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80. 12年と9ヶ月目夜 初恋の行方と2人の思惑。

R15要素があります。苦手な方はご注意ください。

「それじゃ、おかあさん、トーイラ。おやすみなさい。行こ、シャル」

「あ、はい。ネメお嬢様。それではお姉様、トーイラお嬢様、おやすみなさい」


 おやすみの挨拶をしたネメとシャルが、手を繋ぎながら、新しく造った寝室へと消えていった。


 そして居間にはミノリとトーイラの2人だけ。


「……私たちも寝よっか、トーイラ」

「うん」


 この家で暮らすようになって初めて、いつもの寝室にネメがいない日がやってきた。



 ベッドに腰掛けたミノリが周りを見回すと、トーイラもそうなのか、ネメのいないこの状態がどうも落ち着かず、同じようにベッドに腰掛けて辺りをキョロキョロと見回していた。


「ネメがいないだけで、随分不思議な感じになるね」

「そうだねママ……」


(もしかして、ずっと一緒にいたネメがいなくなって寂しいのかな……それなら)


 ミノリが何かを決めたような顔をして布団に入ると、掛け布団をめくりながらトーイラに呼びかけた。


「ねえトーイラ。今日はネメがいないから特別。私を独り占めできるよ。おいで」

「!! うん」


 その言葉を聞いたトーイラは嬉しそうに自分のベッドから枕を持ってくると、ミノリの布団へと潜り込み、ミノリの隣へ肩を並べるように横になった。


「えへへ……やっぱりママはあったかくてだいすき……」

「ありがとう……。ふふ、トーイラは本当に大きくなっても甘えん坊なんだから……。よしよし」


 一緒の布団に入りながら、トーイラの頭を優しくなでるミノリ。そしてミノリになでられるたびにトーイラは嬉しそうに目を細める。


「きっとトーイラにも素敵な人が現れるよ。だってまだ18だよ。だから……焦らなくて大丈夫だからね」


 しかし、その言葉をミノリが口にした途端、トーイラの表情が大きくショックを受けたように急変し、顔を俯かせた。


「ど、どうしたのトーイラ?」

「そんなの……ママしかいないもの……」

「……トーイラ?」


 トーイラが小声にミノリが首をかしげたその時だった。



「私にはママさえいればいいもの!」

 


 トーイラが体を起こすやいなや、ミノリの上にまたがり、組み敷くような姿勢を取った。

 そんなトーイラの行動に驚いた顔をするミノリだったが、慌てる様子もなく、ただまっすぐにトーイラを見上げている。


「ママ……、私もう18なんだよ。もうママが拾ってくれた時の6歳の子供じゃなくて、恋することもそれ以上のことも知ってる大人なんだよ?」

「……うん、知ってる。でもあなたは私の娘。私が男に襲われたときも、モンスターの本能に襲われたときも助けてくれた、私が傷つくのも、私を傷つけるのも怖い、とても優しい子」


「そんなことない! 私の中はもうドロドロした感情が渦巻いてるもの! 今だってママの事をママとしてじゃなくて、恋した相手としてめちゃくちゃに……傷つけたい気持ちで……」

「……できないでしょ? もしできるなら……なんでそんなに手が震えて、とてもつらそうな顔をしているの?」


「あ……」


 そのミノリの言葉で、トーイラは自分の手が震えている事に気づかされた。

 ミノリを母として大切にしたい、その一方で抑えきれそうにない恋愛感情のまま動きたい、でも傷つけたくはない。


 そんな葛藤が複雑に入り乱れている事に、トーイラはここで自覚させられてしまった。


「トーイラが私に恋してたのは昔から知っていたし、そういう風に思ってくれるのも嬉しい。できる事なら応えてあげたい。

 ……でもね、それでもやっぱり私は、トーイラとネメ、2人の母親であり続けたいんだ。だから……ごめんね」


 トーイラの気持ちは既にミノリにも伝わっていた。トーイラが、ネメ以上にミノリのことを恋愛対象としてミノリを見ていたことを。しかし、ミノリがその気持ちに応えてあげることはできない。


 何故なら、2人の母親として生きる道をミノリは選んだから。


「…………ずるいよママ。そんな風に言われたら、私……敵わないじゃない……」


 ミノリの頬にポト、ポト、と一滴、また一滴と雫が落ちていく。



 それはトーイラの涙で……初めての恋が終わった瞬間でもあった。


 ミノリも正直なところ、親子の関係で無かったらトーイラとネメに求められたらその気持ちに応え、恋人としての道を進んでいたかもしれないと思っている。それほどにミノリも2人を愛していた。


