88. 13年と1ヶ月目 とある町の不思議な光景。
「おかあさんただいま」
「お姉様、ただいま戻りましたー!」
「おかえり2人とも。買い出しお疲れ様」
ネメがシャルとふうふとなってから早や数ヶ月の月日が経過した。
飛行魔法を教わったネメがシャルと共に買い出しへ行くのがすっかり日常となり、今日もまた2人は買い出しを終えて我が家へと戻ってきた。
「おかあさん、これ買ってきた」
「あ、お米買ってきてくれたんだね、ありがとう。行商人が来ていたのかな?」
ミノリたちが住む森の近くにあるキテタイハの町では米を常時置いている店が無く、ネメたちが買い出しに行く事の多い複数の町でも置いている店が無い程に生産地が限られている為、たまに町を訪れる行商人が持ってきていない限りは米を入手することが困難だ。その為ミノリはネメが今日買い出しに行った町にたまたま行商人が来ていたと考えたのだが……。
「違う。リマジーハまで行ってきたからそこで買ってきた」
「え? そんなに遠く!?」
「うん、おかあさんこないだお米食べたいって言ってたから」
リマジーハとはゲーム本来の主人公が最初に住んでいる村だ。この村の店にはアイテムとしておにぎりが売っているので米の生産地であるのは間違いないのだが、ミノリたちの家からはかなり距離がある。それをネメたちはわざわざ買いに行ってくれたのだ。
「そっか……ネメ、ありがとうねそんな遠くまでわざわざ買いに行ってくれて。シャルもネメの同伴ありがとうね」
「ん」
「いえいえお姉様! 私はネメお嬢様と同行できた事だけで嬉しいんですから」
お礼をするミノリに答えながらさりげなく手を繋いでいるネメとシャル。
相変わらずの仲良しふうふっぷりでなにより。
「だけどリマジーハってここよりも暖かい地域だよね。そこへフード付きのローブで全身を隠して町の中に入るとなると流石に暑くて大変じゃない?」
「それなんですよねー。汗だくになりますもん」
かつてのミノリもそうだったのだが、たとえ姿は人間に近くてもモンスターであるシャルはそのままの姿で町の中に入る事はほぼ不可能だ。
町の中へ入るには例えばシャルの場合は帽子やゴーグル、それに少し長い耳など、特徴的な外見を隠さなければならないわけだが、防寒具の役割を果たす冬は兎も角、夏場はローブを纏うのが本当に辛いのだ。
幸いにもキテタイハ周辺は比較的寒い地域に属しているので夏場でも耐えられるのだが、リマジーハは暖かいと暑いの境目にあるような地域だ。
そのためミノリはシャルが脱水症状や熱中症になってしまうのではと危惧した。
「なので最近はローブを纏わない方法を試しているんですよ。今日は町に入る前に普段つけている帽子とゴーグルを外して、髪と麦わら帽子で耳を隠すだけにしてみました。服も普段とは違うものを来たので、全くバレる気配はありませんでした。
人間とモンスターでは魔力の性質が異なるので町中で魔法を使ってしまえば一発でバレてしまいますけど、使わなければ魔力の気配に敏感な人でなければまずわからないと思います」
「そうなんだ……」
そう話すシャルは、白いワンピースと大きな麦わら帽子というまるでどこぞのお嬢様というような清楚な雰囲気が漂う格好をしている。確かにこの姿ならシャルがモンスターだと気づく人間はそうそういないだろう。
「……もしかして、私もシャルみたいにマントや頭の飾りを外して耳も隠せばキテタイハの町でなんとかかんとか神扱いされないのかな?」
褐色耳長臍出し女神という呼称で一番近場のキテタイハの町で神格化されてしまっているミノリ。シャルのように違う格好をすればキテタイハの町へ行ってもそんな扱いをされずにただの旅人のように扱ってもらえるのではと淡い期待をしたのだが……。
「えーっと……多分お姉様はだめですね。『ダークアーチャー』という種族名が示すようにその褐色肌がお姉様の魅力の一つであり、一番の特徴でもありますので……」
「あーやっぱりそうかー……」
残念ミノリさん! これからもキテタイハの町はミノリさんを女神扱いするぞ!
