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91. 13年と2ヶ月目③ 温泉。


「うーん、一体どこに温泉があるのかなぁ……地上からじゃ湯気がどこから出ているのか全然わかんないや」

「森の中だけあって周りの木が邪魔して見えませんしね、お姉様……」


 ネメが見つけた南東の森に立ちこめている温泉らしき湯気。それを確認がてらキャンプするという考えで南東の森奥へ歩を進めるミノリたちだったが、地上からでは鬱蒼うっそうとした森の木々にはばまれてしまい、湯気の発生源を特定することができずにいた。


「シャル、悪いんだけど飛んでどこに湯気が出ているか探してもらえる?」


 ここは人気ひとけの無い森の奥。上空の方が逆にシャルも安全ではとミノリは判断し、上から探してもらうよう頼む事にした。


「わかりましたお姉様! ちょっと見てきますね!」


 やっと役に立つこと出来たシャルは嬉しそうな顔をしながら上空へとまっすぐに飛び上がっていった。


「シャル、どうー? 湯気があがってるところはそこから見えるー?」

「えーっと……あ! こっちです! 近いですよー」

「ホント!? あぁ、早く温泉入りたいなぁ……」


 どうやら湯気の発生源はすぐ近くだったようだ。シャルのその言葉に思わず心が踊りだしそうな気分になるミノリ。そしてその傍では……。


「お母さんすごく嬉しそう」

「ママを喜ばすには温泉がいいのか……なるほど。ねぇ、ネメ」

「ん、どしたのトーイラ」

「私たちの家にも温泉って引けないのかな? 引けたら多分ママすごく喜ぶよ」

「んー、何かいい方法無いか考えてみる。最悪掘る」


 娘たちが何かを企てていたのだが、ミノリは浮かれていたあまり、そんな2人の様子に気がつくことはなかった。



「皆さんお待たせしました、湯気の発生源はあっちですよ」


 地上へと降りてきたシャルの案内で森の中をミノリたちが歩いていくと、やがて切り立った崖と大きな滝のある川がミノリたちの前へ姿を現した。


「わっ、すごい滝……だけど温泉はどこに……ってあ、あれかな」


 ミノリが辺りを見回すと、崖の上に滝から発生したと思しき水蒸気とは別の湯気が立ちこめているのが視界に入った。おそらくあれが温泉だろうか。

 念のためミノリはシャルに尋ねた。


「ねえシャル、もしかして温泉ってこの崖の上にあるあそこ?」

「はい、あそこですよ」

「うーん、そっかぁ……。さて、どうしよう。回り道もできそうにないし」


 ミノリたちの目に前にある崖はほぼ絶壁で周りに迂回する道が無い。ミノリ以外の3人は飛行魔法を習得しているため難なく崖の上へ行く事が出来るのだが、飛行魔法は勿論の事、魔法自体一切使えず、それどころか魔力すら全く無いミノリが単身で崖の上へ行くのは非常に厳しい。


「となると……3人のうち誰かの後ろに乗せてもらうしか無さそうかなぁ。えっと、お願いできるかな?」


 というわけで1人がミノリを後ろに乗せて崖の上まで乗せる役割を、残りの2人が荷物や狩ったモンスター運ぶ役割を分担する事になったのだが……。


「ママを後ろに乗せるのは私!!」

「いいや私。こればかりはゆずれない願い」

「え、えっと……私もお姉様を後ろに乗せたいなーって……」


 何故か3人でミノリの取り合いが始まってしまった。


「いや、3人ともそんな事で争わなくても……もうじゃんけんで決めればいいんじゃないかな」


 何故取り合いになるような状況になってしまったのか理解できずにいるミノリだったが、ここは公平にじゃんけんで決めてもらう事にした。

 この世界にもじゃんけんが普通に存在するのかミノリは全く知らないが、少なくともミノリ親子の間では物事が決まらない時はじゃんけんで決める事がルールとなっていた。


「1回勝負だからね!」

「望むところ」

「えーっと、じゃんけんはグーとチョキとパーがあって……」


 じゃんけんに唯一慣れていないシャルが、手の形を確認している最中さなか、トーイラとネメが真剣な表情をしながらにらみ合っている。


(えーっと……ただ私を乗せるだけだよね? なんでこんな真剣な顔してるの?)


