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86. 13年目③ いざ川の字。

R15的な表現があります。苦手な方はご注意ください。


「ネメもトーイラも大丈夫? 狭くない?」

「問題要素皆無」

「大丈夫だよー」


 ベッドの上でミノリにぴったりとくっつく…どころか両側から抱きしめるように横になるネメとトーイラ。ネメがミノリとくっついて寝たいとお願いしたところ、ネメがそうするなら私も一緒にとトーイラもお願いした結果である。


 その為、大体同じぐらいの体温に両側から挟まれたような形になってしまったミノリ。

2人がまだ子供だった頃にも何度かこのように身を寄せ合って寝たことはあったが、成長した2人に身長を追い抜かれてからは今日が初めてだ。


 3人で枕を並べても一つのベッドで事足りた頃とは異なり、ベッドを2つくっつけないと手狭なほどにネメもトーイラも大きく成長した事を改めてミノリは実感した。


(あんなに小さかった2人がこんなに大きく成長してくれて……)


 そして19歳になったばかりではあるが来年2人は20歳になる。その事に対してここまで無事に育ってくれた事の喜びも一入ひとしおで思わず心がホッコリとなるミノリ。


 ……まるでサンドイッチのように2人に抱きしめられているこの状況は兎も角。


「やっぱりおかあさんのにおい、安心するにおいで大好き」

「不思議なほどにママって私とネメが好きなにおい……ずっと嗅いでいたい……」


 トロけたような表情でミノリを見つめる2人だが、その一方でミノリはある事を気にし始めていて実はわりと気が気ではなかったりする。その『ある事』はというと……。


(……大丈夫かな私、加齢臭出始めたりしていないよね……。もしも2人に『おかあさんくさい』とか言われたら凄く傷つくかも……)


 その事をミノリは不安に思っているようだが全くの杞憂である。ミノリをはじめとした女性型モンスターは少しでも生き残る確率を上げようとする生存本能によって人間が好むにおいになる傾向が強く、今後も加齢臭は一切出ないのだ。


 それどころかミノリは自分以上に強い存在であるネメとトーイラと一緒に過ごしているせいで、体が無意識のうちに生き延びようとするべく2人の好むにおいになるようにフェロモンが変化していることなどミノリが知る由もなく……。


 そんな余りにも無意味なことでミノリが思い悩み始めていると、ネメとトーイラがミノリの耳元へささやきはじめた。


「おかあさん、私たちをここまで育ててくれてありがとう」

「そんなママに私たちからお礼」


 そう2人がささやき終えるやいなや、2人はミノリを両サイドから抱きしめながら同時にミノリの頬へキスをし、それが終わると今度は2人揃ってミノリに頬ずりをし始めた。


「もう本当に2人とも、大きくなっても甘えん坊なんだから……」

「えへへ、だって、ママの娘だもん」

「おかあさん第一主義」


 両側から2人に抱きしめられながらもなんとか腕を動かすとミノリは2人の頭を撫で始めた。


「私はあなたたち2人が幸せになってくれる事が自分にとって一番幸せだよ。2人のお願いだったら私に出来る範囲で何でも叶えてあげたいから、これからもいっぱい私に甘えてくれると嬉しいな……」

「え、それじゃあママ私と恋人にn」

「それはダーメ」

「ちぇー」


 トーイラはまだミノリと恋人になる事を諦めていないらしい。


(もうトーイラってば。きっとトーイラにも私以上に大切な人が現れるに違いないから焦らなくても大丈夫だよ……)


 娘たちの背中をポンポンと叩きながらミノリがそんな風に思っていると、先程のミノリの『2人のお願いだったら何でも叶えてあげたい』という言葉が引き金となったのか、何かを思い出したようにネメが小さく「あ」とつぶやいた。


「忘れてた。私おかあさんにもう一つだけお願いしたい事があった」

「ん、なーに?」

「おかあさんの耳、甘噛みしたい」

「え゙!?」


 何でもするとは言ったものの予想の範疇から外れたようなお願いをネメから言われてしまい、ミノリは思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。

 簡単に出来る事だし、ミノリがいいとうなずけばすぐ実行可能ではあるけれど、心情的な面では非常に難易度の高すぎるお願いでミノリは当惑した。


「ちょ、ちょっと待ってネメ。なんでそんな事お願いしたい……の?」


 そんなネメのお願いに対して、ひとまず耳を甘噛みしたい真意をネメに尋ねる事にしたミノリ。


「私にとっておかあさんの長い耳がすごく憧れ。私はおかあさんと種族が違うから一生それを持つ事ができない。褐色の肌もそう。おかあさんの全てが魅力的。だからおかあさんの耳を甘噛みしたい」


「いやネメが私の事を魅力的だと思ってるのは伝わったし、その気持ちは嬉しいけれどそれでどう繋がったら耳を甘噛みしたいになるのかな!?」


 ネメの謎の思考回路が理解できずミノリが一人混乱していると、追い打ちをかけるように今度はトーイラがネメの援護射撃を始めた。


「でもネメの言いたい事もわかるなー。だってママって落ち込んでる時、耳がぺったんと下がっていたりするし、喜んでいる時は耳がちょっとピコピコ動いていたりするし、あれ私から見てもすごくかわいいと思ったもん。」

