87. 13年と2週間目 無自覚ミノリさんの驚異的身体能力とへっぽこ弱点。
娘たちが19歳を迎えてから二週間過ぎた、ある晴れた日の事。シャルと共に屋外へ出たミノリは屋根を見上げていた。
「シャルが見つけたっていう屋根が傷んでいる部分ってどのあたり?」
「ええっと、ここからだとちょっとわかりづらいんですがあのあたりです。あそこだけ上から見ると変色してて……」
シャルが空を飛んでいた時に、たまたま屋根に傷んでいる部分があるのを見つけたらしく、補修をするためにその場所を指さしてもらったのだが、地上からは見えにくい部分だったようでミノリにはまったくわからない。
「うーん……ここからだとちょっとわからないなぁ……屋根に登った方がいいかも」
「あ、それだったら私が箒でお姉様を乗せ……って、え!?」
シャルが箒でミノリと共に屋根まで飛ぼうと提案しようとしたが、その提案よりも先にミノリは屋根に向かって歩き出すと、地面を蹴り上げて地上から3mはあろうかという屋根に飛び乗った。それも何故か宙で一回転しながら。
「あー、ここかぁ。確かに腐ってるね……ってどうしたのシャル?」
遅れて箒で屋根まで飛んできたシャルをミノリが振り返って見てみると、どういうわけだかシャルは感動したような顔をしながら胸の前で手を握り合わせていた。
「お姉様なんですかさっきのジャンプ力は!? すっごく高く飛びましたよね!? さらに空中で1回転までしてましたよね!? かっこいいですお姉様!!」
「へ?」
しかしミノリは何故シャルがそんなに感激したのかどうもピンとこなかったようで、困惑したような顔をしながら頬を掻いている。
「うーん、そんなにすごいのかなぁさっきの……ネメやトーイラもできるみたいから、そんなにすごくないんじゃないかなこれぐらい」
「ネメお嬢様もトーイラお嬢様も身体能力はズバ抜けていますから2人とも出来るかもしれませんが、まず普通の人はできませんし、あの美しさはお姉様だからこそですよ!」
「うーん……よくわからないけれどそうなのかな……まぁいいか」
ちなみにだが、先程の技は当然ながら転生前から出来ていたわけではなく、今の姿になってからだ。そしてミノリよりも身体能力で上回っているネメやトーイラもそれぐらい跳べるだろうという認識だった為、シャルが感激するような技ではないと今まで思っていたのだ。
しかし、シャルが感激している事に対しては、多少戸惑いはしたものの悪い気はしなかったので、ひとまずシャルにとってはそういうことなんだろうと納得する事にしたミノリなのであった。
そして折角だから先程の技よりももう少し高度な技もシャルに見せてみたいと考えたミノリは……。
「ちなみに私、空中で一回転以上のこともできるけれど見てみたい? ここじゃちょっとできないから森から出て狩り場まで行く事になるけれど……」
「はい! 見てみたいです!」
即答だった。
「うん、わかった。それじゃ屋根の補修終わったら見せてあげるから手伝ってね」
「はい! お姉様!!」
ミノリとシャルは屋根の補修を急いで終わらせると、家の中にいたネメとトーイラに声をかけ、いつもの狩り場へと出かけたのであった。
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森を抜けていつもの狩り場へとやってくるとミノリは辺りを見回している。
「えーっと、どこにいるかなぁ」
「お姉様、何探しているんですか?」
「食べられるモンスターだよ。今からシャルに見せる技は倒すモンスターがいるからこそ出来る技で、技を見せるついでに無事に狩れたら保存食にしちゃおうと思ってて」
シャルは技を見せてもらって満足、ミノリは保存食ゲットで一石二鳥。のほほんとしているようで結構しっかりとしているミノリである。
それから暫しの間、ミノリが獲物となるモンスターを探していると……。
「あ、ちょうどいいのがこっちに向かってきてる。シャルはあそこの木陰に隠れながら見ててね。危ないから。」
シャルに隠れるよう伝えながらミノリが指さしたのは、ミノリの存在に気づいて襲いかかろうと走り寄ってきているウマミニクジルボア。
指示に従ってシャルが木陰に隠れた姿を視認したミノリは弓を手にすると何故かウマミニジクジルボアに背を向けたまま一歩も動かない。
「お姉様何してるんです!? 危ないですよ!?」
ミノリへ今まさにモンスターが襲いかかろうとしている状況で背を向けたままというのはいくら格下のウマミニクジルボアといえど危険すぎる。シャルは思わず叫んでしまった。
