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84. 13年目① 娘たちの誕生日とミノリの誕生日。

 ミノリがネメとトーイラを娘に迎えてから気がつけばもう13年の月日が流れ、無事に2人は19歳の誕生日を迎える事が出来た。


 その為、ミノリたちの家では毎年恒例となっている2人の誕生日のお祝いをすることになったのだが、今回はネメとシャルが()()()となって一緒に暮らすようになってから初めての誕生日であるため、初めてシャルが参加するお祝いとなった。


 そんなシャルはというと、こうして誰かの誕生日を祝う事自体が初めての体験であり、興味津々な様子で飾り付けられた室内をキョロキョロと見回している。


「そういえば人間は誕生日を祝うのでしたよね。話に聞いた事はありましたけど、なるほどこんな風に。私は自分の誕生日がわからないですけど当事者じゃなくてもホッコリとしてしまいますね」


 そう口にするシャルの表情からもウキウキとした感情が見て取れる。


「あ、そっか。シャルはシャル自身の誕生日はわからないのか……。それだとシャルは誕生日祝えないね」

「そうですね、気がついた時には地面の上に立っていましたし、まだその頃は日にちという概念も無かったので」


 できる事ならシャルの誕生日も祝ってあげたかったのだが、根っからのモンスターであるシャルは自然発生に近い形でこの世界に生まれたらしく、日にちを特定するのは難しいようだ。


「まぁ、誕生日は祝えなくてもシャルにはちゃんと結婚記念日があるから、そっちをみんなで祝うよ。それでもいいよね?」

「あ……ありがとうございますお姉様!」


 先程までの困ったような寂しいような表情から一転してパッと顔を明るく輝かせながらシャルはミノリに抱きついた。


 ネメと結婚してからのシャルは、彼女の中でも特に残念だった部分であった『ミノリに対して暴走してしまう悪癖』もすっかりなりを潜め、今では憑き物が落ちたようにその素振りを見せる事がすっかり無くなっており、最近のミノリの中では、シャルは『非常にかわいらしい妹分』という認識で固定されてきており、ネメは本当によい子を嫁として迎えたものだと思っている。


 そんな、ミノリに嬉しそうに抱きついたシャルだったのだが、小さく 「あ」 とつぶやくと再び顔を曇らせた。


「そういえばお姉様も誕生日がわからないから祝えないんですよね。それが私には残念です……」

「え? あー……」


 残念がるシャルの言葉を聞いた途端、ミノリは今まですっかり忘れていたという顔になった。


「えっと……すっかり忘れてたけど私は自分の誕生日にあたる日はちゃんとわかるよ。大体半年後かな」


 確かにミノリの姿であるこのモンスターの体は、気がついたときには森の中に立っていた事を考えるとシャルと同じように自然発生だったのかもしれないが、ミノリの意識としては転生前から連続している。


 そしてこの世界は異世界と言っても日本で開発されたゲームの世界でもあるからなのか月日の概念が太陽暦と同じだった。その為、ミノリは転生前の誕生日をこの世界でもそのまま置き換えることが出来たのだ。


 その事をミノリが口にすると、どういうわけかその言葉を近くで聞いていたトーイラとネメが何故かショックを受けたような顔をしながら、手にしていた物を落とした。


「私たちママの誕生日祝ったことない!」

「そんな……この13年も……おかあさんの誕生日を……ないがしろにしてきたとな…」


 どうやら2人もミノリには誕生日の概念が無いと思っていたのだろう。それなのに実は誕生日があると聞かされ、この13年もの間一度たりともミノリの誕生日を祝ったことが無かったという事実に、まるで大罪を犯したような顔をしながら膝から崩れ落ちると、盛大に嘆くように頭を抱えたり地面に伏せて床を叩いたりしてしまっている。


(え、ちょっ、何その反応!?)


 先程までの祝賀ムードがあっという間にお通夜のような雰囲気になってしまった。


 このまま放置してしまった場合、2人は暴走を続けて最悪自傷行為に及んでしまうのではと今までの経験からその危険性を察知したミノリは、すぐさま2人を慌ててフォローした。


「いやいや、2人は気にする必要ないよ! 私は2人が日に日に成長していくのが何よりの楽しみだったし、それに誕生日は転生前のだから自分でもあまり意識してなかったし、そもそも2人にも教えてなかったわけだから! だから 気にしないでね!? いいね!?」


「「あ、はい」」


 無理矢理感が強い割りに圧が異様に高いミノリの説得に気圧けおされたのか2人は返事をする事しか出来なかった。ちなみにミノリがフォローしたように、ミノリが自分の誕生日を意識していなかったのは事実である。


(ただ、私の場合は心のどこかで前世の誕生日をそのまま誕生日と捉えるのはどうにも違和感があったんだよね。だから考えないようにしてたのもあるけど……)


 ミノリの心情としては前世で生きてきた17年とこの世界に転生してから過ごした13年は連続した日々であった為、前世の誕生日をそのまま誕生日として考えたい所ではあるのだが、肉体的にはこの世界に転生してきた日が誕生日という感覚もある。


 その為、精神と肉体で誕生日が異なっているという違和感がどうしてもぬぐえず、結果的に誕生日を意識できずにいたのだ。


 さらに、今まで誕生日を意識してなかったミノリが誕生日を意識してしまったその瞬間、あるショッキングな事実にミノリは気づいてしまった。それはというと……。


(というか! 誕生日を意識してなかったせいで今まで全然気がついてなかったけど、私の前世、別に17になったその日に死んだわけじゃなくて、半年は経過してたからとっくに通算で30歳になってて次の誕生日で私31歳じゃん!! うわぁ……意識してなかっただけになんだかショックだ……)


 前世から通算でざっくりと17で今まで計算しており、今年で30歳になるぐらいの感覚だったのが実際はとっくに30歳を迎えていたミノリ。

 今まであまり意識していなかった『三十路』という言葉の持つ謎の重みが、突如として心に重くのしかかってきた。


(ま、まぁもう自分の年の事は別にいいとして……よく考えたら私って2人とは11歳半ぐらいしか年が離れてないんだよね。よく今まで母親やってこれたなぁ)


 確かに11歳半差というのは年の離れた姉妹ぐらいの差しかない。しかしそれでもミノリが2人と出会った時に決意した『母親として頑張りたい思い』はまだ幼かったネメとトーイラの心にしっかりと伝わり、こうして今日を迎えられたのだ。


(でも、こうして2人の母親として頑張ってきた事は、素直に自分を褒めてもいいよね?)


 ミノリは謙遜気味にそう思ったが、今日まで献身的に2人を育て上げてきたその姿は紛れもなく立派な母親だ。

 献身的すぎた結果、娘たちの愛情の育ち方に若干のゆがみがうかがえる所はあるが……。


「さて、あと少しで準備終わるから2人とも待っててね。シャル、お手伝いお願いね」



 ミノリは3人にそう声をかけると、再び娘たちの誕生日を祝う準備を再開するであった。


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