「え、私の耳ってそんなに動いてる!?」

「「うん」」

「うわぁー……恥ずかしい」


 トーイラの指摘で初めて自分の耳がまるで犬みたいに感情に合わせて動いてる事に気がつき、思わず赤面してしまうミノリ。

 しかし娘たちは何故ミノリが恥ずかしがるのかわかっていないようだ。


「そこがおかあさんの魅力だから恥ずかしがる要素微塵も無し……摩訶不思議」

「ねー」

「うーん……といってもそれで耳を甘噛みさせるってのは違うんじゃないかなぁ……」


 いくら褒められたからといって耳を甘噛みさせても良いという判断にはいかないミノリなのだが……それを許可せざるを得ない爆弾発言がネメとトーイラの口から飛び出してしまった。


「でもほんとならおかあさんのおへそもなめたい」

「わかるよネメ。私もママのおへそすごくえっちだもの。あとわきも」

「待って2人とも何怖い事を力説してるの!? 流石にへそとわきはダメ! というかそれはネメのお嫁さんであるシャルにす、するべきこ、ことじゃないかな!?」


 なんてことだ、愛娘たちがペロリストになってしまっていた。


 それは流石に親子でするものではないし、するならば嫁であるシャルにするべきだと即座に判断したミノリは噛みながらも大慌てでそれを拒絶した。


「シャルの耳もおへそもわきも既に我が舌中に収めた」

「もうやっていた!?」


 手中に収めるような言い方でさらりと再び爆弾発言をするネメ。


 ネメがシャルと体を重ねているという事を重々理解はしているつもりだったが、既に色々な『ぷれい』に及んでいるネメに対してミノリは思わず驚愕きょうがくしてしまった。

 もちろんネメはミノリが想像している以上の事もシャルに対してしょっちゅうしているわけだが……それについては別に触れないでいいだろう。


(と、とりあえずどうしよう。このままじゃ私のおへそがネメの餌食になってしまう。というかトーイラもネメの言葉に併せて眼光鋭く蛙を狙う蛇みたいな目で私を見ている気がする……)


 流石におへそと腋をなめられるのは勘弁してほしいミノリ。そしてこれ以上話を続けたらネメにだけでなく、トーイラにまでとんでもない事をさせられてしまうのではと危惧する気持ちでいっぱいだ。

 しかし先程なんでも叶えてあげたいと言った手前断りづらい。


(し、仕方ない……それなら……)


 ミノリは観念して精一杯の妥協をする事にした。


「あー……わかったよ、耳を甘噛みするだけならいいよ……。だけど今日だけだからね。あと甘噛みまでで、なめたりそれ以外の事をするのはダメだからね」

「ありがたき」

「わーい!」


 2人は喜ぶと早速とばかりにミノリの両耳に顔を近づけるとそのままミノリの耳を口にくわえ、甘噛みしはじめた。


(く、くすぐったい……)


 ミノリからは2人の顔が見えないが、時折歓喜と思しき声にならない声が聞こえる事から2人が恍惚こうこつとした表情をしているのだと察せられたのだが、ミノリにしてみれば先程の体臭云々以上に気が気でない。


(いや待って、これ……耳を甘噛みする変な感覚と2人の吐息が伝わってきてすごく恥ずかしいんだけど……)


 はむはむというなんともむずがゆいようなくすぐったいような感覚と恥ずかしい感情が高まり、顔が真っ赤になってしまっているミノリ。


 結局ミノリは、2人が満足するまで耳の甘噛みを耐えるのであった。



 *****



 それから暫く経った頃だろうか、ミノリの耳を甘噛みするという野望を達成できて満足した2人はいつの間にか眠りに落ちたようだ。


 とても安らかに、そしてツヤツヤとした寝顔で。


 その一方でミノリというと……。


(つ、疲れた……)


 全く動いていないはずなのに何故か異様に疲れてしまい心なしかげっそりとしてしまっているミノリ。


(しまったなぁ……もしかして、私という存在そのものが2人に変な嗜好しこうを植え付けちゃったのかも。種族の違いがここで出ると思わなかった……。 

 個性としてそのままにすればいいのかやめさせるべきか親として悩む……もうネメはシャルがいる立場なのに今更私が介入するのも違う気がするし……)


 ミノリはその後も暫くの間、布団の中で今まで自分がしてきた子育てについてあれこれ悩んでいたのだが、両側から感じる娘たちの体温で心地よくなったのか、次第に深い眠りへと落ちていくであった。



 ……一方その頃、ネメとシャルの寝室にて一人で寝る事になったシャルはというと……。



「うぅ、こういう約束だったとはいえ寂しい……。もし機会があれば私も一緒になってみなさんと寝たいです……」


 一人寂しさをこらえるように、めそめそ泣きながら布団をかぶっていた。


 シャルがお願いされた約束事を反故にするような悪い子であれば、仲睦まじく一緒の布団に眠っているであろうミノリたちの寝室へこっそりと忍び込んだり、聞き耳を立てたりするのだろうが、昔と違い今のシャルは基本的にはちょっとおバカな所はあるけれど、約束事を破るような真似はしない実直な性格だ。


「早く朝来ないかなぁ……うぅ……」


 この長い夜が早く明けてくれる事を一人寂しく待ちわびながら目をつぶるシャルなのであった。


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