シャルの叫びも聞かずにその場から動かないミノリに対して、ウマミニクジルボアはその距離を徐々に近づけていく。そしてあとミノリに衝突しようかという距離までウマミニクジルボアが迫ったその瞬間だった。
「ほい」
小さくかけ声を上げたミノリがその場で地面を踏み込んで蹴り上げると、地上からおよそ5mの高さまで跳び上がってウマミニクジルボアの体当たりを回避したのだ。
「え!?」
背を向けていたにも関わらず屋根を修理した時以上の高さを跳んで攻撃を回避したミノリに対して思わず驚きの声を上げるシャル。しかしミノリの行動はこれだけに終わらなかった。
弓を構えたまま高く跳び上がったミノリはバク宙をしながら地上にいるウマミニクジルボアを見下ろすように体勢を整えると……。
「今かな、えい」
目の前にいたはずの標的を見失って辺りを探しているウマミニクジルボアに狙いを定めるとミノリは上空から矢を何本も同時に放った。
空から突如として降ってきた矢の雨に為す術もなく、断末魔を揚げながらその場で息絶えた。そして矢を射ち終えたミノリはそのまま宙で2回転しながら再び体勢を整えると、綺麗に地面へと着地したのであった。
「……と、こんなこともできるんだ」
「すごいですお姉様!! 私感激しました!」
なんてことないという顔をしながらその技を披露したミノリに対して、目を潤ませながら木陰から出てきた賞賛の拍手を送るシャル。
(うーん、褒められて悪い気は全くしないけれど……なんでだろう。これ以上褒められるととてもまずい事が起きそうな気がする。キテタイハのあのおばあさんみたいに女神扱いされたりとか。イヤ既にシャルにもそんな扱いされてる気配あるけどさ!! ……とりあえず私の情けない姿を見せれば少しは落ち着くかな)
持ち上げられすぎて神格化させられてしまうと非常に困るという事を痛い程わかっているミノリは、自分の評価がこれ以上鰻登りになるのはまずいと判断し、ひとまず自分の欠点についても打ち明ける事で評価を下げ、それで帳尻合わせをする事に決めた。
「でもねシャル……私はさっきぐらいの高さまでジャンプできるし、バク宙しながら弓で攻撃できるぐらいの身体能力はあるけれど私には大きな欠点があってね……ちょっと見てて」
「え?」
口で説明するより見せた方が早いだろうと、ミノリは先程までシャルが隠れていた木に向かって歩き出すと地面を大きく踏み込んで跳び上がり、木のてっぺん付近の枝に飛び乗った。
高さはウマミニクジルボアを倒す為にミノリが跳んだ高さと同じぐらいであろうか。
しかしミノリは、何故かそこから降りようとはせず幹にしがみついたまま動かなくなってしまった。
「……」
「お姉様、一体どうしたんですか? 動かなくなってしまいましたけど……って顔真っ青じゃないですか!?」
木の上に飛び乗ってから一言も発さないまま動かないミノリを心配したシャルが箒でミノリと同じ高さまで飛んでみると、そこには青い顔をして下を見ないように視線を泳がせているミノリがいた。
そこでミノリはこの技の欠点について打ち明けたのであった。
「あの、私、前にも話した事あると思うけれど高い所が怖いわけで……。
大体同じ高さに着地するならさっきぐらいの高さまで飛べるし、その間に空中で数回転したり上空からモンスターに向けて矢を放ったりなんて芸当も出来るんだけど……今の自分の位置よりも低い所へ飛び降りるのだけはどうも怖くて出来なくて家の屋根が限界で……。
ここ無理、降りられない。こわくて した みられない……しゃる たすけて……」
涙目になりながら説明するミノリ。恐怖のあまり棒読み状態に成る程だ。
高所恐怖症であるミノリが自分を犠牲にしてまでこの情けない姿を披露する事で、シャルはミノリを神格化する事は無いだろうという打算的な考えからの行動だったのだが、神格化されなかった代わりに、何故か逆にシャルの好感度が上がってしまったらしい。
「完璧じゃない所もそれはそれでかわいいですお姉様……」
「ぜんぜんうれしくない……。それはいいからはやくたすけてしゃる……」
よくわからないことでシャルの好感度が上がられ、困惑しながらも救助をお願いするミノリなのであった。
ちなみにこの後、真っ青な顔をしながらシャルの背中にしがみつきながらなんとか無事地上に降りることのできたミノリが安堵する一方、降りる際にミノリに抱きつかれたシャルは、背中に感じられるミノリの体温や、背中に当たる控えめながらもミノリが女性だとわかる2つの柔らかい感触を味わえるという予想外の幸せが突如舞い降りてきてきた為、小躍りしたくなる気持ちでいっぱいだったそうな。