心密かにミノリが打ちひしがれていると……。
「そういえばおかあさん、リマジーハの町中をシャルと歩いてた時にちょっと珍しいものを見た」
「珍しいもの?」
リマジーハで何かを見かけたらしいネメが次の話題を切り出した。
「うん、パレード」
「パレード? もしかしてお祭りでもあったの?」
パレードということは、なにかしらのお祭りであろうか。ゲーム上では特にリマジーハではイベントらしいイベントがなかったのでミノリも初耳だった。
前にシャルに尋ねた事があるような、ゲーム上には出てこなかったこの世界でのお祭りの一つなのかと思ったがそれも違うようで、シャルが補足するように言葉を続けた。
「ええっと、お祭りではないようでした。凱旋パレードだったみたいで、沿道で『ありがとうた光の救世主様ー!』 みたいな声がいっぱい聞こえてましたね」
「光の救世主……それってもしかして……」
光の救世主という言葉を聞いたミノリの脳裏には、ある場面が思い起こされた。
それはゲームのラスボスを倒した後で、主人公が故郷の町に戻って人々から歓迎を受けるというもの……つまりこのゲーム本来のエンディングである。
(ということは、このゲーム本来のラスボスが救世主……いや、主人公に倒されたって事なのかな。本来ならもうとっくに……えーっと2,3年遅れてのゲームクリアになるのかな。
光の加護を与えられないとそれぐらい遅くなっちゃうのか)
「パレードの先頭を走っていた馬車の上では多分その救世主って呼ばれた人が手を振ってて、その後ろの大きな荷馬車には倒されたっぽいドラゴンが横たわってた」
「……え、ドラゴン?」
ネメの説明を聞いたミノリはある違和感を覚えた。
ミノリはこのゲーム自体はクリアしたことがあったのでエンディングもしっかりと見ていたので、当然ネメたちが話すパレードもゲーム画面越しに見ていたが、倒されたドラゴンを引っ張りながらなんていう場面は存在しなかったのだ。
(そもそもドラゴンってラストダンジョンには確かにいたけど、別にボスでもなんでもないただのザコモンスターだったような……第一このゲームのラスボスって、人間を滅ぼしてモンスターが蔓延る世界にしようとした司祭の姿をした魔物とグロテスクな肉塊のクリーチャーで、そのクリーチャーは元々……)
「……おかあさんどしたの? さっきから難しい顔して考え事してる」
「あ、ごめんネメ、シャル。なんでもないよ。ほら2人とも遠くまで買い出しに行って疲れたでしょ。夕ご飯までもう少しかかるから先にお風呂入ってきてもいいよ。着替えは後で持っていくから」
「ん、そうする。行こ、シャル」
「ありがとうございます、お姉様。それじゃお言葉に甘えて……」
ネメとシャルがそう答えると、2人は買ってきたものをミノリに託してそのままお風呂場へと直行した。
そんな2人を笑顔で見送るミノリだったが……。
「……だけどひとまずラスボスが倒された後でもシャルも私も消えないあたり、前に心配していた事は多分起きそうにないね。まだ油断は出来ないけれど……良かった、シャルが消えないで。シャルが消えてしまったら私も悲しいし、何よりネメが……ね」
ミノリが不安に思っていたのはゲームがエンディングを迎えると、ザコモンスターであるシャルとミノリが消滅してしまうのではないかという事。
ミノリ自身はザコモンスターから仲間キャラフラグへと切り替わっているため大丈夫だろうと考えていたのだが、生粋のザコモンスターであるシャルについては、非常に気がかりだったのだ。
しかし、ネメからパレードの話を聞いた限りどうやら問題なくエンディングを迎えたようでその心配も杞憂に終わったようだ。
その事に安堵しながら、ミノリは引き続き夕ご飯の支度をするのであった。