 頭の上に疑問符をいっぱい浮かべそうになりながらも水を差すのは悪いと判断したミノリは、何も言わずにその行く末を見守る事にした。


 そしてじゃんけんの結果はというと……。


「やったー!! それじゃママ、後ろに乗って!!」

「え、あ、うん……」

「ぐぬぬトーイラずるい……」

「やっぱりじゃんけんまだ慣れない……」


 勝利したのはトーイラで、すぐにほうきに乗ろうとばかりに嬉しそうな顔をしてミノリの腕をつかんでいる。ちなみにだがじゃんけんに不慣れなシャルは後出しで反則負けだった。


(私を乗せて飛ぶのって1分もかからないよね……なんでそれだけでここまで真剣勝負したんだろう……)


 少し困ってしまったミノリであった。



 ******



「どうかなネメ、トーイラ。この温泉は大丈夫そう?」

「問題なし、周囲に危ないモンスターも人間の気配もなし」

「温泉自体も無毒で大丈夫そうだよー。湯温も問題ない感じ」


 崖の上へやってきたミノリたちの視界に入ったのは、4人で入っても全く問題が無い程に非常に広い天然の温泉だった。そして横には滝へと繋がる川が流れており、これが秋であれば紅葉でさらに絶景となるような、そんな風流を感じる場所だった。


 念のため、温泉に毒が含まれていないかという点や周囲に危険なモンスターがいないかという点をネメたちに鑑定魔法や索敵魔法で調べてもらった結果どちらも問題無し。

 それならばもう我慢する必要は無いと、ミノリにしては珍しい非常に高いテンションで温泉を指さしながら笑顔で声を上げた。


「それじゃみんなで温泉入ろー!」

「うむ」

「はーい!」


 娘たちの返事を聞いたミノリはすぐに服を脱ぎ始め、あっという間に一糸まとわぬ姿になった……のだが。


「私たち以外誰もいないから気兼ねなく……って、みんなどうしたの?」


 何故か他の3人が硬直したようにミノリを凝視したまま動かない。顔を真っ赤にし、まるで美しいモノを見たかのように。

 3人が何故か自分をあがめているような時がある事から、硬直するのもまぁ仕方ない事なのかなと思う反面、一向に誰も服を脱がずに自分だけが裸というこの状況……まるで自分が痴女みたいに思えてきたミノリは徐々に恥ずかしさが込み上げてきてしまった。


「えーっと……私だけが全裸という状況は流石にそろそろ恥ずかしいから早くみんなも服を脱いで一緒に温泉に入ってほしいなーって思うんだけど……ぐすっ……」


 赤の他人ならいざ知らず、娘と妹分である三人の前で湯に入る前提で裸になる事に対して羞恥心を持ち合わせていなかったはずのミノリなのだが、流石にまじまじと自分の裸体を凝視され続けているという状況に対して恥ずかしさが限界にまで達してしまい、ついには涙が浮かべながら胸元と股間を手で隠しながらその場にしゃがみ込んでしまった。


「わ、ごめんなさいママ!!」

「平身低頭謝罪案件!」

「すみませんお姉様!!」


 あまりにも魅力的すぎたからミノリに見とれ、まじまじと見続けてしまった事で、ミノリの事を泣かせてしまった事に気がついた3人は慌ててミノリへ謝罪すると、一瞬で服を脱ぎ、そのまま勢いよくダイブしたのだった……温泉ではなく温泉のすぐそばを流れる川へ。


「何でそっちに飛び込んだの!?」


 3人からすればそれはミノリを泣かせたことに対して頭を冷やそうという考えからだったのだろうがその考えは永遠にミノリには理解できない謎の光景なのだった。



 そんなひと騒動はあったものの温泉に入ってしまえばそんな事も忘れ、ミノリは温泉の気持ちよさを堪能している。


「はふぅ……。やっぱり温泉っていいなぁ……気持ちいい……」


 湯の中で蕩けた表情になっているミノリを見ながら小さな声で何かを話しているシャルとネメのふうふ。

聞こえのいいエルフ耳のせいで聞き耳を立てたわけではないのにミノリの耳へ入ってきた会話はというと……。


「ネメお嬢様……前にトーイラお嬢様と2人で話していた意味がわかりました。お風呂に入って水がしたたるお姉様は神々しすぎます。あれは女神以外の何者でもありません」

「ん、シャルはよく理解している」


「……」


ただ温泉に入っただけで女神扱い。2人の謎の反応に対してミノリは何も聞かなかった事にしたのであった。


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