの誕生日の夜、一人だけハブられてしまったシャルも競うように手を上げた。
「私はいつもママと一緒の部屋で眠ってるから今日は誰とでもいいよー」
その一方、トーイラが珍しくミノリと一緒のテントで寝る事を遠慮した為ミノリと一緒に寝るのはネメかシャルどちらかの一騎打ちとなった。
(あれ、でもそうなると……)
少し気になった事をトーイラに尋ねる事にした。
「一応聞くけどトーイラはもしシャルと一緒のテントになった場合、問題ないの?」
ミノリが気になったのは、テントになる組み合わせがトーイラとシャルだった場合だ。
ネメの嫁としてミノリ一家の一員となっているシャルだが、トーイラとネメが幼い頃は2人してシャルを非常に毛嫌いしていた事があった。
既にそういった負の感情は精算されているとは思ってはいたが、なんとも言えないこの微妙な距離感をミノリは気にしたのだ。
そんなミノリの懸念を払拭するかのようにトーイラは笑いながら答えた。
「大丈夫だってばーママ。もう私あの頃みたいな子供じゃないよ。シャルさんはネメのおよめさんだし、私自身もシャルさんと親睦を深めたいなって思ってるから全然構わないよー」
どうやらミノリの心配は杞憂だったようだ。そして、親睦を深めたいと思っているのはトーイラだけでなく、シャルもまた同様だった。
「はい、私もトーイラお嬢様とも親しくなっていきたいので、一緒のテントとなった時は色々お話ししてみたいです」
トーイラとシャル、この2人の関係もまた少しずつ良い方向に向かっているようだ。
しかしトーイラとシャルがこの後同じテントで親睦を深めるかについては、まずはネメとシャルのどちらがミノリと一緒のテントで寝るかが決まってからだ。
シャルはまだじゃんけんに不慣れだと日中わかった為、今度はうらおもてで決めてもらう事にした。
そしてうらおもての結果はというと……。
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「それでトーイラ、おかあさんは堕とせそう?」
うらおもての結果、ミノリとシャル、トーイラとネメという組み合わせになった。ミノリと一緒にならなかったことに最初残念がったネメだったが、トーイラと2人きりで一緒に寝るのは相当久しぶり、それこそまだ小さかった頃以来だったため、これはこれでと思い直したのだった。
そして現在、トーイラとネメは寝袋に入りながら何かよからぬ話をしている。どうやら、ミノリを堕としたいらしいトーイラの現状をネメは知りたがったらしく、そんなネメの問いに対して、トーイラは首を横に振って答えた。
「だめー、ママ手強すぎるもん。母と娘という立場ならママはとても甘くて優しいのに、恋人ってなると途端にガードが堅くなってどうやっても一線を越えさせてくれないんだもの」
ネメとトーイラの気持ちは知っていても、母娘という関係でい続けたいという想いから恋人となる事に対しては頑として首を縦に振らないミノリ。
「どうやったらママを堕とせるのかなぁ……。前にママを押し倒した事あったけど、全然動じなかったし、平然と寝ちゃったんだもん。あそこまで何も思われていないとちょっと凹むなぁ」
ネメとシャルがふうふになったあの日の夜を思い返しながらトーイラはネメに話した。ちなみに、ミノリが『今日だけ特別』と言いながら押し倒された体勢のままトーイラを抱きしめてきた事や、眠ってしまったミノリへこっそりと口づけをしてしまった事については、ネメにも内緒にしている。
「おかあさん私たちに対しては激甘だし、シャルの事も今ではかわいい妹分として見ているから3人で土下座しながらお願いすれば首を縦に振るのかもしれないけれど……ごめん。シャルを巻き込むのはちょっと」
シャルの事をかつてはミノリを奪おうとする存在と捉えて蛇蝎のごとく嫌っていた日々が遠く感じられる程に、ネメがシャルの事を大切にしている片鱗が覗える言葉だった。
「ううん、いいよ。これは私の問題だからねー。だから私がんばって一人でママを堕としてみせるよ。……ねぇネメ、シャルさんと結ばれて幸せ?」
「勿論。出会った時は最悪の印象だったけど、今ではもうかわいくて仕方ない。早くおかあさんに孫の顔見せたい」
「……そう」
比較的無表情でいる事の多いネメが姉のトーイラに対してはにかんだ表情を見せる。
そのやわらかな表情を見たトーイラは、心の中で思う。
(私と同じようにママにお熱だったネメもこうしていつの間にか他に好きな人が出来て……私にも、ママ以外にそんな相手がいつしかできるのかなぁ……わかんないや)
そんな風に思いながら、次第にトーイラは瞼が重くなっていき、やがて静かに寝息を立て始めたのであった。




