81. 12年と9ヶ月目翌朝 4人。
翌朝。いつもより早く目を覚ましたミノリは、まだ眠っているトーイラを起こさないように布団から抜け出した。
そして着替えてから居間で朝食は何にしようか考えていると、シャルも起きてきたようだ。
「おはよう、シャル。よく眠れた?」
「おはようございます、お姉様……。実はあまり眠れなくて……」
「え? 緊張して眠れなかったとか?」
少し心配になり尋ねたミノリだったが……。
「いえ、ネメお嬢様が寝かせてくれなくて……」
「そ、そう……」
ただのノロけ話が返ってきた。
「それはそうとお姉様。早速なんですがお願いがあって……。私にごはんの作り方、教えてくれませんか……?」
「へ、料理? 別に構わないけど……私の料理の腕前なんて普通だよ?」
ミノリにとっては料理を作るのは当たり前のことだったし、腕前も前世では平々凡々でこれといってすごい料理を作っているような感覚は無い。しかし、シャルからしてみるとそれ自体が異質だったようだ。
「いや、あのですね……。見た目は人間に近くてもモンスターは普通料理しないんですよ」
「え? そうなの?」
「お姉様が特別なんですよ……。基本的に自身の知的探求優先で、食に関しては食べられる木の実をそのまま食べたり、倒した生き物を適当に焼いたり煮たりして、そのまま食べるだけことがほとんどで、お姉様みたいに凝った料理の仕方なんてまず知らないんですよ……」
これがモンスターでも元は人間の少女だったミノリと、根っからのモンスターであるシャルの違いなのだろうか。
「そんなわけで、モンスターでありながら料理を作れるお姉様が本当にすごいと思うんです。なので私はお姉様に師事を賜りたいとおm」
あぁこれは本心が恥ずかしくて言えないやつだ、と直感したミノリはシャルの話を遮るように尋ねた。
「簡潔に言うと?」
「ネメお嬢様に、私の作ったご飯食べてもらいたいんです!」
初々しい新妻から、なんともかわいらしい答えが返ってきて、思いがけず、にやけてしまいそうになるミノリ。そんな反応をされてしまっては応えないわけにはいかない。ミノリはシャルのお願いを二つ返事で了承した。
「わかった。それじゃあこれからシャルにはめいっぱい料理の腕を磨いてもらうね」
「は、はいお姉様! がんばります!」
「ママ、シャルさんおはよー」
どうやらトーイラも起きてきたようだ。
「おはよう、トーイラ」
「あっ、トーイラお嬢様おはようございます」
2人がトーイラに挨拶を返すと、トーイラはミノリの元へとやってきて小声で謝り始めた。
「ママ、昨日はごめんねー」
「そんな事無いよ。私はあなたたちの母親だもの。あれぐらい平気だよ」
昨日の夜、いろいろあったトーイラも今日は普通にミノリに接してくれている。
(……ちょっと不安だったけれど吹っ切れたのかな?)
などと考えているミノリだがそんな事は無く、トーイラがミノリと恋人関係になる事を諦めずに虎視眈々と狙っている事に、ミノリはまだ気がついていない。
*****
「というわけで、今日の朝食はシャルお手製だよ。ちなみにシャルは今日が料理初挑戦」
「え? シャルさんが作ったの?」
「は、はい! がんばって作りました。皆さんのお口に合えばいいんですが……」
驚いたトーイラが、緊張した表情のシャルから食卓の方へ目を向けると、見た目が少しいびつな料理が並んでいる。初めてにしては上々だろう。遅れて起きてきたネメも寝ぼけ眼のまま感心したように食卓を眺めている。
「シャル大義。では早速……」
「あ、私も食べるねー。いただきます」
食卓の椅子に座ったネメとトーイラが、シャルの料理を口に運んだ。その味はというと……。
「おかあさんの味を踏襲しようとした痕跡が垣間見える。悪くはない」
「……うん、これからの伸びしろがあるような味だねー」
決してまずいというわけではなく、お世辞でならおいしいといえるぐらいのなんとも評価のしづらい料理。
しかしこの料理は、ミノリが横で指導していたものの、シャルにとって初めての料理だ。最初でここまでできるのであれば、暫く練習を重ねていけばミノリの腕にもいつかは追いつけるに違いない。
「わ、私、がんばります!」
及第点ではあるが、まだまだのようだと2人の反応から悟ったシャル。次こそは心から満足してもらおうと決意を新たにしたようだ。
「うん、がんばってねシャル。ちなみにネメもトーイラも料理作るの得意だから、シャルが全く成長しないままだと、料理を作る役目完全に奪われちゃうからね」
「死ぬ気でがんばらせていただきます!!」
*****
朝ご飯が終わると、トーイラは川へ洗濯をする為に外へ出ていった。ミノリは窓際の椅子に座ってネメとシャルを見ている。
そんなネメとシャルは、片付けが終えるまでが料理だからと、ただいま流し場で一緒に皿洗い中だ。
ちなみにシャルは、皿洗いもまともにしたことがなかったようで、加減がわからないのか既に2枚皿を割っている。
何度も謝っているシャルと、まあまあとそれを宥めているネメ。本当にお似合いのコンビだ。
「……まあ、これからだよ。がんばれ新婚さん」
ミノリは微笑みながら窓の方へ向き直った。
(それにしてもこの世界に転生してきたばかりの時はよりによってザコモンスターだったから『転生していきなり詰んだ!』と思ってたのに、あれから12年……いやもうすぐ13年になるのかぁ……。本当に色々な事があったね)
モンスターに転生してしまったのですれ違った人間がミノリを見るなり怖がって逃げていったこと。
町を追放されたネメとトーイラに手を差し伸べて、母親になると宣言したこと。
一緒に畑を作ったり、狩りや釣りに行ったこと。
ネメとトーイラの2人に襲い掛かって返り討ちにされたシャルを許してあげたら懐かれたこと。
星を3人で見に行ったり、クリスマスを祝ったり、2人が風邪をひいてしまったこと。
2人にミノリと同じ苗字を名乗ってもいいと言ったこと。
男たちに襲われて瀕死になりかけていたミノリを2人が助けてくれたこと。
モンスターとしての本能が起き始めていたミノリが、2人に殺してほしいとお願いしたこと。
そんなミノリを助けようと、今度は2人が手を差し伸べてくれたこと。
そして昨日、仲が進展していたネメとシャルが、ふうふになったこと。
この世界に転生してきてミノリの身に起きた様々な出来事が、次々と鮮明に思い出されてくる。
(これから4人での生活が始まって、そしていつかは私の孫になる子も……。
ちょっと気が早い気がするけど、私この世界に転生できて、本当に良かったなぁ……)
嬉しそうに窓辺に頬杖をつきながら外を眺めるミノリの周りには、今日も他愛のない、でもひたすらに幸せな世界がそこにあった。
後ろから聞こえてくる 「あっ」 の声と、パリンという音を聞かなかったことにしながら。
【9/28 20:35加筆】
最後の部分に500字程、ミノリさんの回想を加筆しました。
今回更新分で現時点で予定していたお話はこれで全部となります。
再びミノリさんたちで書きたい話が出てくるまで、暫しお休みとさせていただきます。
感想、ブックマーク、評価、誤字報告などもありがとうございました。大変励みになりました。
そして最後になりましたがここまでお読みいただき、ありがとうございました。
【2021/4/24追記】
書きたい話がまとまってきましたので再開予定です。再開前にここまでの登場人物等紹介部分を投稿した後に本編を投稿する予定です。