 しかし、母親としてトーイラとネメを引き取っていなかったら、2人とも、この世界には存在しない未来しか無い。



 それはつまり……トーイラの願いが叶う可能性は最初から無かった。



 だけど、せめて母親の立場としてできる範囲で気持ちに応えてあげたい。


 そう思ったミノリは体を起こすと、組み敷くのをやめたもののミノリにまたがったまま泣き続けているトーイラを強く抱きしめた。


「ちょ、ママ!?」


 突然の事態を飲み込めず慌てるトーイラをミノリが優しく見つめたあと、そのままトーイラのほっぺにミノリは優しくキスをした。


「あっ……」


しばしの沈黙が流れる寝室。やがてミノリはトーイラの頬から唇を離し、その体勢のままトーイラに優しく話しかけた。


「……私にできるのはここまで。トーイラの気持ちには応えてあげられないけれど、私は母親としてあなたを愛している。そんなあなたは私の自慢の娘だよ」


 その体勢のまま背中をさするミノリ。

 それによってトーイラも段々と落ち着きを取り戻したのか、お互い抱き合うような格好で甘え始めた。


「ママ……。だいすき……」


 ミノリに甘えるように体をくっつけるトーイラ。



(……というか、今後もトーイラにアタックされ続けたら、多分私トーイラを受け入れてしまいそう……。ダメダメ! 血は繋がっていないとはいえ母親としてそこは耐えないと……!)


 そんな風に心の中で思いながら、ミノリはトーイラを抱きしめたまま眠気に抗えなくなり瞼が重くなっていく。その一方、ミノリの温もりを感じたまま寝付けないでいるトーイラ。



「……ママ、……もしかして寝てる?」

「…………」


 ミノリの返事はなく、完全に寝入ってしまったようだ。

 ほんの少し前まで娘に襲われそうになっていた事をなんとも思っていないのか、あまりにも危機感のないミノリである。


「……無防備すぎるよママ。私の性格を知ってるなら寝入ってるママを襲う可能性だってあるのに。麻痺魔法だって使えるんだからママが抵抗できないようにすることだってできるんだよ……?

 はぁ……。ここまで危機感持たれていないと逆に何もできないよ……」


 自分の恋愛観が若干歪んでいる事を自覚しているトーイラだが、こうも娘としか思われず、さらに抱き合いながら眠っている状況では、流石のトーイラも手を出す気にもなれない。


「娘として大切に愛されてるのは嬉しいし、心地よいけれど……ちょっとくやしいな……。だから今はこれだけ……」


 そうささやくと、トーイラは眠っているミノリの唇に自身の唇をそっと当てた。

 唇に伝わる柔らかい感触。それを確かめるとトーイラはミノリを起こさないようにすぐさま唇を離し、ミノリを起こさないようにミノリと抱き合ったまま体を横にした。


(……私、ママのことまだ諦めたくない……。だから、これからもママの事を想い続けて、そしていつかきっとママを振り向かせたい……)



 お互いの想いが交錯する中、トーイラもまた眠りに落ちていった。



 *****



 一方、先に寝室に戻ったネメとシャルはというと……。


「ネメお嬢様、本当にすみません。私の為に泥を被った感じになってしまって……」

「謝る必要ない。仕方ない事だから。それに私の本心でもある」


 シャルが謝ったのは日中のネメの2つの行動、『シャルをめちゃくちゃにしたい発言』と『首輪』の事だ。


「モンスターとしての本能を抑えるには、これしか今のところ方法が無いから仕方ない」

「定期的にネメお嬢様に魔力を与えてもらえないとダメですもんね……」


 シャルにかつて発作のように湧き出していたモンスターとしての本能、それを抑えるには恋した相手と結ばれる事とシャルは当初思っていたが、正確には違い、結ばれた人間の魔力を体内で受け入れる事でモンスターとしての本能を抑え込むというものだった。


「日中のめちゃくちゃにしたい発言で、私とシャルが頻繁にするとおかあさんとトーイラに印象付けたから多分大丈夫」

「お盛んみたいですごく恥ずかしいけど……これしか今のところ方法無いですから……」


 女性型モンスターであるシャルが人間であるネメから魔力を与えてもらう方法、それは……体を重ねる事。


 2人が男女という関係ならば、その中で特に効率的で、かつ魔力を多量に与える方法があったが、シャルもネメも女同士でその方法を行う事ができない為、一度に与えられる魔力が男女での場合と比べると遥かに少ない。


