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82. 12年と10ヶ月目 くえないあいつ。

お久しぶりです、ミノリさん再開しました。


暫くの間はネメとシャル結婚後の日常回になります。

「うーわぁ、今日はシンシスライムしかいない……」


 トーイラを伴っていつもの狩り場へとやってきたミノリ。

 しかし今日はどういうわけか、ウマミニクジルボアやムスヤクニルドリなどの姿は無く、よりによっているのは食べるのに向かないシンシスライムだけであった。


「ほんとだねーママ。私とネメはよくシンシスライムを魔法の練習台にしてたけど、食材となると本当に役に立たないもんねー」


 トーイラにまで散々なことを言われるシンシスライム。まあ防具を溶かすためだけに存在するような変態モンスターだし、そんな風に言われるのも仕方がない。


「うーん、見た目はぷるぷるとしててまるでゼリーみたいなんだけどなぁ」

「どうするのママ、今日は諦めて帰る?」


 トーイラの話すように、他のモンスターを待つよりも今日は狩りを切り上げた方がいいかもしれない。そう判断しようとしたミノリの前に、ちょうど買い出しから帰ってきたネメとシャルが空から降りてきた。


「お姉様、トーイラお嬢様、ただいま戻りましたー!」

「おかあさんにトーイラ、ただいま。2人は狩り?」


 ()()()となった2人が空を飛んでの買い出し、2人が結ばれてからまだ一月ほどしか経っていないが、ミノリの家ではすっかりおなじみの光景となっていた。


「おかえり2人とも。うん、そうだったんだけど今日は帰ろうかなとトーイラと話してたんだ。」

「シンシスライムしかいないもん。あれ食べられないからねー」


 2人の言葉に 納得したような顔をするネメに対して、きょとんとするシャル。


「え、食べないんですかシンシスライム。私、ネメお嬢様と結婚する前までは食べてましたけど……」


 シャルの驚愕の言葉にミノリは思わず目が飛び出しそうになった。一緒に話を聞いていたトーイラやネメも同じらしく口をあんぐりとさせている。


「いや待ってシャル…あれはどう考えても無理でしょ……」

「シャルさん……どんなレベルの悪食なの……」

「ピンク……すけべ……」


 おのおの、反応に差違はあるものの軒並み『マジかよこいつ』といった顔をする3人。


「ちょっと待ってくださいよ、なんでそんな反応するんですかみなさん!? というかネメお嬢様、すけべなのはネメお嬢様の方ですよね!? 昨日だってもう寝たいって言った私を」

「シャル、それ以上言ってはいけない。もし言うなら今ここでシャルの口を口でふさぎながら押し倒さなければならない」


 ミノリたちの目の前で、ネメとシャルによる痴話喧嘩ちわげんかという名のイチャイチャ状態が始まりそうになっており、ミノリは別の話題に切り替えた方が良さそうだと即座に判断した。


「ちなみにシャルはどうやってシンシスライムを食べてたの?」

「え? あー、倒したのをそのままですね。火系の攻撃魔法で倒しちゃうので、火は通したことになるはずですし……」


「あれ、攻撃魔法をモンスター相手にも使えるの? 確かシャルの場合、攻撃魔法の対象を人間以外にする事できないんだよね?」

「はい、基本はそうなんですけど食欲を満たす為の攻撃時だけ例外ですね。私だって何か食べないと死んじゃいますから。

 そして一度で倒せなかったらあとは杖やほうきで殴りまくって倒すこともありますね。物理なら魔法関係ないですし」

「なるほど、そういうことだったんだね」


 シャルの説明を聞いて頷くミノリの隣で『なるほど、そんな抜け道があったのか』と興味をもったような顔をするネメとトーイラ。


「へーそうなんだ。なら前にママを襲おうとしたあいつらをもしまた見かけたら、食べるためと思い込んだら私たちも魔法であいつらに攻撃できるって事だよね?」

「いいこと聞いた。ついでに私たちがまだあの町にいた頃私たちに酷い目に遭わせてきた奴らにも。制裁制裁」


 非常に悪い顔をしながら向かい合いってニヤつくネメとトーイラ。これは思い立ったが吉日、すぐにでも探しに行こうとしている顔だ。


「気持ちはわかるけど殺人はダメだよ2人とも!?」

「「えー!!」」


 慌ててミノリが釘を刺すとネメとトーイラは残念そうに叫んだ。


「私のために2人が殺人犯になってお尋ね者になるのはイヤだからね私! 気持ちはわかるし嬉しいけども!」

「むー、ママがそういうなら……」

「おかあさんの意のままに。でもおかあさんはもっと危機感持った方いい」


 2人は不満そうな顔をしたものの、ミノリから不許可の言葉が出ると渋々承諾してくれたようだ。


 この愛娘たちはいくつになってもミノリのこととなるとすぐに暴走するから気が抜けない。なんとも心の安まらないミノリである。


「まあそれはともかく実際に試して欲しいから、えっと、トーイラ、シンシスライムを適当に一匹狩ってくれるかな?」

「いいよー。 というか、もう準備してるよー」


「わっ!? いつの間に……」


 ミノリがお願いするより先にトーイラは行動していたようで、既にシンシスライムを瞬殺していたようだ。流石この辺りのモンスターは指先一つで倒せるだけの事はある。


「それじゃ、早速食べますよ」


 そう言ってシンシスライムを一口。そして咀嚼を開始…しない。何故か顔を青くしている。


「ちょ、シャルどうしたの…。顔が真っ青だよ」


心配したミノリが慌ててシャルに声をかけると一言、とても小さな声で……、


「……ごめんなさい。すっかり家での料理の味に慣れてしまって、ここまでまずいものだと思ってませんでした……」


 涙目で口元を押さえているシャルは、そのまま茂みに隠れてしまった。……その後のシャルの行動は彼女の名誉のために伏せておいた方がいいだろう。


「今ではまずいと断言できるほどのスライムを普通に食べてたとか……逆にすごいよシャル…」


 モンスターは人間と違って、本当に食べられればなんでもいいという感じの食文化で、その差がここまでひどいのかと思ってしまうミノリ。

 そして同じくシャルがシンシスライムにかじりつく姿を見ていたネメとトーイラは2人で顔を見合わせながら何か小声でささやきあっている。


「……ねぇネメ」

「なに、トーイラ」


「私、料理が得意で味覚も私たちと同じような感覚のママですっごくよかったと今思ってる……」

「トーイラ奇遇。私もそう思った」


「「そうでないとシンシスライムが食卓に並んでいたから」」


シャルと同じモンスターでも元は人間で、料理も得意なミノリが母親で良かったと心の底から安堵するネメとトーイラなのであった。

明日以降も話のストックがある間は毎日12時更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これが俗に言う胃袋を掴まれたってやつですか。 シャルちゃんはもうネメやミノリ無しでは生きていけないですねぇ(ニッコリ
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