 さらに、一度魔力を与えても、その魔力は本能を抑えるために消費されていく為、『モンスターとしての本能』にいつシャルが再び襲われるのかわからない。その為、シャルとネメは頻繁に体を重ねなければならなくなったのだ。

 


 そして首輪は、かつて首輪監禁したい発言をした事があるネメの嗜好でもあるのだが……。


「首輪も町に行く時に保険として必要だから仕方ない」

「はい……、これで町中でモンスターだとばれてもネメお嬢様と一緒なら問題ないはずです」


 ネメもトーイラも、モンスターであるシャルの事を一人の人として接する事ができたのは、モンスターでありながら育ての親でもあるミノリのおかげなのだが、基本的に、一般的な人間からしてみればこの世界でモンスターという存在は、たとえ見た目が人間に近くても人間扱いはされず、人間に害をなす厄介な存在という扱いで討伐や駆除の対象だ。


 その為、シャルだけでなくミノリも町に行く時にはモンスターだとバレないようにローブを被ったりするなど変装をして町に行っていた。しかし中にはモンスターだと勘付く者もいるようで、その為にシャルは町を出た直後、人間に襲われた事がある。結果的にそれはネメと結ばれるきっかけとなったわけだが、常に危険が伴う状況をシャルもネメも良しとするわけではない。


 そこでこの首輪だ。人間が首輪をつけたモンスターと一緒に行動をともにする事はそのモンスターを捕獲しているという証で、これにより、シャルがたとえモンスターだとバレたとしても、ネメと一緒にいる事で人間に襲われる危険性が激減するのだ。


 ちなみに、モンスターにつける一般的な首輪には暴れたり逃げたりしないようにする為の魔法が込められているが、シャルの首輪にはそんな効果は無く、ただ他の人間をだますためのものだ。



 そして、この2つの行為をわざわざミノリとトーイラの前で見せた理由だが……。


「お盛んなのも首輪も私たちの趣味という事にしないとおかあさんが絶対気にするし、常に申し訳ない顔させちゃう」

「……ですね」


 それはミノリに気を遣わせない為であった。


 ミノリはフラグを切り替えたことによって、今ではモンスターという扱いではなり、『モンスターとしての本能』が出てくることも、他の人間にモンスターだと思われる事も無くなったミノリに対して、シャルは依然としてモンスターのまま。


 同じ女性型モンスターという立場であったのに、今ではこのような差が出てきてしまった事に対して、ミノリが平然とせずに、気に病むのは間違いないと2人は考えた。


 その為、『シャルをめちゃくちゃにしたい』発言も『首輪』も、2人がお盛んであり、首輪も趣味の範疇はんちゅうと思わせる事でミノリにそれを意識させない為にられた手段だったのだ。


 しかしその一方で、今度はシャルがその事で気をんでしまっていた。


「だけど……本当にごめんなさいネメお嬢様……。絶対お姉様には性欲の強いだと思われてしまってます……」


 モンスターである自分なんかの為にネメお嬢様が盾になってくれた、そう思ってしまうと心が締め付けられてしまう気分になるシャル。そして、そんなシャルに寄り添うように隣に座るネメ。


「だから気にしないでシャル。私はシャルと歩む事を決めたからそれぐらいの覚悟はある。それに……そこまで気にされると私までへこむ」

「あ……ごめんなさいネメお嬢様。……うん、私ももう大丈夫です」


 シャルが、ネメに最後に謝ると2人は見つめ合い……やがてお互いの唇を重ね合わせた。


「……寝室でキスするの……改めてドキドキする」

「えへへ……そうですね。私もすごくドキドキしてます……」


「それじゃ……、シャルと()()()……。シャルの花嫁衣装見てから我慢するのがやっとだった。だから今日は寝かさない」

「えっ、ちょ、ネメお嬢様!? ひゃんっ!」

「……相変わらずいい声……興奮する……」


 答えるより先にネメに押し倒され、弱い首筋を指で撫でられてしまって思わず変な声が出てしまったシャル。


 ネメがシャルと()()()()()()をするのは先程の魔力を与える為でもあったが……、その度にシャルがいい声で鳴くという事にネメが気がついてからは……行動と目的が逆になってしまったようだ。



(愛されてるのは嬉しいけど……ちょっとこれが続くと私の体力が持たないですよー!)



 ネメとシャルの寝室の熱気が収まらない中、次第に夜は更けていき、そして朝を迎えた。



次回、今回追加分の後日談最後の話となります。

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